もうずっと、恋している
written by Miyabi KAWAMURA
2009/0131
(2008/1119〜2009/0131迄の拍手御礼文)
ソファの上に何か白いかたまりがあるな、とは思ったが、まさかそれが、雲雀だとは。
思いがけない、不意打ちにも近い、光景。
物珍しさと、そしてなんともいえない嬉しさの半分ずつが混じった気持ちのまま、ディーノは、雲雀の顔を覗き込んだ。
その途端、ぽたりと、一滴の水が落ちる。
雲雀の頬を濡らしたのは、シャワーを浴びたばかりで、未だ乾いていない金色の髪から滴った雫だった。
――ああ、拭いてやらないと。
そう思ってディーノが指を伸ばした刹那、ふるりと、雲雀の瞼が震えた。……ん、と、僅かに寝息を乱した教え子の姿を見遣る鳶色の目に、苦笑が浮かぶ。
こんなに敏感に、まるで野生の生き物の様に、「外」に対して神経を張り巡らせている教え子が、なのに今、自分の部屋で(厳密に言えば、ディーノが日本滞在中の定宿にしているホテルの部屋で、だが)、眠っている。
雲雀の身体を包んでいるのは、元々ソファの上に畳んで置かれていた、ベージュというよりはオフホワイトに近い淡い色のブランケットだ。アルパカの特徴でもある、見た目にも柔らかで暖かそうな布地が、少年の身体特有の細く尖った印象を押し包み、柔らかなそれに変えている。
人に慣れない、というのとは少し違う、むしろ独りで自由でいることを好んでいる教え子が、こうしてディーノの部屋まで付いて来るようになったのは、最近のことだ。ヴァリアーとの戦いの際、家庭教師として手合わせを繰り返していたときも、その後、日本を訪れる度に、殆ど習慣のように繰り返していた手合わせのときも、基本的に雲雀は、戦いが終わればあっけない位にあっさりと、ディーノに背を向けて、帰ってしまっていたのだから。
その、雲雀が。
正にじゃじゃ馬と評するに相応しい、気紛れで孤高で、そのうえプライドも高い教え子が、目の前で晒している、姿。
――今日も日が落ちるまで、自分たちは並盛中の屋上で戦っていた。
ソファで眠る位に疲れたのなら、ベッドに行けば良いだろうに、と思ったが、すぐにディーノは自らの考えを訂正した。……雲雀の性格的に、それは無い。「自分より強い相手」として、確かに雲雀はディーノの存在を認めてはいるようだが、だからといって、他人の気配の残るベッドを使おうとする筈がない。
ディーノは、改めて雲雀の姿を見詰めた。
くっきりと眦が切れ上がった、鋭くて怜悧な黒色の両目も、閉じられてしまえばその鋭さは消える。そして、ふっくらとした柔らかな稜線を描く頬と、細い首筋。……見た目以上に華奢な造りをしている教え子の寝顔を目の当たりにして、ディーノの中に、ひとつ、小さな火が灯ったような、表現のし難い感情が湧いた。
……簡単に言えば。
ものすごく簡単に、そして単純に言えば、「可愛い」と。
その瞬間、ふとそう思ったのだ、ディーノは。雲雀のことを。
「……?」
柔らかに髪を撫ぜられ、雲雀が伏せていた目を上げた。
黒い目に浮かんだ問い掛けの色を、ディーノが再び指に髪を絡め梳くことで受け流すと、もとより深く追求する気は無いのか、雲雀は再び、舌を動かし始めた。
ディーノの切っ先から根元までを包む、熱い粘膜。
ソファに座っているディーノの膝の間に身体を置き、珍しく自分の方から、開いた唇と伸ばした舌先とでディーノに悪戯を仕掛けてきた相手は、先刻から、口腔に含んだ肉塊を咀嚼するように愛撫することを続けている。
「――ン、……っ」
固く張り詰めたものの先端から滲んだ先走りと、そして己の唾液とを雲雀が嚥下するたびに、細い咽喉が動く。
舌に伝わる振動が舌の表面のざらりとした部分をうごめかし、そしてそれはそのまま、ディーノの快感に繋がった。――びく、と一度震えた肉塊が、更に体積を増す。
「……ッ、恭弥……、」
このまま全て吐き出してしまえば、酷く気持ちがいいだろう。けれどディーノは、雲雀の髪を緩く掴むと、それ以上の口淫を拒んだ。
ゆっくりと顔を退いていく雲雀の唇とディーノ自身との間を、刹那、淫らな液体が糸を引いて繋ぐ。それを僅かに覗かせた舌で舐め取った雲雀の指が、赤黒く充血した肉塊を支えるように動いた。
「……何?」
行為を邪魔されたことが気に入らないのか、眉を寄せた雲雀の頬を、ディーノが掌で包んだ。
そこに跳ねてしまっていた、一度目の吐精の名残を拭いてやると、大人しくされるままになっていた雲雀が、逆にディーノの手首を掴み直した。
「あなたが上の空なんて、珍しいね」
口元に引き寄せたディーノの指先をぺろりと舐めて、雲雀が言った。
「それは、お前も、だろ?」
鳶色の目を眇めて、ディーノも答えた。
雲雀の舌で清められた己の指がそのまま導かれた先は、相手の首元。黒いネクタイの上だった。――このまま解いて、と言葉無しにねだられて、跳ね馬の指が動いた。
ネクタイの結び目を緩めてやり、白いシャツの襟元に手を掛けて釦を外していく。
布の合間から覗いた鎖骨に触れ、その尖った固さを確かめるように撫ぜた刹那、雲雀の身体が震えたことに気付いて、ディーノは指を止めた。
「……っ……、ねぇ」
一瞬の無言の後に、雲雀が零した声。
早く、と、いつにない様子で黒い目を揺らした相手の顎を掴み上向かせると、ディーノはそのまま、唇を重ねた。
呼吸を奪い、舌と舌とを絡めて、唾液の鳴る音を立てる。
「ん……ッ、ぅ」
次第に深くなっていく口付けの合間に、雲雀が啼いた。
ディーノの首に回された腕に力が篭る。もっと先が欲しいと望む雲雀に応えて、ディーノは相手の身体をそのまま絨毯の上に組み敷いた。真上から見下ろし、再び唇を重ね合わせる。捕まえた舌を噛み付く強さで貪っても、雲雀は拒もうとはしなかった。それどころか、自ら顔を傾けて唇を開き、耐え切れないというように下肢を身じろがせている。
「――ッ、ィー、ノ」
息継ぎの合間に呼ばれた名前。
自分の方から誘ってくること自体珍しいのに、今日の雲雀は、声を堪えるつもりも無いらしい。艶の増した甘い声音で自分に口付けている相手の名前を繰り返して、出逢った頃の、十五歳だった頃には見せたことのない種類の甘え方で、ディーノを煽る。……雲雀のその変化は、ディーノにとっても悪いものでは決して無い。否、悪いどころか。
唇を重ねることも、与えられる愛撫に感じることも。
自分に触れる相手の名前を呼ぶことも、雲雀にその全てを教え彼を変えたのは、ディーノだ。
「ぁ……、――ッ、んんっ」
熱を孕んだ吐息が、ディーノの耳を打った。
「恭弥……、」
「ッ……、っ……!」
首筋に唇を埋め、ほの赤く色付いた肌に痕を刻みながら呼ぶと、組み敷いた細い四肢は素直に反応を返す。
しなやかに撓り震える相手の体温と鼓動を触れ合わせた身体から感じ、その心地よさにディーノは没頭した。
――以前と変わったのは、雲雀だけではない。ディーノも、変わった。十年前には、こんな触れ方はしていなかった。今しているような、どれだけ抱いて身体を繋げても足りないと思うような、雲雀もっと奥の、深くまで知り尽くしたいと願い奪うような、そんな触れ方は。
「ん……、……っ」
噛み扱いてやった舌先を甘く吸い、顔を離す。
濡れそぼった唇で啼いた雲雀の表情を間近で見詰めたそのとき、ディーノの胸の内に、ある想いが滲んだ。――鳶色の目に、凝るような、蜜が溶けるような熱が篭る。
雲雀の両頬を包み、髪を撫ぜ、想い人の形を確かめるように触れていきながら、ディーノは柔らかく笑った。
……可愛いと、そう思ったのだ。十年前のあの夜と、同じように。
雲雀のことが、愛しいと。
触れていたいと、抱き締めていたい、と。
――もうずっとディーノは、そう、想い続けている。
<終>
沢山の拍手、ありがとうございました!
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