(けれどまだこの想いの名前を、僕は知らない)


written by Miyabi KAWAMURA
2009/1014
2009年ディノヒバ出会い記念日SS











 真上から見下ろした相手に口付け、そのままゆっくりと唇を降ろしていく。


 顎の先、咽喉元、首筋。そこに見付けた黒い髑髏と、青い炎にも似たタトゥーの上で舌先を遊ばせていると、緩く髪を掴まれた。

「……こら」

 くすぐってぇだろ、と咎める声音はとても甘い。唇の端を少し上げると、雲雀は相手の肌の上に伏せていた顔を上げた。

「大人しくしてなよ」

 言いながら、相手の腕を――首筋と同じく、鮮やかな絵の有る腕を掴んで、押し付けるようにしてシーツに縫い止める。自分のものより一回り大きい掌に掌を合わせ、指を絡ませていく雲雀の仕草にも甘えたような艶が含まれているせいで、二人きりの寝室の内に篭った熱がまた、少しだけ増した。




 ベッドの上と床には、互いの身体から剥ぐようにして脱がせ合った衣服が散らばっている。舌先を絡め、唾液と吐息を口移しに飲み交わす深い口付けだけで二人の肌はほの赤く色付き、汗が滲んで薄っすらと湿った。……けれどまだ、愛撫らしい愛撫は始まっていない。雲雀がそれを拒んだからだ。


「ディーノ」


 呼ぶと、雲雀は自分の膝で、相手の膝を割った。
そのまま遠慮なく、相手の身体の上に体重を掛けていく。

「……っ、ぁ」

 素肌が擦れ、密着していく感覚。互いの下肢の中心がぶつかり、ぞわりとした快感が背筋を這い上がった。汗とは違う、もっと密度の濃い体液で肌が濡れる。

「ン……、ッ」

 は、と吐息の塊を吐き出して唇を噛むと、雲雀は再び顔を伏せた。





 ちゅ、と音を立てて白い肌に吸い付き、歯を立てて齧り、痕を残す。
東洋人である雲雀の肌の白さとキャバッローネの跳ね馬の肌の白さは、同じ白でも色味が違う。雲雀が相手の皮膚に刻んだ鬱血の赤は、薄暗い寝室の中でもひどく映えた。



綺麗だな。
お前の身体、本当に綺麗だ。



 耳に蘇った声に、雲雀は目を眇めた。
間近に見詰め、今まさに唇と舌とで味わっている身体を、改めて見遣る。――綺麗だとか何だとか、そんな下らないことを言うつもりなど自分には無いけれど、この身体に触れていると、気持ちが良い。それは確かだ。……そして雲雀にとっては、それだけが重要だった。

 この身体は、雲雀のことを退屈させない。

 出逢った最初のときから、十年経った今でも、雲雀はこの相手のことを倒すことが出来ない。何度も戦って傷を負わされても、止める気になんか一度もならなかった。
 勿論、戦いを挑んで敗れれば、それ相応の対価を支払うことになる。だから雲雀は、この相手に今までに何度も抱かれてきた。獣みたいな姿勢を取らされて、上の口も下の口も、両方とも相手の好きに貪られた。白い淫らな体液を中に注がれて、それでも終わらずに幾度も幾度も揺すり上げられ、相手の見ている前で達することを強いられたりもした。それ以外にも、もっと、色々なことをされた。……けれどそれでも、この相手を手放すつもりになんかなれなかった。



 相手の脇腹から腰骨までを覆うタトゥーに、唇が辿り着いた。
口を開き、そこに齧りついてやろうと思った途端、それまで大人しくしていた相手が、身体を起こした。

「何?」

 完全に不機嫌が滲んでいる雲雀の声も、相手を動じさせることは出来ないようだった。けれどそれは、雲雀にとっては逆に喜ばしいことだった。そんな程度で動じるような相手では困る。そんなでは、少しも楽しくなんかない。咬み殺したいという気持ちも起きない。この相手には、目の前の男には、今までもこれからもずっと、咬み殺したいという気持ちを注ぎ続けていくつもりで雲雀はいるのだから。

「ねえ。何……、」

 邪魔しないで。そう言いたかったのに、雲雀の唇は、相手のそれで塞がれてしまった。

「ん、ぅ……っ」

 抱き寄せられ、口腔の深くにまで相手の舌を含まされて、上顎をなぞられる。
歯列がぶつかり、唾液がぬかるんだ音を立てるまでに掻き混ぜられて、息苦しさにきつく目を閉じた刹那、雲雀の背は、シーツに沈み込んでいた。

「――、っ……は」

 ず、と舌が引き抜かれ、溢れた唾液で濡れた唇を舐められて、身体中が震えた。先刻自分が相手にしたように、膝を膝で割られ、体重を掛けられて、組み伏せられてしまう。完全なる形勢逆転。今夜も、『敗けて』しまったのは雲雀の方だ。


「恭弥」


 頭を両腕で抱え込まれて、また唇を塞がれた。
胸元も、腹部も、下肢も、大腿も膝も。身体中の何もかもが触れ合って重なり合って密着する。重くて、熱い。相手の身体に押し潰されそうになっていて苦しいのに、それがとても、信じられないくらいに気持ちが良い。

「……ん、っ、ぁ」
「もっと……、な?」
「ッ……ぁ、んっ」

 僅かに離れた唇の隙でされた淫らな命令に、雲雀の身体は勝手に応えた。
柔らかで弾力のあるベッドと、熱くてしなやかな相手の身体との間で、身じろぐように腰を揺らす。何度も、何度も。硬く張り詰めた互いのものがぶつかって、ぬちぬちと捏ね回されている。不規則で予想の付かないもどかしい刺激は、だからこそ病み付きになる。

「ぅ……、ぁ!」
「……イイ、だろ?」
「――ッ、ぃ、ァ、んんっ」

 良い。ものすごく、気持ちが良い。そのつもりで頷いた雲雀は、相手の背に爪を立てた。ぐ、と力を篭めて、縋り付くみたいにして腰を突き上げる。腹筋がびくびくと震えて、その度に喘ぎの混じった息が漏れた。

「恭弥」

 また、呼ばれた。それに続けて耳元で囁かれた言葉に、雲雀は頷いていた。――言葉の意味なんて、考えている余裕も必要も無かった。熱い身体と肌、髪を撫ぜる大きな掌、涙で揺らぐ視界を占める金色の髪。そして、自分の名前を繰り返し呼ぶ、声。それだけで十分だった。


「――ッ、ィ、ノ」


 意識せずとも、その名前は勝手に雲雀の唇から滑り落ちる。
もう一度、途切れ途切れではあっても、掠れないようにその音を唇に乗せた刹那、大きく足を開かされた。……きつく閉ざされた中を抉じ開けられる予感に、雲雀の腕に更に力が篭る。――今までに、何度も抱かれた。何度も何度も貪られて奪われた。……奪われてしまったのは、雲雀の方の筈なのに。けれど。



 両腰を掴まれ、奥尽きを揺すり上げられながら、雲雀は自分を抱く相手に向かって腕を伸ばした。捕えられた指先はそのまま相手の唇に誘われ歯列に食まれて、程無くして細かな泡に似た快感を撒き散らすだけの器官になってしまう。

「――ッ……、ぁ、んんッ」

 柔襞の合間の、一番好きなところを抉られた瞬間、頭の中が真白になった。
背が反り、相手を深く咥え込んだままの下肢が捩れる。でもそれでも、中を穿つ肉塊は容赦してはくれない。より奥を犯されてしまうことを承知で、雲雀は相手の背に両腕を回し、思い切り抱き寄せた。


「ひ、ぁ、……んっ」


 無防備な胎内の限界まで相手を飲み込んだ瞬間に啼いた雲雀の声には苦痛が混じり、けれど同時に、炎に炙られた蜜のような甘さをもって響いた。――喰われている。貪られて、奪われているのは、やっぱり雲雀の方だ。……それでも。


 唇で触れた相手の肩に、雲雀は齧り付いた。……組み伏せられて、穿たれて、揺さぶられる。けれど、本当に相手のことを喰っているのは、貪っているのは、自分の方だ。それを確かめたくて、皮膚を傷付ける強さで歯を立ててやる。


「ディー、ノ……っ」


 名前を呼んで、もっと欲しいと告げた。

 掻き抱く腕を緩めたりなんかしない。もっと、この身体が欲しい。誰にも譲らない。自分にも、そして相手にも知らしめてやるつもりで、広い背に爪痕を刻んでいく。

「! ――ッ、ぁ」

 中を濡らされた刹那、鼓膜を直接揺らすように注がれた相手の吐息に、雲雀の唇からも感じきった息が漏れる。脳味噌が、溶けてしまいそうな快感だった。喰われながら、喰らっている。奪われながら、奪っている。それ以上に気持ちが良いことなんて、雲雀は知らなかった。



 ……そうだ、雲雀は何も知らなかった。



 異国の空の色も、誰かの肩越しに見る風景も。

絡ませた指と指との間で、互いの心臓の脈打つ動きが感じ取れるのだということも。

肌に刻まれた口付けの痕や髪に移った残り香に肌を内側から灼かれることの、淫らな心地良さも。





 十年前、この男から、教えられるまでは。










>>終



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