モロッコの不思議 [モロッコ人4]
お昼前にマラケシュの駅に着く。
残念なことに、旅の先を急いでいる私たちは、その日の夜、7時40分発のタンジェ行き
の夜行列車に 乗るため、日帰り旅行みたいなものだ。
それでもジャム・エル・フナ広場に行ければ満足な私だ。
広場に行くには街のバスに乗らなくてはな らない。 バス停らしきもののそばにいると、
一人の青年が話しかけてきた。
久しぶりの英語なので、つい返事をしたくなるが、無視して黙っていると、
「私は学生で、あなた達とお話がしたい。」
もう、自称ガイドにこりごりの私たちはいくらカサブランカで親切な人に出会ったとは
いえ、決して 油断はしない。
私たちは英語が全くわからない人になった。(それはかなり、キチガイっぽかったけど)
彼が何と話し掛けてこようと、断固として英語を話さず、日本語で通した。 それでも彼
はしぶとく、
「私は学生で、ただ勉強のために英語の会話をしたいだけです。」
などと言っても、私たちは、
「ワタシタチ アナタノ イッテイルコト イミ ワカリマセーン。」
と、答え、再び彼が何か言うと、
「ダカラ ワタシタチハ エイゴ ハナセマセーン。」
・・・と、きっぱりと日本語で答えていた。
日本語の中には外来語がたくさんあって例えば、カメラのことも写真機と言い換えてい
たほど、気を遣っていた。
しまいには彼もあきれたのか、 「クレイジー!」 なんて言っていたけれど、そこで怒り
だしたら今までの苦労も水の泡。ぐっとこらえて微笑んでいた。
まもなくバスが来て、乗り込んだはいいが、目的のジャム・エル・フナ広場はどの停
留所で降りたらよいのか、わからない。誰かに聞こうと思うが、例のあの男も一緒に乗
り込んできている。 比較的混雑した車内をあの男のいない前方に向って人をかき分け前
に進む。そこに居たのは、感じのいい美しい女の人だった。彼女は英語を話し、親切に
教えてくれた。 ふと、あの男の方に目をやると、不思議そうな顔をしてこちらを見てい
る。
停留所に着くとその女性も一緒に降り、お礼を述べていると、あの男も降りてきてこ
ちらに近づいて来た。驚いたことに女性は彼に向かって挨拶をしている。
なんと、聞けばこの女性と、男は同じ大学の同級生であった。
彼女は私たちが彼を無視していたことを知ると、不思議そうな顔をして、
「どうして信用しないの?彼は私の同級生だからだいじょうぶよ。」
と、言い残してさわやかに去って行った。
残された私たちは大笑い。せっかく用心して、英語を話さなかった事も無駄になり、こ
のお兄さんと、いきなり打ち解け、なぜ自分を信用しなかったのか聞くので、タンジェ
の一件を話したら、
「あそこは悪いやつがたくさんいるから。」
と、笑っていた。
これより私たちの態度は180度変わってこのお兄さんを信じることにした。
ここで連れていかれたレストランは、地元の人が普通に利用する店で、屋外で、しかも
広場を眺めながらの食事はとても美味しかった。
広場では、大道芸人を中心に、小さな輪、大きな輪がいくつもできていた。
広場の裏は種類別に、例えば、革製品のスーク、銀製品のスーク、陶器のスーク・・・
と、素材ごとに店がかたまって、迷路のように細くて複雑な道に店が立ち並ぶ。
一度この中に入ったら、二度と出てこられない恐怖感があるから、時間に余裕がなくて、
できるだけたくさん見てあるきたい私たちには、彼がついていたので助かった。
彼の、お店の案内も良心的で、まず最初に一通りの物が売っている、デパートのような
所へまず連れて行ってくれたが、ここでは欲しいものをチェックするだけ。あわててこ
こでは買わない。 この後、各スークに行き、専門店で買い求めるのだ。
そういった店でも彼は決して無理に商品をすすめたりはしないし、必要とあれば、いつ
でも値段交渉の手伝いをしてくれる。
買い物も一段落して、ハガキを出すために郵便局に行こうと、再び広場に戻ると、す
でに陽も傾いて、大道芸人を取り囲む人の輪は厚みを増し、盛り上がってきた。
そんな喧騒の中をすりぬけている最中だった。
彼が何かを言い出した。
「・・・今日一日、銀行・・・に行ったし・・・レストラン・・にも案内した、市場で
・・・買い物もつきあったので・・・ガイド料・・・を.貰いたいのだけど・・・・。」
・・・・・なんと、またしても、・・信じていたのに・・・
二度も自称ガイドに引っかかった悔しさ。 私はあまりにも腹が立ったので、まわりの喧
騒に負けないように、大きな声でこう言った。
「モロッコ人は大嘘つき!モロッコ人なんてダイキライ!」
すると彼はちょっと困った顔をして何もいわずにひとごみの中へ消えて行った。
もちろん私は本当にモロッコ人がキライになった訳ではなかったし、お礼ぐらいするつ
もりだったのに...。
この時は腹が立ったが、彼らにとって、人を騙すとか、裏切るなんてつもりはなく、う
まくしたら儲けてみよう程度に考えているのだろう。 出来心で
『ただ、言ってみた・だけ』
に、過ぎないのだろう。
その後更に広場は盛り上がっていった。 屋台がいつのまにか増え、店を持たない物売
り達は、私たちをめがけて突進してくる。
すっぽり闇と魔力に包まれて、ここにもっと長く居たい!という願望に押しつぶされそ
うだったが、無情にも出発の時がきて、後ろ髪を引かれる思いでそこを引き上げた。
たった三日間の夢のような出来事だった。 少ない時間でこれだけ効率良くまわり、
楽しむことができたのは、やはりここで出会った、親切な人達や、自称ガイドさん達の
お陰である。