おとなげない
written by Miyabi KAWAMURA
2009/0223
にゃんこの日(2月22日)記念SS

 




 雲雀の指は、細い。


 今まで一体何人の人間を仕留めてきたのか分からない、血に染まった(という表現が誇張に聞こえないあたりが凄いのだ)指だというのに、その造りは、酷く繊細だ。

 長くて、細い。しかし、ただ細いだけじゃない。
二十五歳という年齢相応に節張った関節、そして、腱の浮いた手の甲。――その全部が合わさった絶妙なバランスが、雲雀の指を、綺麗に見せている。


 ディーノは、鳶色の目を甘く眇めた。
雲雀の指は、先刻からずっと、緩やかに動いている。撫で、梳いて、掌で触れている相手をあやすように、時折指先でなぞったり、まるでピアノの鍵盤を叩いて遊ぶときのように、指を軽く跳ねさせたりしている。……伏目がちにされた黒い目元と、そして唇の端。普段は怜悧で鋭利な印象を浮かべているそこに刻まれた、滲むような僅かな笑み。多分雲雀は、今自分がどんな表情を浮かべているのか、気付けてはいないだろう。

 寝返りを打つふりをしてうつ伏せになると、ディーノは柔らかな枕に口元を埋めた。けれど、視線だけは雲雀の横顔に据えたまま、だ。


 ずっと、見ていたかった。
自分に見詰められていることに気付いたら、雲雀が今浮かべている表情は、きっと消えてしまうだろうから。そう思うと、ほんの微かな呼吸の音すら、零してはいけないような気になってくる。



「きみは、物分りがいいね。見所があるよ」


ゆっくりと動いた雲雀の唇が、紡いだ言葉。


「風紀財団に。……僕と一緒に、来るかい?」



……なんてことだ。
ディーノは、自分の耳を疑った。雲雀のこんな甘い声は、今まで聞いたことがない。溶けるように甘い、艶やかな声。褥に組み敷き、細い肢体の隅々までを可愛がり愛撫してやったときですら、雲雀は、こんな今みたいな声は出さない。出したことがない。


 ディーノの気持ちも知らず、雲雀はいまや、腕の中に抱いた相手に、口付けようとしていた。近付いていく両者の距離。ふっくらとした雲雀の唇に、鳶色の目が吸い寄せられる。――あれが触れたときの、薄い皮膚の感触をディーノは知っていた。薄く開かれたその隙間から零れる吐息のあたたかさも、伸ばされる舌先の濡れた熱さも。その全部は、ディーノだけが知っている、ディーノだけが知っていればいい筈のものだった。



――ちり、と、焦げ付くような苛立ちが、心臓を引っ掻いた。



「――ッ……、な、」

 傍らで眠っていたディーノが、目を覚ました。……と思った刹那突然抱き寄せられて、雲雀は眉を寄せた。何、と問い掛けるより早く唇を塞がれ、ほんの今までディーノが横たわっていた場所へ組み伏せられる。


――そして、そのとき。
一匹の黒猫が雲雀の腕の中から逃れ、床へと音も無く飛び降りた。



「ン……っ、ぅ」

 口腔深くに差し込まれた舌。それを拒まず、自分から応えた雲雀の仕草に満足したのか、間近に重なる鳶色の視線に、蜜のような笑みが滲んだ。

「何……、ディ……っ」

 唇が離れた僅かな合間に聞いても答えは戻らず、再び深く重ねられた口付けの感触に、雲雀は瞼を震わせた。否応無しに体温が上がり、身体の奥に凝っていた鈍痛が、痺れを含んだ快感にすり替わって行く。

「――したい」
「……っ、ぁ」

 密着した下肢から伝わる、互いの欲。
小さく啼いた雲雀の指が――黒猫の毛並みを愛撫していた雲雀の指が自分の背に触れ、甘えるように爪先に力が篭められたことを感じて、ディーノは、笑った。