メルトダウン

written by Miyabi KAWAMURA
2009/0215







 抱き締められた瞬間に伝わってきたのは、相手の体温の高さと、そして僅かに香る、アルコールの匂いだった。

「離して」

背中と、腰に回された腕。
雲雀が拒む言葉を口にすれば、いつもなら(名残惜しげではあっても)最後には必ず退かれていたそれが、しかし昨夜に限っては、まったく真逆の動きをして見せたのだ。

「いやだ」

愉しげなディーノの声に耳を擽られ、吐息に肌を撫ぜられる感触に雲雀が反射的に身体を震わせた途端、抱き上げられて、そして。

「逃がさねぇよ」

放り出されたベッドの上で弾んだ雲雀の身体をそのままシーツに押し付け、沈ませていくような体勢を取りながら。

「……逃がしてやる訳、ねぇだろ?」

そう続けられたディーノの言葉の最後には、もう、雲雀の唇は、塞がれてしまっていた。






 先刻までは確かに感じていた筈の、胸が焼けるような甘い匂いは、もう微塵も感じられなかった。……おそらく、嗅覚が麻痺してしまったのだ。妙に冷静に、雲雀はそう考えていた。否、それ位のことを考えていなければ、どうしようもなく溢れそうになる声を、押えられそうになかった。

「――ッ……、ん!」

くちゅ、と、どこか粘り気のある濡れた音が響き、それと同時に、肌の上をぬるついた感触が這い登った。

「恭弥、なんで声、聞かせてくんねーの?」
「っ……ッ、ぁ」

ディーノの掌は、雲雀のそれよりも一回り以上大きい。
大腿の肉の柔らかさを確かめるように鷲掴みにされた刹那、自分の身体に喰いこんだディーノの指と、そして爪の感触とを敏感に感じ取ってしまった雲雀は、息を詰めた。……右脚の付け根に近い場所。あとほんの少しだけ先には、ろくな愛撫を受けることもなく、放り出されたままの肉塊が待っている。

「恭弥、なぁ……、」

今夜のディーノは、いつもよりほんの少しだけ、饒舌だ。
自分のことを組み敷き、真上から見下ろしてくる相手の鳶色の目を、雲雀は見詰め返した。重ね合わせた視線を、自分の方から逸らすのは悔しい。……けれど、このままでは、どうにかなってしまいそうだった。

「……っ、ン」

唇の薄い皮膚が擦れ、吐息混じりの呻きを舌先で舐め取るようにされて、雲雀の表情が歪む。

「恭弥、可愛い」

くつくつと、咽喉の奥で笑うディーノの鳶色の目には、緩く溶けるような、甘い熱が滲んでいる。その過ぎた甘さが、雲雀の理性をも侵食し、溶かしていく。ゆっくりと、とろとろと。
ディーノの指と掌が触れた片端から自分が溶かされていってしまうような気がして、雲雀は目を伏せた。……その瞼すら微かに震えてしまっていることに雲雀が気付けたのは、そこに唇を落としたディーノが、「震えている」と、告げてきたせいだ。

「!……っ……」
「ここ……、イイ?」

身じろぎ息を漏らした途端、腰骨の上あたりを彷徨っていたディーノの指に、性器を絡めとられた。

「ゃ、あ……っ、ん」
「――ッ、いい子、だから。そのまま、」
「ふ……っ、ぁ!」

只でさえ熱く張り詰めていたところに『注ぎ足された』、人肌より僅かに冷たい、『何か』。さらり、と表現するには不適な、もっと濃い質感のものが、肌の上を流れ落ちていく。――ぬちゅ、という粘着質な音をわざと立てるようにしながら、ディーノが指を動かし始めた。

「ひぁ、……ッ」

充血しきった粘膜の赤さに、塗り篭められていく液体。

「……ぁ、つ……ッ!」

酷く、信じられない位に、酷く熱い。
肉塊を握り扱かれる刺激と同時に与えられる正体の解らない熱に目を見開いた雲雀を見遣って、ディーノが薄く笑った。

「どんな感じがする? 熱い、のか?」
「ン、んん……っ……」

唇を啄ばむようにされながら聞かれ、雲雀は顎を震わせた。……熱いなんて、簡単に説明出来るような感覚じゃない。ディーノに弄られている場所にじくじくとした疼きが溜まり、一気に固くなっていくのが解る。脈打った心臓が作り出す振動が、余さず全部そこに集まっていくような、そんな感覚だった。

「離し……ッ……、ゃ」
「だから、最初に言ったろ? 逃がさねぇって」
「ァ、ん、ぅ……ッ!」

先端の割れ目を捏ねるようにしていた指が離れた、と思った刹那、雲雀の口腔に固いものが捻じ込まれた。

掴まれた顎を持ち上げられた瞬間、口腔を満たした液体。

どくどくと注がれるそれが持つ濃くきついアルコールの匂いと尋常でない甘さにむせ返った雲雀の唇の端から、艶やかな茶褐色の液体が溢れ、零れ落ちた。

「! ンッ……ぐ」

殆ど無理矢理に嚥下させられたそれが、咽喉を滑り落ちていく。
一気に熱を孕み、甘い匂いに満たされた食道と口腔の粘膜。

「ぅ……ぁ、っ」

いつの間にか浮かんでしまっていた涙で揺らぐ視界の中、雲雀は自分の口腔から引き抜かれていくものを、無意識に目で追っていた。――ボトル、だ。まだ中身が残っているのか、流れ落ちる液体が、衣服を剥ぎ取られ露わになった雲雀の肌を、容赦なく濡らしていく。

「びしょ濡れだな、恭弥」
「……ッ……ん」

髪を撫ぜるようにして両頬を包まれ、口付けられた。
咽喉奥まで差し込まれたディーノの舌先に好き勝手に中を探られる感触を、雲雀は目を閉じて受け止めた。上顎や歯列の裏、下顎に溜まった唾液と甘い液体、その全てを緩く掻き混ぜられ、撫ぜ弄られる。

「恭弥、すげー、甘い。可愛い」
「――っ」
「離したくない。……好きだ」

脈絡の無い睦言の合間に、深くなっていく交わり。
いつの間にか指で掴んでしまっていたディーノの金色の髪を引き寄せるようにして、雲雀は自ら相手に向かって、舌を伸ばしていた。

「っ、ン、ぅ……っ」

口を開き、顔の角度を変えて、ディーノの唇に齧りついていく。
混ざり合った唾液も、口移しで飲み交わす吐息も、何もかもが全部甘くて、熱い。

「――ッ……んんっ!」

まだ続けていたい口付けを、けれど肩を掴んで引き剥がされ、動物の鳴き声のような声が雲雀の唇から零れた。

「ディ……ッ、ぅ、あ!」

シーツの上で大きく開かされていた膝が、跳ねる。
もっと、と。雲雀が自分からねだる言葉を口にしてしまうより早く、ディーノが再び指で雲雀自身をあやすように掴み取り、そして熱く濡れた粘膜で押し包んだせいだった。

「ゃ……ッ、ぁ、うぁっ!」

 下腹を痙攣させ、身じろいで口淫から逃れようとする雲雀の両腰を掴むと、ディーノはゆっくりと顔を上下させ始めた。――ああ、本当に甘い。チョコレートリキュールを雲雀自身に塗り込めてやったのは殆ど児戯のような思いつきだったが、それは、間違いではなかったらしい。ディーノは、歯列で挟んだ雲雀の性器を噛んで、その固さを計った。途端きつく髪を掴まれ、鼓膜に、吐息と喘ぎが一緒くたになったような嬌声が届く。心地良く耳に響くその声に鳶色の目を満足げに眇めると、ディーノは尖らせた舌先で肉塊の裏筋を舐め上げた。

「――ふ、ぅ……っ」

 既に熟れ落ちそうな位に膨らみきっている雲雀のそれは、指で支えがなくても立ち上がり、先端からとめどなく先走りを溢れさせている。チョコレートリキュールの色にまみれた下肢に向かって伝い落ちる透明な体液に誘われるように、ディーノはそこに唇を寄せた。舌先で雫を掬い取り、そのまま顔を傾けて、肉塊を細やかに横齧りしながら、雲雀の味とリキュールの味とを同時に味わっていく。

「ッ……! や、ぁ……ッ」

 雲雀の切っ先を浅く口に含むと、ディーノはぴくぴくと震えている小穴の形とその中の味を確かめるように、舌先を捻じ込んだ。痛みすら伴っているであろう愛撫が、しかし今の雲雀にとっては、酷く気持ちが良いらしい。むずがるように、しきりに腰を捩りながら、なのにディーノの唇と舌から逃れたがっているようには、決して見えなかった。

 甘く香る液体と、雲雀の体液と、そしてディーノの唾液。
纏わりつく混濁液で濡れそぼってしまっている雲雀の性器を真上から咥え直すと、ディーノはわざとそれを舌の表面に擦り付けるようにしながら、一息に咽喉奥まで迎え入れた。ぎゅう、と咽喉を絞め、そしてまた緩めて、肉塊を噛み扱くことを繰り返す。

「っ、だ……、ゃ……ッ」

 薄らと汗ばみ色付いた肌を震わせた雲雀が、言葉ではなく仕草で、限界を訴えた。
ディーノの髪から離れた雲雀の指は、いつの間にか自分を組み敷いている相手の肩口に添えられていた。口淫の水音が鳴る度に、何かを堪えるようにきつく爪が立てられ、赤い爪痕を残していく。――しかしその痛みは、逆にディーノを煽る材料になっただけだった。幼い肢体が見せる嬌態と、口腔に含み味わっている肉塊の甘さ。濃く香るチョコレートの香り。……自分がその全てに悪酔いしかけていることを、ディーノは自覚していた。けれど。

「――ン……ッ……!」

じゅ、と音を立てて切っ先に滲む体液を吸い上げると、ディーノは傍らに放り出してあったボトルを手に取った。そしてそのまま、残っていた全てのリキュールを、たった今まで弄っていた肉塊に浴びせかける。

「! ん……っ……ァ」

弾ける間際の、敏感になりすぎた粘膜に纏わりつくような、熱。

「イキたい?」
「……ッ、ひ、ぅっ」

根元から搾り上げるように五指を蠢かされ、問われた意味を考える間も無く、雲雀の先端から白く濁ったものが溢れ出した。

「――、……ん、んんっ」
「……ぐちゃぐちゃ、だ」
「ぁ……っ、ぅ」

吐精の余韻に啼いた雲雀が漏らした、感じきった吐息。
細かに痙攣する薄い下腹部、しどけなく開かれた両脚。名残の精液を零し続けている肉塊に絡んだままのディーノの指を外したいのか、それとも、もっと弄って貰いたいのか。どちらともとれる仕草で下肢をくゆらせている雲雀のことを見詰めたまま、ディーノはまた、鳶色の目に笑みを滲ませた。

「ディ……、……ッ」
「ん?」
「……ッ、ん……、ぁ」

ぬちゅ、と、柔らかさを取り戻した肉塊を掌で撫で潰すようにしてやりながら、潤みきった黒い目を間近に見詰めると、ディーノはそのまま、雲雀の唇に自分のそれを重ねた。

雲雀の口腔深くに舌を沈み込ませ、引き抜き、ゆっくりとまた沈み込ませる。
そうしながら、雲雀の下肢を濡らす液体全てを混ぜ合わせたいのだと告げるように、手の内に捕えた肉塊を揉みしだいた。

「ッ……ん、ン……!」

ぐちゅ、ぬちゅ、と、音を立てて、茶褐色の甘いものと、白く濁った淫らなものが混ぜ合わされていく。息継ぎもままならない深い口付けの中、酸素の代わりに口移しに与えられたディーノの吐息を飲み下した雲雀が、そこに香る濃く甘い芳香にむせ、咽喉を引き攣らせた。

「ィ……、ぁ、もぅ……っ」
「……もう?」
「ゃ……、……んぅっ」

剥き出しにされた粘膜と、口腔から無理矢理に摂取させられた甘い毒。
そして、弱いところばかりに繰り返される愛撫。身体を灼く熱すぎる熱、脳を溶かす芳香。

――これ以上、触られたくはない。自分がどうなってしまうか解らない。

顔を背け、口付けから逃れようとする雲雀の心の内に気付きながら、しかしディーノは尚も雲雀を追い、その唇を奪った。

「――ッ!!」

どん、と背中を拳で殴られるが、そんな稚いばかりの抵抗など何の役にも立たないのだと、絡め取った舌を甘く噛んで、教え込んでやる。

「……ん……、ぁ」

密着させた下肢に体重を乗せ、互いの中心がぶつかるように揺すり上げてやった刹那、ディーノの下で、細い肢体が応えるように啼いた。


「恭弥……、」
「……っ……、ン」


唇か触れ合う前に、どちらからともなく差し出された舌先が、絡む。


「……甘い、な」


本当に、気が狂いそうな位に、甘い。
雲雀も、そして、雲雀の向けて注がれている、自分の声も。



「好きだ……、恭弥」



思いを告げる言葉を囁かれ、ようやく躊躇うことを止めたのか、ディーノの背に触れた雲雀の指先にそのとき、僅かに甘えるような力が篭められた。
それに気付いたディーノが雲雀の耳元に唇を寄せると、肌を掠める吐息ですら堪らないのか、雲雀の指がふるりと震えた。


「……可愛いな、お前」


今日のお前は、本当に可愛い。
柔らかくて甘くて、熱くて、強情で素直で、本当に、可愛い。


雲雀の鼓膜を直接に自分の声で、揺らしてやりたい。
そう思う気持ちのまま、ディーノは言葉を続けた。



……甘い。本当に、甘い。



くらくらとした、微熱にも似た感覚が、甘ったるい匂いと共にディーノの理性を溶かしていく。



「恭弥、好きだ」




そう囁いた、瞬間。


まるで、熱されたチョコレートが溶けるような感触と共に、自分の中で何かの枷が溶け落ちたことに、ディーノは気付いた。












>>終


 

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