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バブリィ。
written by Miyabi KAWAMURA
2006/1221


 



 てのひら一杯に、白い泡を集める。


掬い上げると、肌理細かな生クリームにも見えるそれは、ふわふわと揺れた。

オレンジに似た、しかし少し違う気もする薄い香りがバスルームに漂っているが、それは決して嫌なものではなくて、雲雀は真白い泡を、そのまま湯面から上げた左腕に滑らせた。

弾力の有る泡が肌を撫でていく。

浅いバスタブに張られた湯の上には溢れんばかりの泡が立っていて、肌を滑り落ちた泡は、すぐそれに同化してしまった。……幾度か同じ事を繰り返した後、雲雀がついた吐息に気付いたのか、雲雀を膝の間に座らせて後ろから抱き締めたまま、同じく泡に(正しくは湯に)浸かっていたディーノが、笑った。


「ごめんな。疲れただろ」


何故とは、ディーノは言わなかった。
言えば、雲雀が機嫌を悪くするという事など、とっくに知っている。


相手の返事を待たずに、ディーノは湯の中で雲雀の手首を掴むと、ゆっくりと持ち上げた。

表面を濡らす湯と、纏わりついた泡の間から覗く薄赤の痕。

手首から二の腕まで、内側の肌の柔らかな部分を辿る様に、いくつも付けられている
それらを目にして、付けられた当人は僅かに眉を顰め、逆に金の髪をした犯人は満足そうに相好を崩したが、ディーノを背もたれ代わりにしている雲雀からは、その表情は見えない。

「こんなもの……」

泡を指に纏わせてその箇所を擦りながら、雲雀が言った。

「べたべた付けたがる意味が解らない」

指を止めて見直しても、勿論そんな事で色が落ちる訳はなく。
やっぱり消えない、と憮然として呟いた雲雀の声を耳にして、ディーノは雲雀の腕を降ろすと、ぎゅ、と後ろから抱く腕を強くした。

「そりゃ、付けたいに決まってるだろ」
「……なんで」
「恭弥はオレのだ、って証拠じゃねーか」
「……」

折に触れてディーノが零す、雲雀からしてみれば甘ったるいだけにしか聞こえない言葉の羅列。

普段ならばそれに過敏に反応するか、逆に完全に無視するかのどちらかでしか応えない雲雀である。なのに、今回に限って何を思ったのか、数瞬黙り込んだ後、雲雀はディーノの腕の中で身体を回転させて、正面から向き直った。

「恭弥?」

たぷん、と湯が揺れて、泡も揺れる。

小柄な雲雀の身体は、首元まで完全に真白い泡に浸かってしまっている。
バスタブに入る前に浴びたシャワーで濡れた黒髪の所々にも、湯面から跳ねた泡がくっついているのだが、雲雀はそれを気にしていないらしい。
ディーノと自分の間に溜まった泡の弾力を確かめる様に触れている仕草に、年相応の幼さが垣間見えて、しかし、くっきりと切れ上がった黒い双眸の目尻だけは、先刻までディーノに抱かれていた名残で赤味を帯び、ひどく艶めいてた。


そのアンバランスさこそが蟲惑的なのだ、と、本人は気付いているのだろうか。


惹かれた気持ちのまま、ディーノが目元に唇を寄せても、雲雀は逃げなかった。
ほんの少し顔を離し、自分を見上げてくる雲雀の目を間近に覗き込むと、ディーノはもう一度ゆっくりと、両眦に唇を落とした。

まみれた泡で滑る薄い肩を掴み、撫でる。
……そこにも散々口付けたから、間違い無く痕が残っている筈だ。


「……証拠、って言ったよね」
「ああ……」


未だ掌に残っている、抱いた細い肢体の熱と肌の感触。
それを思い出しながら雲雀の肩を覆い隠している泡を払い、自分が残した証を探していたディーノが、彼らしくない生返事を返してきた一瞬の油断を、雲雀は逃さなかった。


「だったら、今すぐ消しなよ」


一言の後、両手一杯に掬った泡を、目の前のディーノに向かって思い切りぶちまける。


「……っ!! なっ!!」
「ねえ。消しなよ。それとも消せないの?」
「恭、ぅわ……っ」

完全に不意を突かれたキャバッローネの跳ね馬が、飲み込んでしまった発泡アルカリ性水溶液で咳き込むのを見て、今度こそ笑みを浮かべると、雲雀は容赦なく追撃を喰らわせた。
幸いな事に、真白く柔らかな”武器”は周りに溢れていて、幾らでも補充可能だ。

「出来ないなら代わりに剥いでもいい? あなたの、左腕の皮」
「っ、お前なぁ……っ!!」

ディーノは、続けざまに浴びせ掛けられる泡をどうにかしのぐと、雲雀の背中に腕を回し、思い切り引き寄せた。顔面に直撃した泡のせいで目が痛むが、このままでは埒が明かない。

ばしゃんと波が立ち、攪拌された湯面に、また新しく生まれる泡。

バスタブの中、しかも舞い上がる泡の中での攻防は、腕力と体格で勝るディーノの方が確実に優勢で、完全に雲雀を抱き込んでその動きを封じると、ディーノは大仰に溜息をついた。

濡れて乱れてしまった金色の髪をかき上げて、ようやく大人しくなった相手を見遣る。

首筋から手の甲まで、鮮やかな画が施された自分の左半身。
その肩口に押し付けた雲雀の頭を撫でると、まるで言う事を聞かない猫を宥めている様な気がしてきて、この状況にも関わらず、妙に可笑しかった。
もうバブルボムは無しな、と、一応釘を刺してから腕の力を弱くしていくと、意外な事に、すぐに離れていくかと思った身体は、拘束を解かれた後も、ディーノの腕の中に残った。


 「お前も、泡くっついてる」


ようやく静寂を取り戻したバスルームの中、同じく静かになった雲雀の顎をとって顔を上向けさせると、頬に付いていた泡を拭う。
泡の下から現れた肌はほんのりと上気していて、いつもより更に柔らかい。

ディーノは、雲雀の肩が冷えない様に、湯と、そして泡をかけてやった。……勿論その仕草には、自分が受けた戦闘紛いの勢いと乱暴さは、微塵も含まれていない。

「ほら。この方が、気持ちいいだろ?」

手に掬った泡ごしに、東洋人独特の、ただ白いだけではなく滑らかな風合いの彩をした肌に触れた。

雲雀の左手を取って、普段トンファーを手繰る為に酷使されている掌、そして五指を一本ずつ順番に丁寧に洗っていく。

「自分だってむきになってたくせに、偉そうなこと言わないでくれる」
「仕掛けてきたのは、恭弥が先だろ。……次、右手出せよ」


穏やかな水音と、交わす言葉だけが響く。

ディーノの手は、雲雀の手よりも一回り以上大きい。
愛用の鞭を振るうだけではなく、銃の引き金を引いてひとの命を奪う事もあるだろうその手が、自分の手をまるで大切なものを扱うように動く様を、雲雀は黙って見詰めた。


真白い泡を絡めながら、ディーノの指が、雲雀の指の間を行き来する。
掌同士を重ねる様に握り、離して、手の甲、爪の先、指の腹と、敏感な神経を掠めて手首まで、戻る。
血管が透けて見える皮膚の薄い部分、そして脈の上を幾度もなぞる、長い指。


ディーノ、と、雲雀は名前を呼んだ。


視線を上げた相手の首に、既に解放されていた左手を回す。……重なった唇は少し苦い泡の味がしたが、歯列を割って口腔に入ってきたディーノの舌に自分のそれが触れた途端、そんな事はどうでも良くなってしまった。

「……っ」

繋いでいた右手を解いて、ディーノの左肩を掴んだ。
雲雀の身体はディーノに支えられていて、決して不安定な訳ではないが、重なった身体の間に入り込む泡の滑る感触に、どうしても心もとなくさせられる。


「……なんでキスは良いのに、痕は駄目なんだ?」


角度を変えながら唇を触れ合わせ、息継ぎの合間に、ディーノが言葉を零した。

「あんなの三日もすれば、勝手に消えるぜ」

怒るほどのもんじゃねーだろ、と囁かれ、雲雀もやはり同じ様に、自分で考えれば、と囁き返した。


「オレだったら、恭弥が付けてくれた痕なら、すげー嬉しい」
「そう思うのはあなたの勝手だけど」


僕は、やだ。


拒む意味の言葉を言いながら、けれど雲雀はもう一度重ねられた唇を拒みはしなかった。

「ァ……、っ!」

弱い箇所に滑り込んだ指に撫ぜられて、びくりと震える。
その拍子に手が滑り、雲雀はそれまで手を突いていたディーノの左肩に、頭を乗せた。

「お前、細過ぎ」
「ん……っ、ぅ、……っ」

水面下で不埒に動く、指と掌。
反応して跳ねる雲雀の身体に応じて生まれる細波が、ちゃぷん、と音を立てる。

ディーノからしてみれば、雲雀の身体は只でさえ軽いのに、今は浮力までもが味方していた。細い腰を掴んで引き寄せ、意図を篭めて揺らしてやると、互いの身体の間で擦れた箇所が、もどかしい快感を拾い集めて、緩く力を持ち始めたのが解る。

完全に自分に体重を預けてしまっている雲雀の身体との間に僅かに隙を作ると、ディーノは正面から雲雀の顔を見た。
恭弥、と呼ぶと、中空に据えられていた黒い双眸が、ゆっくりとディーノに向けられる。


いつもと変わらない深い黒の筈なのに、蕩けきったその色。


「……っ、ぁ、んんっ!」

ふいに掴まれた自身を上下に扱かれて、雲雀が喉を引き攣らせる。
火照った肌を滑り落ちる湯と泡と、そして雲雀の汗が混ざった雫を舐め取りながら、ディーノは熱を溜め込んだ雲雀の先端を、いつもの様に指の腹で撫ぜてやる。
けれど、そこから既に滲み始めているだろう透明な先走りは湯に紛れてしまって、感触を確かめる事は出来なかった。

啄む様な口付けを、眼前に晒された細い首に何度も落とす。

「ぅ、あっ……」
「恭弥」

幾度目かに少し強めに皮膚を吸うと、新しい薄赤が散る。
その上を甘噛みし、もう一度口付けると、その色は更に赤味を増した。

自分の肩の上で雲雀が息を詰め、そして耐え切れず漏らす声を耳にして、ディーノは下肢を弄っていた手を止めると、雲雀の背に回した両腕で細い身体を抱き締めた。

ゆら、と、視界の端で揺れた泡を集め、雲雀の肌を覆うように撫でると、その微妙な弾力にすら敏感になった身体はひくりと動く。


あたたかな体温を腕の中に閉じ込めて。
ディーノは、こと雲雀に関しては、歯止めの利かない自分に対して、失笑した。


雲雀を抱いたのはほんの数時間前の事で、それなのに今。



……こんな触れ方をしてしまえば、もう止められる訳が、なかった。



>>fin.


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