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諏訪春雄通信


356回 (2008年11月24日更新


三語で解く日本人論(17)

 

『三語で解く日本人論』(仮題、勉誠出版)はすでに校正が一括して私の手許にきました。多くの図版の選定も終り、来年はじめまでには刊行される予定です。その段階でこの連載は中止しますが、それまで掲載をつづけます。

 

後編 応用編

 

 5 地獄 続々

 

日本の死者儀礼への影響

目連の伝説は平安のころに日本へ入ってきました。『源氏物語』に目連の名前が出てきます。平安時代の説話集に、目連に取材した話が出てきます。中世になりますと、「目連」という題の説教浄瑠璃、古浄瑠璃、能、民俗芸能などが日本でも盛んに演じられています。そういうものの1つに、「浄土入り」という祭りがあります。

「浄土入り」は、天竜川沿いの各地で暮れから正月にかけて演じられる花祭りという神楽で、何年かに一度、盛大に演じられていたものです。しかし、明治新政府の時代になって、神仏分離令として厳しい宗教統制が行われました。そのためにこの「浄土入り」は禁止されてしまいました。仏教と神道の入り交じった行事だったからです。それから百年以上、この行事は廃絶していたのですが、1990年に今の平成天皇が即位されて、大嘗祭が行われときに、それと時期を合わせて「浄土入り」を復活上演しました。

「浄土入り」は大嘗祭と基本の構造が非常によく似ているのです。天皇家行事と時期を合せて復活すれば話題を呼ぶだろうという考え方をする人たちもいて復活したのです。そのために大きな評判になりました。

「浄土入り」は明らかに目連の芝居です。白山という洞窟を作り、その中に神子(かご)と呼ばれる信者達が入っていきます。その中で生まれ変わって出てくるという過程を演じます。単純な構造ですがいろいろな要素を含んでいます。

白山に入っていくときに、三途の川と思われる橋を通ります。その三途の川で飯を与えられます。白山にはいると、その中にお坊さんがおり、「大聖威徳天(たいせいいとくてん)」という曼陀羅絵がかけてある。坊さんの導きに従って、信者たちがその中で生まれ変わる儀礼を演じる。そのときに鬼が現れ、獅子が現れて、その白山を破壊してしまいます。 

これを日本独自のものとすると解けない点があります。目連の影響を考えないと全体像がつかめません。特に最後に獅子が出て、中で狂い回るという儀礼を、今回の「浄土入り」復活では演じていませんが、古い文献によると以前に演じていました。獅子が中で狂い回ったり、鬼が出たりする演出は全部目連に見られます。現実に中国で今でも演じています。目連伝説が日本に入ってきて、仏教や神道と結合して「浄土入り」という新しい再生儀礼になったのです。そのときに坊さんが、目連に当たる役を演じていました。

地獄を破壊して亡者を救出するという目連の芝居のテーマを受け継いだ民俗芸能はほかにもあります。

千葉県の光町の虫生(むしう)の広済寺という寺で、今も毎年、盆に演じる「鬼来迎」もその一つです。

賽の河原で釜に入れられた亡者たちが苦しんでいるところに菩薩が現れて、亡者たちを救い出すという宗教劇です。舞台に木を植えて山を造り、仮面をつけた人たちが演じています。完全に目連劇です。目連を日本の施餓鬼法会として取り入れたものです。

立山連峰の麓で行われている「布橋大灌頂(ぬのはしだいかんじょう)」にも目連の影響があります。一度途絶えたのですがまた復活させました。

細い布を渡した川の橋を渡って、真っ暗闇の建物の中に、坊さんに導かれて入っていき、その建物の扉が一斉に開くと、光が差し込んできて、目の前に立山が広がるというみごとな演出です。そこへ入り込んだ信者たちは、歓喜の涙を流し、新しく生まれ変わります。

まだそのほかにもあります。仏教で「迎講(むかえこう)」あるいは「来迎会(らいごうえ)」などと呼ばれる儀礼が、各地のお寺で行われています。この儀礼には、バリエーションがありますが、阿弥陀が西方極楽浄土から菩薩を引き連れ、雲に乗って、亡くなった信者を迎えに来るという「来迎」が原型ですが、バリエーションには目連伝説の影響があって、演出が変わっています。原型の来迎会に鬼は出てこないのですが、変形には鬼が死んだ人を直接迎えにきて、地獄でその鬼たちにさいなまれているところへ菩薩が出現して救済する筋に変えられています。そこには目連伝説の影響を見ることができます。

 

再生の場所としての地獄―日本的地獄観の成立―

目連は、地獄を破壊します。先ほど循環の死生観に対して、滞留または断絶の死生観と言いました。地獄は固定された場所です。そこから人を救い出そうとするなら、破壊する以外にはないのです。超能力を持った目連のような人物が、釈迦から教わってそこへ入り込み、破壊して自分の母親を救い出します。そういう筋で施餓鬼行事が中国では行われています。それが断絶の地獄観です。「目連戯」はそうした断絶と固定の死生観を日本へ持ち込みました。

しかし、日本人は仏教や道教の固定的な地獄、その複合としての「目連戯」が入ってくる以前に、循環の死生観を持っていました。山中他界、山の地獄は今でも各地にあります。箱根でも大涌谷、小涌谷は地獄だと言います。白山や立山にも地獄があります。山の中には地獄があるという考え方を、日本人はします。地下他界とは違います。 

山の中の地獄は、日本人が本来持っている山の信仰、そこへ行けば生まれ変わって戻ることができるという信仰に由来します。仏教の教理の締め付けにもかかわらず、そこから仏の救い、坊さんの祈りによって戻ってくることができる、というもう1つの地獄観を日本人が、「目連戯」の影響なども受けながら育てていきました。

日本人の地獄観にも、「大地」そして「女性」というキーワードが生きていました。

 (つづく)

 

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身辺吉事6つ 
 

1 李明玉さんが下関の梅光学院大学国際言語文化学部の教授になりました。

私が定年を迎えるまで指導教授を務め、学習院大学から博士の学位を取得された李さんがかねて志願書類を出しておられた梅光学院大学の教授に就任しました。来年一家そろって来日し、4月から勤務するそうです。専門分野の日韓比較言語学の講義を担当します。


2 比較舞踊学会で講演しました。

11月22日(土曜日)午後1時半から3時まで、国士舘大学世田谷キャンパス梅が丘校舎で開催された比較舞踊学会で「舞踊の変身―化粧・仮面・薬他―」というテーマで講演しました。きれいな校舎、広い会場、最新の機器設備で、じつに楽しく話すことができました。会員からの質問も、仮面、魂魄、シャーマニズム、他界など、私の話と密接に関わる問題で気持ちよく受け答えできました。一つ補足します。会場で東京文化財研究所の上野智子さんから、私の「仮面は最初に農耕民が制作した」という論について質問がありました。この説について、すでに私は、「仮面製作者は農耕民か狩猟民か」(『アジア遊学 42』勉誠出版、2002年8月)という論文を発表しています。

 

3 低農薬の新米を贈られました。

毎年、この時期になるとご自分で作られた新米を贈ってくださる姫路の林久良さんから、今年も15キロの新米を贈られました。林さんのことは、この通信の344回にもふれています。林さんは、その後、9月23日(火曜日)に京都造形芸術大学で開催されたシンポジウムと「夕霧七年忌」上演の際に姫路から私を訪ねてきてくださいました。時間がなくゆっくりお話できなかったのですが、シンポジウムと歌舞伎公演をご覧いただきました。


4 崔吉城さんの古希記念論文集の執筆テーマと執筆者が決まりました。

アジア文化研究プロジェクトで長い間お世話になり、韓国、中国、沖縄などの調査に同行していただいた崔吉城さんが、来年、70歳の古希を迎えられ、東亜大学を定年になられます。その古希記念論文集が門下生によって編集され、内容が以下のように決まりました。統一されたテーマはみごとです。私も感謝の気持ちをこめて思い出の一文を書かせていただきます。

『崔吉城先生古希記念論文集 交渉する東アジア ~19世紀末から現代まで』

 

巻頭 異文化接触という問題をめぐって~私的研究クロニクル 

                                    崔 吉城  アイルランド調査記

第一部 日朝関係をめぐって

福原裕二  北朝鮮の対日自主独立外交の溶解 or隠岐の島と欝陵島の漁業実態の比較

金 弼東  韓国おける日本文化研究の活性化のための提言

上田崇仁  植民地朝鮮における日本語初習段階の教材に見られる教授法の特徴

山田寛人  朝鮮語を教えた人たち(18721945年)

第二部 植民地支配をめぐって

上水流久彦  台湾における植民地経験の利用と「日本」の真正性崔 錫栄  植民地朝鮮における神社政策
李 良姫  植民地朝鮮における女性を活用した観光戦略孫 蓮花  名前に現れる象徴的意味-中国朝鮮族の名前にみる創氏改名の影響

第三部 宗教的モダニティをめぐって

黄 聖皓  朝鮮における日本人の基督教の宣教活動-乗松雅休を中心に-
池 映任  靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑を通してみた遺骨の戦後

中村八重  韓国の国内養子縁組にみる儒教的価値観

エッセイ

「崔先生の人柄と思い出」青木保/伊藤亞人/嶋陸奥彦/諏訪春雄


 5 上方和事研究会の成果刊行(勉誠出版)の概要が決まりました。

A5版・並製・128p
前書き(坂田藤十郎)400×2 研究会の意義(田口章子)400×2 失われた半身探し(諏訪先生)400×2 シンポジウム1 400×50 シンポジウム2 
400
×50 絵画資料にみる元禄期の舞台(藤澤茜)400×15 戒名と菩提寺
(田口章子)400×10 俳名(森谷裕美子)400×10 演出ノート(中村翫
雀)400×5 脚本・年譜・活動記録  あとがき(田口章子)400×1 
各タイトルは仮題 図版・写真は30点ぐらいか



6 小俣喜久雄君が来年秋に台湾の大葉大学で私の講演会を計画しています。

 以下はすでに学科会議を通し、全学の委員会に提出した企画書で、同君が送ってくれたものです。

 

学術委員会召集人殿

応日系副教授 小俣喜久雄

 

 本日の学科会議で依頼いたしました事項を整理しました。来学期の委員会で検討してください。

 

諏訪先生が来年の秋頃、本学で御講演してもいいという御意見を賜りました。来年の学内学術研討会、或いは個別の御講演などでの御依頼を検討してください。なお、私の個人的な希望としては諏訪先生もすでに古稀を超えられた先生ですので、お一人で台湾に来ていただくより、諏訪先生のお知り合いの教授か准教授とご一緒に来台いただいた方が安心です。又、お二人に御講演いただければなお宜しいかと思うのですがいかがでしょうか。当然お二人の先生の渡航費、滞在費は本学負担となりますが、予算も含め検討してください。

 

 



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