し かし、このときの私は若かった。元気で厳しかった。
今(2000年)だったらもう少し、彼に対してやさしくしてあげられたかも知れない。

よく いる? へんな ニホンジン


オスロの駅で夜行の寝台券を買おうと、うろうろしていたら、いきなりボサッとした人が 話しかけてきた。
「日本人ですか?」と聞く目つきがすでに不気味で、私はとっさに逃げたかったがうなずくと、彼は続け
てこう言った。
「日本人と話すの久しぶりなんです。今晩一緒に食事をしてもらえませんか?」
・・・・・いきなりである。
よっぽどせっぱ詰まった状態だったようだ。
聞けば同じ時間の夜行列車に乗るらしい。出発の時間まで、私たちはオスロの街を見学する予定だったし、
彼の、「ムンク見に行くんです。」という言葉につられ、話はまとまり、一緒にナショナルミュージアム
へ。

ムンクの部屋は特別に一部屋設けてあって、とてもイイ!すっかり気に入った私はこの部屋にしばら
くとどまりたい気持ちになっていた。ふと、同行のむらやんに目をやると、私と同じことを考えている様
子でうっとりしてる。 ところがさっきいっしょに来た日本人に目を向けると、ムンクのあの有名な《叫び》
だけ見たあと、他の絵は素通りするだけ。
この美術館にはムンクの絵だけでなく、ゴッホ、ピカソ、ゴーギャン、ルノアールモンドリアン、ドガ、
マネ、モネ、セザンヌの絵だってあるのに、美術館に入るなり係の人にムンクの絵の場所を尋ね、二階に
上がり、この《叫び》だけ見ておしまいだった。
彼の方を見ると、退屈そうに私たちが見終わるのを待っている。
仕方がないので彼の方に歩み寄るとまたいきなり絵の講釈を述べ始めた。
長い話だったが要約すると、わかりやすい絵(具象的な絵のことらしい)しかワカラナイ?だからムンク
の絵はワカラナイ!とかなんとか訳のわからないことばかり言っていたが、まあ人それぞれなので、意見
を聞くにとどめた。

その後、階下のロビーの椅子に腰掛けるやいなや、彼の旅行中の身の上話が始まった。
この人はここ数日間日本人と話していないから(もちろん現地の人をはじめ、外国人とも)話がたまって
いて、一気にはきだした様子であった。
正直言って、私は気が変になりそうだった。もしこの人が友達なら、『そんなことでいいの?』と、いち
いち反論したと思うが、一生に半日しか会わない人なので、とにかく黙って聞いておいた。

 彼の話はこうである。
ヨーロッパに来た理由は、アルバイトをしたお金を使う目的を作るため?!
『それで何処でもよかったんです。』・・・・・?????
『一人旅ということで来たけれど、最初の二泊はツアーでホテルが付いていて、そこで知りあった友
達と共に食事に行ったりしてたのしかったけど・・・。』
その後一人になってからの苦労話をはじめた。

以下は彼の話をそのまま引用し、一般的な感想(私の独断?)を加えた。
ちなみに彼は相当おしゃべりな人で、こちらからは全く質問をしないどころか、相槌も打っていない。
なお、彼の今回の旅程は一カ月である。

彼:「一人だとレストランで食事ができないでしょ。まず、メニューが読めないから、ワケのわかんな
   いのを頼 んで、それに手もつけずに店から出て来たらおかしいし。」
私:『食は文化です!食べ物からその国を味わうのも旅の楽しみです。(特に私は!)わけのわからない
   メニュを見てオーダーするなんて、スリルがあっておもしろいではないですか!変なモノが出てき
   たら、もっと 面白いではないですか!それより、とにかくつべこべ言わずに何でも黙って食べな
   さい!!!』

彼:(ホテル、またはユースホステルに泊まっているときの話)「英語はだいたい通じても、込み入った
   話はぜんぜんわからないから、ボーッとしているだけになっちゃうでしょ、だから外国人と相部屋
   になっても話をしないの。」
私:『少しは話そうと努力しているのかな、黙っているよりはマシだから、わからなくなったら日本語で
   話せばいいのに!外国に来て、日本人としか話さないなんて変なヤツ!!!』

彼:「酒は飲めないから夜やることがなくって・・・。ひとは芝居でも観たらいいって言うんですけど 、
   何やってるかわからないでしょ、だから八時には寝るんです。」
私:『ひぇ〜〜〜(ここでひっくり返る)この人きっと日本にいても同じような生活をしているのでしょ
    う。』

彼:「大学は東洋、一応、法学部ですけど。」
私:『いちおうって?????』   

彼:「ずっと予定を立てていたんだけど、(・・・と言って、ポケットから紙を取りだすと、そこには列
   車の時刻表に合わせたガチガチの予定表があった。)今日、その初日でつまずいちゃって。5時に
   出る切符が取れれば良かったのに・・・・。」
私:『世の中ってあなたの思うようにならないんじゃないの?狂った予定を楽しむのが、旅の醍醐味です。』

彼:「最初は友達(ツアーで知りあった)と一緒で、別れて一人になった時、何処に行こうかと考えて・・
   イタリアとか行ってドロボーに遭ったらそれで終わりでしょ、だから治安のよさそうなここ(オス
   ロ)に来たんだけど・・・。
私:『ドロボーに遭ったぐらいですべて終わりではないし、治安の良さだけで行く場所を選ぶなんて・・・』

彼:「早くみんなに会う日(最後に一泊もツアーに付いている)が待ち遠しい。その日を指折り数えて待っ
   ているんですよ。」・・・と言って、過ぎた日にx印をしたカレンダーを見せてくれた。
私:『私たちはこの頃、あと二カ月しかないと言って嘆いていたのに・・・。』

    .....さらに言うことには・・・・・

彼:「家に帰るも一つの楽しみだし・・・。」
私:(・・・ため息)

    ・・・・・そして最後に.....

彼:「今日の夜行で明日ケルンに行くんですけど、あそこの大聖堂に行けば、日本人がつかまると思うん
   です。」
私『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

このとき、私のこころの中ではっきりと、ムンクの《叫び》が聞こえた。
   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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