耽溺
written by Miyabi KAWAMURA
2009/0207
ふ、と、緩く温かい吐息をついて寝返りを打とうとした相手の肩に、手を掛けた。
皮膚の下にある骨の形が直に感じられるような、薄い造りをした身体を、まだ腕の中から逃がしたくはない。背に回した掌に少しだけ力を篭め、自分の方へ凭れ掛かるように誘うと、ディーノは相手の――雲雀の身体を、抱き締め直した。
「……、」
ディーノの右腕を枕代わりにしている雲雀が、寝心地の良い場所を探すように身じろいだ。閉じられた瞼が微かに震える。……それがこのまま開かれてしまえば、きっと雲雀は、すぐにでもいなくなってしまうだろうから、だから、もう少しだけ、眠ったままでいて欲しかった。けれど、そう願う心とは反対に、目覚めた直後の、どこか脆く危うい、潤んだままの黒い目を瞬かせる雲雀の表情を見てみたい、という気持ちも、ディーノの中には同時に存在していた。
まだ、起きて欲しくない。
けれど、今すぐに、自分のことを見詰めて欲しい。
矛盾した我儘な思いだということは、自覚している。
無意識のうちに息を潜め、間近にある雲雀の顔をディーノは見遣った。……焦るような、何かを待ちわびるような。長くも、そして短くも感じられる時間が過ぎて、けれど雲雀の目は結局、閉じられたままに終わった。
体勢が落ち着いたのか、小さく啼くような声を漏らして再び深い眠りについた雲雀の髪に、ディーノはそっと唇を寄せた。……柔らかい。雲雀の髪は、否、髪だけじゃない。触れ合っている肌も、そこから伝わってくる体温すらも、雲雀の身体は、どこまでも柔らかかった。
――本当は、そんな筈はないのに。
『雲雀恭弥』は、今ディーノが感じているような、ただ『柔らかくて温かい』、そんな存在では、決してないのだ。そのことを一番に理解しているのは他でもないディーノ自身である筈なのに、時折、そう錯覚してしまいそうになる瞬間があった。
(……錯覚?)
本当に? そうなのだろうか。
自らの思考に、ふと感じた疑問。
埒も無い、と頭の片隅で思いながら、けれどディーノは、何かを確かめるように、指に絡めた雲雀の髪をゆっくりと梳いた。まるで壊れ物を扱うような手付きだと、自分でも思う位の、緩やかでいて甘い仕草。雲雀の眠りを妨げないように、心地良さだけを与えられるように、幾度もそれを繰り返す。――柔らかい。触れる髪も、そして髪だけでは飽き足らなくなり指を沿わせた頬も、そして唇も、やはり何もかもが柔らかく、ディーノの心を惹き付けて止まなかった。
ほんの数時間前、互いの舌と唇とを触れ合わせ飲み交わした吐息の熱を思いながら、ディーノは雲雀の身体を引き寄せた。目を閉じて、重ねた素肌から伝わる体温と、そして細やかに響く鼓動の感触だけに意識を傾ける。
眠る相手を起こしてしまうかもしれないという危惧と、もう少しだけ深く触れたいと思う欲求とを秤にかけながら、撫ぜた髪に口付け、抱き締める力を強くしていく。
許されるなら、溺れてしまいたかった。
絶対にそうは出来ないと、十年前の始まりのときに既に気付いていたけれど、それでも尚。
他の何にも代え難い愛おしさを篭めて抱いた身体すら、いずれ手放さなければならないと知っていて、けれどだからこそ、今だけは。
この真夜中の、ふたりきりで過ごす限りある時の中に。
>>終
戻
|