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聞いて、この声だけじゃなくて全部
written by Miyabi KAWAMURA
2007/0217






 雲雀が今日ディーノのもとを訪れたのは、偶然ではなかった。


今すぐ会いたい……、などと。

突然掛かってきた電話はまるでふざけた睦言の様で、しかし雲雀は、それを無視する事が出来なかった。







 ディーノの腕の中で、雲雀の身体が撓った。

 腕を取られ、抱き締められたのと同時に塞がれた唇は、舐められ、そして噛まれ続けた所為で、甘く痺れてしまっている。
雲雀の後頭部に添えられたディーノの左掌は、優しく項に触れたかと思うと、次の瞬間には強い力で小柄な肢体を引き寄せ、口付けをより深くする為に動いた。

「ん、ぅ……っ」

口腔の内側を擦りながら舌を抜き差しされて、苦しくなった雲雀が声を漏らすと、ディーノは宥める様に指に絡めた黒髪を梳くがしかし、口付けを止めようとはしない。

「……っ、も、……ぅ」
「もう、苦しい?」


微かに離れた唇の間に、唾液が糸を引く。


 舐めて、と促されるまま、雲雀は舌を伸ばした。
ディーノの唇の端に付いた雫を舐め取ると、再び口腔に彼の舌を含まされる。流し込まれたぬるい唾液を、こくり、と雲雀が飲み下す度に、上下する咽喉の動きに連れて互いの柔らかな肉がぶつかり合う。

その都度生まれる粘着質な水音に、交わす吐息。

雲雀の四肢の指先、爪、胸元、背骨に沿った窪み、そして普段は衣服に隠されている柔らかな薄い皮膚の部分も全て、今までディーノの唇と指が触れていない所はもうどこにも無いというのに、なのに唇を弄られているだけの今の状態が逆にひどく淫らに思えて、雲雀の身体が、ぞく、と震えた。


「ァ、……っ」


思わず零れた雲雀の声に、ディーノが目を眇めた。
ゆっくりと背後の壁に背を預けると、抱き締めたままの雲雀は、自然ディーノに寄り掛かる形になる。動きにつれてようやく解放された唇で、ひとつ、息をつく。

恭弥、と、少し掠れた声で名前を呼ばれた。

たった今まで行われていた、互いの呼吸を貪る様な行為の余韻を滲ませているその声と、ゆっくりとこまやかに自分の髪を撫でる指の仕草を感じながら、そういえばろくに言葉を交わす間もなく抱き締められていたのだという事に今更ながら雲雀は気付いた。



 二人きりでいるディーノの部屋の中は、とても静かだ。



 キャバッローネ邸の中には常に百人単位の人間が詰めている筈だが、それが嘘に感じられる程の静けさに、雲雀は十年程前の……自分とディーノが初めて顔を合わせた頃の、並盛の応接室の事をふと思い出した。

 学生だったにも関わらず、雲雀は学校にいる時間の殆どを、あの部屋で過ごしていた。それなりに生徒数も多かった学内は、休み時間の騒がしさは格別だったが授業中はとても静かで、その感じは、今のこの雰囲気に少しだけ、似ていた様な気がする。


自分を包む腕の力も、触れる指の仕草も。
そして衣服越しに聞こえる、心臓の脈打つ音も。


時を経て尚、全く変わっていないそれらの所為で、今自分がいる場所と時間を、勘違いしてしまいそうになる。……が、しかし此処は、かつて雲雀が過ごしていた学び舎ではない。






 「恭弥の声、聞きたい」



雲雀の手を取り、その指先を齧ると、ディーノはひとこと呟いた。
白い歯列が爪に当たり、かち、と音が鳴る。五指の指先全てをそうされて、雲雀は息を飲み込んだ。日常生活を送っているときには気にも掛けないところなのに、与えられる僅かな刺激にすら反応する自分の身体が、もうずっと、信じられないでいる。

「ゃ、だ」
「何で? 聞かせて」
「!! ……っんん!!」

我儘な物言いの後、口付けられた掌に濡れた舌が当たる。
尖らせた舌で手首まで舐め下ろされて、どくんと心臓が跳ねるのと同時に、雲雀の膝が崩れた。
倒れかけた身体を支えたのは、跳ね馬の墨が入った左腕だ。
細い肢体をゆっくりと横たえ、黒髪が床に散る様を見遣ると、ディーノは未だ呼吸が乱れたままの雲雀の胸の上、ちょうど心臓の真上あたりに頭を預けた。

「……なに?」

仰向けされている雲雀からは、天井しか見えない。

自分の胸の上で黙り込んでしまったディーノの真意を測りかね口を開くが、彼の母国語で、「少しの間喋らないで」という意味の言葉を返されて、仕方なく諦念の溜息を零した。



……ディーノの体重を感じながら、天井を見上げる姿勢というのが、本当は雲雀は苦手だった。

抱き締められると、苦しい。

もう止めにしたいと思うのに、けれど離れてしまえば、触れた手を離してしまえばもっと苦しくなってしまうかもしれない、と予感させられる、この正体の解らないもどかしさはずっと雲雀の心の内にあって、それについて考えるたび、心臓が煩いくらいに脈打ち始める。


「……っ」


今も、そうだ。

雲雀は眉を顰めると、息をついた。
無意識に動いた指が、ディーノの金色の髪を緩く掴んで弄る。すると何を思ったのか、それまで黙っていたディーノが、咽喉の奥で微笑った。

「お前の心臓の音、凄く早い」

揶揄する様に指摘され、雲雀の指の動きが、止まった。



「恭弥、お前オレの事、すげー好きだろ?」



聞かせて、と促され、しかしそれに、答えられる筈が無く。


「……しらない」


今日だけで、五回も我儘な事を言ってきた跳ね馬に答えるでもなくそう呟くと、雲雀は腕に力を篭めて、自分の胸にディーノの頭をぎゅっと抱き締める様にした。


「……恭弥?」


雲雀らしからぬ行動を訝しんでディーノが呼ぶか、雲雀はもう答えなった。





目を閉じなくても聞こえる、自分の心臓の音。

邪魔になる位に鳴っているそれが聞こえるのなら。ディーノが自分で考えればいい。


他の人間にされたなら、ぐちゃぐちゃに叩き潰して殺してやりたくなる様な我儘も、髪も指も唇も、好きに触れることを雲雀が赦しているのは、たった一人にだけだというのに。



好きか、なんて。
相手の事をどう思っているのかなんて、聞かれても絶対に答えない。そんな事、彼が自分で気付けばいい。



雲雀はもうずっと苦しい。

並盛で、初めて抱き締められたときから、ずっとディーノに触れていると苦しい。
抱き締める腕に力を篭める。ディーノは息苦しいかもしれないが、そんな事、どうでも良かった。





煩いくらいの、心臓の音。……もしそれが、聞こえるのなら。


言葉にして耳に届けなくても、考えて、全部自分で気付いて欲しい。




声にされた心だけじゃなく、声にならない、この思いまで、全部。






>>fin


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