モロッコの不思議 [モロッコ人 2]
カサブランカ行きのバスは庶民の乗物らしく、観光客などは私たちだけ。
私の隣に座ったのが、カサブランカ出身の警官ハッサンさん。 タンジェ
で仕事をしている が今日はお里帰り。
モロッコはかつてフランスの植民地だったため、ほとんどの人がフラン
ス語を話す。 ハッサンも私にフランス語で話しかけてくるが、習った
覚えはあるが(成績はやっと可だった) ちっっともわからないし、向こ
うは 英語がまったくダメなので、《地球の歩き方》に載っ ていたモロ
ッコの言葉を駆使して会話をした。
ハッサンは自分が警官だという証明にI.Dカードを見せてくれたり、元の
奥さんの写真も 出してきて、指でバツをつけ、今は離婚をして独り者だ
ということを何度も強調する。
旅は道連れというが、現地の人と話し始めると、そばにいたおばさんか
らザクロなども 回ってくる。 (そのザクロは種が小さくジューシーで
おいしい)
夕方カサブランカに 近づくと、今夜はみんなで家に泊まりに来ないかと、
ハッサンは 親切に申し出てくれたが、疑っては悪いが、法外な宿泊料を
請求されるとも限らないの で、せっかくだが辞退した。
そこで、カサブランカにあてのない私たちのために、ホテル探しをお願
いした。 バス停からほど近いそのホテルのフロントで、ハッサンにお
礼を言ってお別れをし、 部屋に入って荷をほどき、夕食を食べるために
階下に降りて行くと、フロントにまだハ ッサンがいて、話こんでいた。
私たちに気が付くと、一緒に外に出て、これから食事に 行くのなら、家
に来ないかと言う。
私たちは少し考えたが、五人で束になれば危険はないだろと判断し、つい
ていくことに した。
ハッサンはタクシーを二台止め、市外を通り抜けて静かな住宅街で車を止めた。
そこは旧市街のような所で、カサブランカの名の通り、古くて白い家が立
ち並ぶ、 神秘的な所だった。 家の前に弟のモハメッドが来ていて、頬をつ
けて挨拶をしている。
小さな入り口を入って行くと奥の居間に通され、お父さんとお母さんに挨拶
した後、 外に出て、ぐるりと近所の親戚に挨拶に行くのを私たちもついて
回った。
ハッサンの兄妹や親戚の女性はびっくりするほど奇麗な人ばかり。子供も出
てきて 一緒に写真を写す。
家に戻ると、近所に住む妹のサミエルも加わり、
フランス語で熱 心に話しかけてくる。 お母さんはミントティーを作ってくれ
た。タンジェで飲んだも のよりずっと新鮮でおいしい。
お母さんは腕や顔じゅう入墨をしていてちょっと恐いが、どっしりした、や
さしい人 だった。
夕食は、肉団子と卵の炒め物で、丸いパンを手でちぎっては、具をはさんで
食べる。 終始楽しい雰囲気に包まれ、なごやかなひとときだった。
遅くなったので、辞去しようとすると、再び泊まっていくよう申し出てくれ
たが、 ホテルも取ってあるので、遠慮した。
帰りもタクシーを二台呼んでくれ、ハッサンとモハメッドがホテルまで送っ
てくれた。
寂しいことに、私たちは心のどこかで『こんな親切な人がいるわけない。
きっとまた 最後にどんでん返しがあるのではないか!?』・・・と怖れて
いたが、そんな事はあ ろうはずもなく、二人はホテルの前で私たちを降ろ
すと、あっさり手を振ってさわや かに、今乗ってきたタクシーで帰ってし
まった。
お礼の言葉さえ言えずに消えてしまった。
人を騙そうとしている人達と、素朴で親切な人達。 これを見分けるのは、
とても 難しい。