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慈しむ為の、この腕で
written by Miyabi KAWAMURA
2007/0221






 「ほら、やっぱ腫れてんじゃねーか」


右肘の間接に触れた指先が、皮膚の下の熱を感じとった。

「これが治るまで戦うのは無しだ。しばらく大人しくしてろ」
「やだ」
「……やだ、じゃない」

患部から目を上げると、不機嫌そうに表情を顰めている顔が目に入る。

「ここで無理して怪我が癖になったら、困んのは自分だぜ?」

言いながら、他に傷は無いかと手を伸ばすと、自由の利く左手でぱしんと払われた。

「触るな」

毛を逆立てた気位の高い猫の様な反応を、立場上見過ごしてやる訳にはいかず。

「こら。いつも言ってるだろ」

オレは少し、口調を改めた。





「父親の言うことは、素直に聞け」






慈しむ為の、この腕で






 オレと恭弥は、親子だ。

……とはいっても、生粋イタリア人で二十二才のオレと、純粋日本人で十五才の恭弥が、年齢的にも生物的にも、血の繋がった親子の筈がない。


恭弥は、五年前に死んだ、俺の部下の子供なのだ。


否、もっと正確にいうと、恭弥は死んだ俺の部下が付き合っていた女の子供、だった。
要するにオレとは完全完璧に赤の他人なのだがしかし、紆余曲折あって、現在法律上ではキャバッローネファミリーのボスであるディーノの養子、という事になっている。


 誰から受け継いだ血なのかは知れないが、オレの養い子となった子供は、こと戦いに関しては天賦の才を持っていた。
初めてオレと顔を合わせた五年前、恭弥が十才だった頃は、周囲の環境の所為か年不相応に大人びていたものの「普通の」子供だった印象があるのに、いつの間にか、このままファミリーの幹部に据えてもいいのではないか、とすら思える程の、戦略、戦術、そして戦闘家に育ってしまったのである。
 恭弥愛用のトンファーは決して扱いやすい武器ではないだろうに、攻守共にバランスの取れた、そして敵に対して容赦をしない戦い方とその(あくまで非公式だが)派手な戦歴は、既に同盟ファミリーの中でも話題に上っている。
……まあ、それはそうだろう。
恭弥が正式にキャバッローネの一員となるのか、それともオレの家庭教師を務めたアルコバレーノの様に、フリーのヒットマンとなるのか。彼がそのどちらを選ぶかで、数年後のファミリー間の勢力図は、少なからず変わるだろうから。……ただ、周囲から何と言われようと、オレは今の時点で恭弥をファミリーに入れるつもりは全く無かった。いくらボスの養い子な上、即戦力として十分に期待出来る能力があるとしても、まだ恭弥はスクールに通う年齢の子供には違いなく……、


「あなたが悪いんだよ」


恭弥に包帯を巻いてやりながら、考え事に入り込んでしまったオレに掛けられたのは、理不尽な一言だった。

「は? 何言ってんだ」

学生のくせに授業を抜け出していた上、ファミリー間の抗争現場に乱入してきた命知らずの子供に責任転嫁の言葉を許す程、オレも甘くは無い。

「お前なぁ、」

自分のした事を自覚して、少しは反省しろ。
……と、言い聞かせる為言葉を続けようとして、しかし恭弥の方を見遣ったオレは、声を飲み込んだ。

機嫌の悪いとき、ふい、と視線をわざと逸らしてオレの方を見ようとしないのは、以前からの恭弥の癖だった。だから当然、今もそうだろうと思っていたのに。


恭弥の黒い目は、オレをまっすぐに見据えていた。


 捕まえた獲物は逃がさないとばかりに、恭弥は痛めた右腕で、オレの左腕を掴んで続ける。


「最近、あなたと戦ってない。他の、下らない群れをいくら潰したって全然面白くない」
「恭弥……、」
「あなたと戦いたい」

逃げるのも、手加減するのも許さない。
そんな事したら、咬み殺す。


相手の反論を許さず言い切る恭弥の言葉は、いつもおそろしい程に簡潔で明瞭だ。

これから今以上に伸びていくであろう子供は、ただ純粋に、己の一番近くにいる自分より強い相手と戦いたがっているんだろう。
しかしだからこそ、オレは以前の様に、恭弥が望むままに傍にいてやる事も、戦いの相手をしてやる事も出来なかった。……その理由は、それこそ恭弥の物言い以上に単純で簡単で、けれど決して、自分以外の誰にも知られてはならないものだ。




自分が引き取ると決めたときから、オレは、恭弥を大切にしてきた。

そして、今は。
他の誰よりも大切にしてきた筈の相手に、どうしようもない位に、惹かれている。




……こんな事を、恭弥に気付かれる訳にはいかない。
だからわざと、それとなく距離を取っていたのに、しかしその結果が今日の騒ぎだ。




ひとつ息をつくと、オレは恭弥の髪に右手を伸ばし、柔らかく撫でた。

金色のオレの髪とは色も質感も全く違う、黒い髪。

故郷である日本からイタリアに連れて来られた当初、気候も習慣も言語も何もかもに慣れずにいた恭弥が一番最初に慣れたのは、オレに髪を撫でられる事だった。……形式だけは完全に「親子」の形に整えたとはいえ、簡単に縮まる訳がない二人の間の距離を埋めようと、オレが一時、とにかく恭弥を構っていた所為だ。

「分かった。その怪我治したら、相手してやる」
「本当に?」
「ああ」

眉を顰め、未だ疑る風の恭弥に頷いて見せると、オレはもう一度触れた髪を撫でた。

「つーか、放っとかれて寂しかったならそう言えよ」

今日みたいな事は二度とするな、と釘を刺すと、案の定恭弥は心底嫌そうな顔をして見せた。

「……子供扱いするなら殺す」

その口調は正に子供、で。
オレは苦笑するしかなくて、けれど同時に、酷い事を考えていた。




「子供扱い」?




……そうだな、それをずっとしてやれたなら良かったのに。


さらさらとした黒髪に触れているこの指も、お前に掴まれたままにしている左腕も。
全部、お前を大切に守ってやる事にだけ使えれば良かったのに。





オレはとっくに、自分の中にある凶暴な思いに気付いてしまっている。





大切に、慈しむ為だけに使えばいいと思っていた、この腕で。

大切に触れてやる為だけにあればいいと思っていたこの腕で、恭弥を抱き締めて。



そして、

全て、奪ってしまえたらいいのに。







>>fin.


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