オレンジ色=普通のコース
水色=南回りコース
スペインのコルドバから二対三に二手に分かれて、ポルトガルの首都リスボンで待ちあわせることになった。
一つのコースはコルドバにゆっくり滞在し、スペインの交通の中心マドリッドへ行き、そこから直通
でリスボンに行くというもっともオーソドックスなコース、そしてチャレンジャー:私とむらやんが撰んだコースは、時刻表を見ても果
たして行けるのかはわからなかったが、コルドバの後セビリアに行き、そこから南回り、海沿いに西へ行き、ポルトガルに入って北上してリスボンにたどり着くコース。
問題は、南の海沿いのポルトガルとスペインの国境のあいだがどうなっているのかということ。
時刻表の地図を見ると、鉄道がつながっていないのである。ぷっつり切れているのである。しかも地図を見るとそのあいだには入り江のように深く切り込まれたかたちになっている。
昔からスペインとポルトガルは仲が悪いので、お互いの交流を拒んでいるかのようである。
問題の国境、スペイン側が、アヤモンテ、ポルトガル側がサン・アントニオである。
日が沈み、夕焼けであたりがピンク色に照らされたころ、私たちはアヤモンテに到着した。
ホームが短い典型的な田舎の駅だった。さて、ここからどうしたものか、駅員さんに聞きたくても、姿が見えない。
一緒に列車を降りた、大きな荷物を背負った家族連れが居たので尋ねてみたら、
「ウノ キロメートル(3Km)」
という返事。後からついていくことにした。
あたりは何もない辺鄙な所。 だんだん心細くなってきた頃、二〜三人の人が改札のような所にいるのが見えてきて、近づいてみるとそこがパスポートコントロールだった。
早速私たちも出国の手続きを済ませ、促された先には小さな船が私たちを待っていた。
十分もしないうち、船は何も合図もなしに静かに港を離れた。 ここがあの、謎の入り江だったのか。
空を見上げると月が美しかった。
十分程でポルトガル側に到着。
船を降りると近くに列車の駅があった。出発までにあと一時間あったので、バルに行く。
屋外に椅子とテーブルを並べた店先は、地元のおじさん達のたまり場になっていた。
私たちも仲間に入れてもらい、ジュースを飲んだ。 なんだかとても静かで、遠い地にいるのだなあと強く感じた。
そこから再び夜行列車に乗り北上する。
リスボンを目と鼻の先にして列車はそこで終わる。
ここもテージョ河が海に注ぎこまれる、大きな湾になっていて、対岸のリスボンまではフェリーに乗らなければならない。すでに朝陽が眩しい時間となっていた。
船の中で、うつらうつらして、目を閉じていると船内には私たち二人しか乗っていないのではないかと思われるくらい静かだったので、そっと目をあけてみた。すると、座席には人がびっしり座っていて、デッキには大勢の人が立っていた。
こちら側、対岸の街はリスボンのベッドタウンというわけで、通勤、通学の人がたくさん乗り込んでいたというわけだ。みんな静かに押し黙り、悩みを抱えていそうな暗い顔つきだ。
スペインで列車に乗っていると、ずいぶんやかましく、さぞたくさんの人が乗っているのだろうと思ってみると、遠くの方に二人しか居なかったりする。同じラテン系、イベリア半島でも印象が違う。
船の所要時間は十五分ぐらいだろう。渡し場に面
したところにコルメシオ広場がある。
空はすがすがしく晴れ渡り、噂通りの常春の街に来たのだ。そして、さわやかな空気を思いっきり吸い込みながら、広場の真ん中にある門をくぐったとき、女神が私たちを祝福し、迎え入れてくれるような気がした。
結局、マドリッド経由の三人より三時間早い到着となり、約束のホテルにたどり着き、シャワーをあびてひと足早く街に繰り出した。
さっそく目に止まったのは、カフェのウインドウの美味しそうなケーキで、品定めをしていたら、そのカフェに入っていく日本人三人組がいるではないか。ホテルで会うよりも先に、今着いたばかりのマドリッド経由の三人と遭遇してしまった。