ギリシャの島々  [ミコノス島]

 

 車の排気ガスと喧騒の街、アテネを後にしてミコノス島に船で行った。
この時は、五人の他に、イタリアのブリンディシ(ギリシャ行きの船が出る)からくっついてきた日本人大学生ヒロくんが一時的に仲間に加わった。
 ミコノスはギリシャの島々のなかでも人気観光スポットでありながら、そこに暮らす人々は素朴で観光ズレしていないように感じられた。
期待通りのエメラルドグリーンの海、粘土を手でこねたように丸みを帯びてアンシンメトリーな、石灰で塗られた白い家々、そしてそこにはめ込まれたブルー、グリーン、赤や茶色のドアや窓枠。室内のインテリアも地中海風で素敵だ。
ミコノスでの数日間は、とりたてて観光する所もないので、こころゆくまでのんびりし、くねくねとしたロバと人間しか通 れないような道幅の両脇につらなるおみやげ物やを見てあるき、楽しい雰囲気で食事をし、リラックスすることができた。
 この島のあと、時間を取り、更に別の島をめぐることになっており、二手に分かれてアテネのミコノスに渡る前に一泊したホテルで五日後に再開することを約束した。 あみやん、むらやん、ふみちゃんは古代ロマンの島・クレタ島にオリンピック・エアーで飛んで、私とるみこさんは、さらにひたすら白い家を求めてパロス島に行くことになっていた。また、ヒロくんは数十日過ごしたヨーロッパ旅行を終えて、アテネから日本に帰国の途に着くため、船でアテネに向かう。
全員同じ日にそれぞれの目的地に三つに分かれて旅立った。
その日、クレタ組の三人はすでに機上の人となっていたが、先に出港となるヒロくんの乗ったシロス島経由、アテネ行きの船を見送りながら、パロス行きの船を待っていたが、強風のため欠航となってしまった。 すでに、ミコノスは堪能したつもりだったので、早く別の島に行きたかったのでとてもがっかりした。
次の日も丘の上にあるホテルから港まで荷物をまとめて下りてきてはみたがまだ風がおさまらず欠航。
そしてまた次の日も欠航・・・。
もうこうなると、この島の外には出られないのではないかと不安になってくる。せっかく素敵な島にいるのに、自由にならない苛立ちのため、もはや最初は楽園に見えたその島も今や色あせて見えてきた。(今思えばもったいない話だが)

 ラパスのおじさんと出会ったのは風がこの島にやって来て三日目の夕方のことだった。 今日こそミコノス最後の夜と信じて夕日を見ようと村のはずれの美しいビーチを目指して歩いている時のことだった。地図を片手に、そろそろ陽も傾いて薄暗くなりかけた夕暮れの道を心細い思いで歩いていると、ライトバンに乗ったおじさんが声をかけてきた。
私たちがこれからビーチに行くというと首を横に(?)振って車に乗れと言う。もしかしたらおじさんが連れて行ってくれるのでは!という期待と、実際歩き疲れていたし、島の人に悪い人はいないと信じて車に乗り込んだ。
連れて行かれた所はミコノスの空港だった。おじさんはラパスというホテルのオーナーで、空港まで客引きに来ていたのだ。私たちは車内に残り様子を伺っていると、私たちが宿泊しているホテルナゾスのオーナーも来ているではないか。ラパスの車に乗っているところを見られたら義理がたたないので下を向いたままじっと待つこと二十分、やっとおじさんが戻ってきたが、残念ながら本日のお客はゼロだった。
そのままUターンし、私たちのホテルの前まで送ってくれた。
そして、 「今夜九時にホテル・ラパスにいらっしゃい、なんでもご馳走するから・・・ 」 と言って、おじさんの顔写真入りのホテルのパンフレットを手渡された。
ホテルの部屋に戻ると、ギリシャ食のためか胃も弱って疲労も溜っていた私たちはそのまま眠ってしまった。 約束の9時になっても起き上がることが出来ず、結局おじさんの好意を受けることはできなかった。  
翌日、毎朝恒例となってしまっていた、船の出港の様子をチェックするため港に行ってみると、なんと、とうとう出発できるらしいことが判明。急にあわただしくなって、出港前に荷造りもしなければならなかったが、ホテル・ラパスのおじさんにもお詫びと挨拶に行こうと、ホテルを訪ねた。
おじさんの姿は見えなかったので、フロントにいた女の人に聞いてみようとしたが、おじさんの名も知らないし、どう説明しようと考えていたら、そこにホテルのパンフレットが目に飛び込んできた。ページを繰っておじさんの写 真を指さし、挨拶に来たと伝えたが、あいにくおじさんは留守だったのでその場で手紙を書き、折り鶴を三羽添えて渡した。
時間がなかったので、そのまま一旦ホテルの外に飛び出したが、ふと、あることが気になって再びフロントに戻った。
あること・・・とは、たたんだで渡した『鶴』のことである。
日本人ならその羽を開いて立体にする事は誰でも知っているが、平面のままでは鶴は永遠に羽を広げることはないだろう。 先ほどの女性に頼んでもう一度手紙と鶴を出してもらい、女性の横におとなしく座っていた七歳ほどの男の子の前で羽を広げると、それまで私たちに無関心だった男の子の目が急に輝き出し、鶴に注目している。 残りの二羽も次々に開くと、まるで私が魔法でもかけて、鶴に命を吹き込んでいるように見えたのだろう。その子は固唾を飲んで見守っていた。
その純真でキラキラ輝く大きな瞳を忘れることができない。