降り積もるのは雪よりも想い
written by
Miyabi KAWAMURA
2006/1224
クリスマスもニューイヤーも日本に来れそうにないと告げられたのは、ほんの五日前の事だった。「迎え寄越すから、恭弥がこっち来ないか?」と電話越しに冗談みたいに提案されて、「やだよ」と返した僕。(そんな突貫工事みたいに慌ただしい事したくはなかったし、一緒に過ごそう、と半年も前からしつこく約束させられてた事を、電話一本で反古にされたむかつきもあった。当たり前だ。)
でも会いたい。お前に会わないで年越すなんて絶対我慢出来ない、と、直接顔を見ずに話していたせいだろう、子供みたいに食い下がってきたディーノに、じゃあね、と一言だけ残して電話を切った。……でも多分、その最後の最後で、僕は失敗した。
じゃあね……、……。
たった、一拍。
時間にすればきっと一秒も無い。一呼吸のちょうど半分だけ。
受話器を置くのに躊躇った事を、あなたに気付かれた。
そしてその躊躇いの中に混ざり込んでいた僕の気持ちは、間違いなくあなたに伝わってしまった。
「……会えた。良かった」
半年も前から一方的な約束をさせられていたその夜、ひとりで歩いていた僕の腕を掴んで振り向かせて、うれしそうに笑って言ったあなたを見て、何で日本にいるんだとか、忙しい筈じゃなかったのかとか、そんな事に頭を巡らせる前に、勝手に反応したのは僕の身体だった。
「……遅いよ」
呟きを漏らした唇も、引かれた肩も。
抱き締められた途端、身体全部がまるであなたを待ってたみたいに震えて、正直、僕は戸惑った。
だって、おかしいじゃないか。
待ってない。僕は、あなたなんて待ってなかった。
顔を合わせず過ぎる時間がどれだけ続いたところで、それはあなたに出会う以前の、あなたなんていう存在を知らずに生きてた時間に比べれば、全然短い。
あなたなんて知らなくても、僕は生きてこれた。
あなたなんかに会えなくても、多分、今迄通りに生きていけた。
なのに。
僕自身も知らないうちに、勝手にあなたに会いたがってた、僕の身体。
震えたのは寒さのせいだと勘違いして、彼は、なめし革の柔らかな手袋を、勝手に僕の手に嵌めた。大人の手の大きさに合わせて作られたそれは当然僕の指には余って、けれど余った分ごとあなたが僕の手を握って歩き出してしまったから、外して突っ返すタイミングは無くなってしまった。
「良かった。恭弥に会えた」
さっきと同じ様な事をもう一回、けれどさっきよりずっとゆっくり呟いて。
大きくつかれた、あなたの溜息。
零度近い真冬の夜中の空気の中でそれは凍って、しろくしろく見えた。
「こんな寒いのに、雪降んねーんだな」
晴れてるんだから当たり前だと言ってやると、代わりに星が見えるからまあ良いか、と、切り替えの早いあなたは、笑って僕の方を見た。
今日は、お前に会えたからそれで十分だ。
待たせて悪かった。ホントにごめんな。
……待ってないよ。あなたなんて。
僕がそう言うのなんて絶対解ってただろう彼は。
苦笑したあとに、でも本当に会いたかった、と重ねて僕に、そう告げた。
次の冬は一緒に雪見ようぜ。今から降るように祈っとく。
しろいしろい吐息と一緒に僕に届く声。
来年も絶対、お前に会いに行くから。
「あとニ分」
掛けられた声に、雲雀は伏せていた目を上げた。
「予定通りだな。お前と組むと仕事が早い」
「光栄だね」
各所に配置していた部下からは、作戦通りにターゲットを狙撃、追走しながらこの路地へと誘導中だと、連絡が入っている。
「片付けるのに三十秒。……一時に戻れりゃ上々だ」
時計を見ながらそう言って、リボーンは、にや、と笑う。
「飲みはぐれたくなけりゃ、お互いニ撃が最低条件だな。余計な時間は使いたくねえ」
「楽しそうだね」
「お前こそ」
話している間に、遠くから聞こえてくる足音。そして銃声。
近付いてくる獲物を、打って、撃って、もの言わぬ塊に変えてやれば、仕事は終了。
「……ったく。イヴに駆り出されるなんざ……」
ツいてねえ。
凄腕のヒットマンが零す愚痴は苦笑混じりな上、愉しげで。
つられて雲雀も、唇の端に、笑みを浮かべた。
「ワインくらいは、残ってるんじゃない」
「そう願う」
言いながら、すでに二人は動き出していた。
眼前に現れた獲物。驚愕に開かれる目。
自分に向かって構えられた銃を、雲雀は握る手首ごと打ち据え骨を砕き、その瞬間、ごき、という鈍い感触は音になる前に愛用の武器を通して伝わってきた。
身を翻してもう一撃。
獲物の左側頭部を狙った合金の凶器がそこに当たった瞬間、リボーンの撃った弾丸が右後頭部を直撃し、二重の衝撃に、砕けた頭蓋骨からばしゃりと血が吹き、降り注いだ。
赤い雨。
「相変わらず容赦ねえな、ヒバリは」
「きみもね」
遠距離から狙ったリボーンは別として、頬に跳ねた飛沫をぐい、と拭いた雲雀の手の甲も赤く染まっている。
「ジャスト零時だ」
くるん、と銃を器用に回してホルダーに収めると、リボーンは手首に嵌めた黒革のアナログ時計を眺めて、言った。
「メリークリスマス、ヒバリ」
「メリークリスマス」
掛けられた定型句に返事を返しても良いと思う位には、雲雀はリボーンの事を気に入っている。
「じゃ、帰ろう」
「だな。……ボンゴレ屋敷じゃ、今頃打ち上げ花火だ」
まるで、何も無かったかの様に。
だらだらと体液を流し続ける、脈を止めた個体を背にして、二人は歩き始めた。
「固まる前に拭けよ」
「きみにそういう事されると、後が怖いんだけど」
「嘘つけ」
雲雀の頬に付いた、拭いきれなかった赤い飛沫を指で拭き取ってやりながら、リボーンがふと呟いた。
「今年もイヴは雪無しか」
雰囲気が出ねぇ。
最凶のヒットマンが漏らした一言に、雲雀が口を開いた。
「十分だよ」
「血の雨で、か?」
「そう」
頷いて、雲雀は空を仰いだ。
異国の真冬の、真夜中の夜空。
白い雪なんて今更降っても、地上を染めた赤は隠せない。
でもそれでももし降ることがあるのなら、あの町で見ると決めているから。
もう戻れないあの町で、あの夜みたいに。
いま此処にはいない彼と、二人で。
>fin.
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