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諏訪春雄通信


841回 (2019年1月28日更新)





 祭り―台湾から日本を見る― (29)

 

「台湾原住民は日本人に先行する倭人である」という視点に立つと、日本だけでは解けなかった日本古代史、日本文化の多くの難問が解決できます。今回考えたいのは、男性祭祀です。祭りの原型は女性が主宰者となるものでした。それが、男性主宰に変るのはなぜか、という問題です。この問題を解く鍵は日本本土にも多くありますが、台湾原住民社会にもそろっています。

 

台湾南部の嘉義県阿里山山中に住むツォウ(鄒)族はマヤシビ祭という戦士の祭典を毎年春に挙行しています。私は二〇一一年三月四日から七日まで、現地に入ってこの祭りを調査してきました。そこから、祭りの本質を決定する要因が浮かび上がってきました。

 

この祭りは種族の戦士の結束と成人式の二つの目的を持って興行されます。祭りの全体を指揮するのは男性の大頭目であり、会所とよばれる祭りの集会所には女性は入れないなど、全体は、男性主導の祭りで、女性は脇役にすぎません。しかし、この祭りを分析すると、主体が女性から男性に変わっていった要因がはっきり見えてきました。

 

下の写真左はマヤシビ祭の祭場です。正面の会所は女性の入れない祭りの指令室です。右は見物席で、着飾った子どもたちが父母に連れられて楽しそうに集まっていました。その前の広場が演舞場です。いずれも常設です。全体は太陽信仰に基づいて東方に向かって開け、広場の東方の端には神の降臨する神木赤榕(あこう、クワ科)が植えられています。下段の写真二枚です。祭りの期間、この神木には天神と戦神が降臨しています。枝葉の伐採は祭りの参加者全体の生命更新であり、伐られた枝葉は人々が魔除けに持ち帰ります。この全体の構成は日本の神社の構造の基本と一致しています。


 

 


 


  

 

この祭りで祀られる神は天神と軍神です。神々の関係を分析してみます。鄒族の神は大きく善神と悪神に二分され、さらに神は天の上と地の下に二分されます。「天は生み地は養う」が善神の原則です。

1上神 天上界にあって生命を司る神   創造神(大神) 司命神 軍神

2下神 下界にあって生命の存続と発展に必要な栄養と環境を司る神  土地神 河神 粟神 稲神 猟神 部落神 家神

 

悪神は単独に存在して系統をなさない神々で、直接に人の生命に危害を加える神です。巫師だけがその害を払うことができます。

 

問題は最高神の男女の関係です。

大神ハモと女神ニブヌハモは鄒族がもっとも尊敬する人類の創造神です。大神ハモの足跡の止まった所に最古の部落を形成しました。大神は天上にいて祭りの際に降臨します。巫師の伝えによると、人間の形をして眼が大きく、熊の皮を着て前身から光を発しています。その居住する天上には鄒族が聖なる草とする木斛草(もっこく、金草蘭とも)が一面に生えているといいます。随行の霊獣は熊です。山間の大神の足跡に人間は集まりました。四個の足跡にツォウの四つの集落ができました。

他方、女神ニブヌは大地の創造者であり天上の神でもあります。無比の大きな身体で、現在のツォウ族の集落は彼女が通過し山が崩れ谷が埋められて平地になった所です。二個の種族の祖先を創造し、生業を教えました。長い時間が経過したのち再度出現したとき、現世に悪神がいました。女神はこの悪神と戦って倒しました。その後、この女神がこの世に出現することはなかったといいます。

 

この大神ハモと女神ニブヌの関係から、ツォウ族の祭りの変化が伺えます。

 

 現在の鄒族はニブヌへの信仰は記憶に止めていますが、この女神を祭ることはありません。男神ハモは女神の後続の神です。現在、女神祭祀はありませんが創世神話にニブヌ女神が活躍しており、女神信仰がある段階で男神ハモにとって代わられたと考えられます。会所に女性が入れないなど女性差別は認められますが祭りの重要な飲み物の酒は女性が造り、戦士誕生の円舞に女性が加わり手を握ることによって霊力を男性に注入するなど、女性の役割は依然として大きいものがあります。創世神話に、太古、この世に女性しか存在しなかったとする話も伝えられ、本来は母権制家族ではなかったかと想定されます。岩から女神が誕生したとするなどは地母神でした。

 

下の写真は会所内部。中央に炉、祭の間火を絶やしません。重要な会議はここで挙行。会所両側に金草蘭(木斛蘭とも)を植え屋根や戦士の頭も金草蘭で葺きます。金草蘭は台湾原生薬用植物で絶滅危惧種です。天神の居住地の草といいます。会所正面は会議の場、その裏側は酒宴などの場。右の写真は入口にあった女人禁制の札。会所は天上の天神の住む空間を地上に移した依代つまり神殿です。


 

 


 

祭典の前、各戸の粟祭屋で酒造りをします。以前、族人はすべて粟で酒を造っていましたが、現在はほとんど粟を作らないので、酒は餅米を木臼で搗いて造ります。祭典では各戸の酒を持ち寄り団結の印とします。粟酒は女性が口で噛んで造りました。現在でも酒造りは女性の役で、男は見ているだけです。写真左。その酒を各戸を回って集めるのは男性。写真右。


 


 

 戦士の祭りの最大目的は、群舞の際に男女が手をつなぎ、女性の霊性を男性に注ぎこみ、戦士を活性化することです。


 

 


 

 ツォウ族には男性の巫師がすでに存在し、病気の祈祷、悪神除けなどに活躍しています。しかし、戦士祭などの集落あげての大きな祭祀を取り仕切るのは巫師ではなく大頭目です。下の写真中央。私はこの大頭目から詳しく取材しました。


 




 

 大頭目(酋長)はペジョンシー(鄒族語)といい「根幹」の意味です。完全な世襲で、対外的に集落を代表し、対内的には最高の行政首長です。また集落の重要な祭祀の祭司を務めます。しかし、専権者ではなく、集落の重要な行事は氏族族長、集落長老との合議で決めます。

 

 女性祭祀が男性祭祀に変化した最大の要因は生業です。生業の主要担い手が男性に変わったときに祭祀の主宰者も男性になります。もう一つの要因は政治です。社会が複雑化して男性主権者がその地位や役割をつよめたときに、祭祀の主宰者も男性になります。その段階で、民族の最高神も女神から男神に変ります。

しかし、祭祀の主宰が男性に変わった段階でも、女性の霊性に対する信仰は生き続け、男性を活性化しています。そうした状況が、きわめて鮮明に、台湾原住民社会に存在しています。さながら日本社会の縮図です。




 


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