雲雀恭弥のくろねこ?
written by Miyabi KAWAMURA
2009/0630
『キャバッローネの黒猫』番外編小話
「オレも猫になりてぇ」
触れ合わせていた唇が離れるなり、ふう、と溜め息と共に零したディーノの目を、雲雀は見詰めた。
「猫に?」
聞き返しながら僅かに首を傾けると、それにつれ、黒い『耳』も、ぱたりと倒れる。本物の猫耳めいたその動きは雲雀が意図して行っているものではないのだが、意識的にだろうが無意識にだろうが、ディーノの目を愉しませてくれることには変わりが無い。
「……やっぱり良いな、猫は」
鳶色の目に、可愛くて堪らないものを見るときのような甘い笑みが滲む。
「好きなときに好きなだけ、好きな人間の隣でごろごろしてられるんだぜ」
腕に抱いた黒猫の髪に唇を寄せ、伏せられたままの『耳』元に、ちゅ、と軽く口付けると、ディーノは言葉を続けた。
「それに、好きな相手からのキスだってしてもらいたい放題、だ」
雲雀の後ろ髪を緩く掻き混ぜ、軽く掴んで仰のかせると、己の言い分を証明するかのように、再び唇を重ねていく。
口腔に含まされた、柔らかで熱い、濡れたもの。
髪を繰り返し撫ぜる手に促されるままディーノの舌先を甘く吸い、口移しにされる唾液と吐息とを飲み込んだ雲雀は、閉じていた目を、薄らと開いた。
……苦い。紫煙と、そして、アルコールの味。
「……っ、ン」
僅かに退いた顎を捕らえられ、追うように伸ばされた舌で自分のそれを更に強く絡め取られて。……ようやく終わりを迎えた口付けの後、『耳』を歯列と唇とで食まれてしまえば、もう抗うことなど、出来なかった。
「してあげようか」
行為の名残で色付いたままの、雲雀の首筋。汗を帯び、しっとりとした手触りのそこで指を遊ばせていたディーノは、鳶色の目を、一度瞬かせた。
「……何を?」
雲雀の言い出したその言葉が一体何を指すのか、思い当たるところがない。問い返しながら抱き寄せると、ディーノの右腕を枕にしていた黒猫は、珍しいな、と思うくらい従順に、胸元に頬を寄せてきた。
「……言ってた。さっき」
「ああ……、」
呟くと、ディーノは苦笑した。――酔っていたから、と言ってしまえばその所為なのだが、思い返してみると、自分が言った戯れめいた睦言は、結構に甘たるいものだった気がする。
「冗談だ」
オレまで猫になったら、誰がお前の面倒を見るんだ。眼前で小さく動いている『耳』に唇を寄せて囁くと、くすぐったかったのか、身じろいだ雲雀がシーツに腕をついた。起き上がっていくにつれ、肩に掛けるだけになっていたガウンが肌の上を滑り落ちていく。
「……恭弥?」
雲雀の鎖骨と肩口、そして薄い胸に残る赤色――自分が刻んでやった愛撫の痕を全て鳶色の目に収めた後、ディーノは問うた。真上から覆い被さるように見下ろしてくる相手に向かって手を伸ばし、頬を掌で包み込む。
「本当に、猫になりたいの?」
伸ばした指で唇をなぞると、それがきっかけになったのかのように、雲雀が口を開いた。
「本当になりたいならしてあげるよ。……あなたを、僕の猫に」
ディーノが零した戯れを使って遊ぼうとしているのか、雲雀の黒い目には、艶めいた笑みが浮かんでいる。
「……どうやって?」
敢えてその誘いに乗ることに決め、聞き返したディーノの反応は、雲雀の気に召したらしい。簡単だよ、と、くすりと微笑い上半身をゆっくりと倒すと、黒猫はまるで大切な秘密を打ち明けるような声音と仕草で、その『方法』を、キャバッローネの跳ね馬へと伝えてきた。
「……難しいな」
雲雀と共に起き上がると、甘苦く微笑って、ディーノはその『方法』を評した。
「そう?」
だったら止めても構わないけれど、という雲雀は、完全にこの児戯めいた遊びを楽しんでいるようで、そしてそれは、ディーノも同じだった。
「分かった。一回しか、言わねーからな」
ちゃんと聞けよ、と念を押してから雲雀の腕を掴み引き寄せると、ディーノは雲雀の『耳』元に、唇を寄せた。
「……にゃあ」
――一瞬の、空白の後。
耐え切れないという風に声を上げて笑ったディーノが、つい、「オレはお前ほど上手く啼けない」と零してしまい、他の何よりも愛しい黒猫に手酷く爪を立てられるのは、このすぐ後の話、だった。
>>終
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