ためらい傷、ためらいのキス
written by Miyabi KAWAMURA
2007/04/27
今、ボンゴレとキャバッローネは共通の敵を抱えている。
ミルフィオーレファミリーの百蘭は、指輪を戦いに利用する事、そしてより力ある指輪を得る為に、略奪という手段を選んだ事を隠そうともしていなかった。
新興ファミリーの暴走なぞいずれ終わると楽観視している勢力がある一方で、既に状況は抗争の域を超えた、と気付いている勢力もある。ボンゴレとキャバッローネはその中心に位置していたが、正直、相手に対し後手に回っている感は否めない。
悪辣な挑発行為を繰り返しているかに見えてしかし、実際のところ百蘭は、冷静に計算し尽くした上で、目標を確実に潰す手段を取ってきている。襲撃を生き延びた者からの報告を聞けば、ミルフィオーレファミリーの系統だった動きは、既存の組織と比べて遜色無いことが見て取れた。……そして更に厄介な事に、凄惨な戦闘の様は噂となって広がり、状況をより悪化させる一因となっていた。
繋げた身体を揺すられる度に、咽喉から掠れた息が漏れる。
先刻まで片腕にかろうじて引っ掛かっていたシャツは、肌を探る手に剥ぎ取られた。
「……ッ……」
表情を見られることも、声を聞かれることも。
本当はそのどちらも雲雀は苦手で、しかしディーノに言わせると、「それは嘘」だということらしい。……彼がそう判断した理由を、雲雀は敢えて聞かなかった。(むしろ、聞きたくなかったというのが正しいのかもしれない)
名前を呼ばれ、顔を隠していた腕を掴まれた。自分を真上から見下ろす、鳶色の目。
「恭弥」
「ぁ、……っ」
腰を掴まれた瞬間、最奥までひらかれることを覚えた身体はその予感で震え、更に熱を帯びる。……自分では見たことも触れたこともない内側の粘膜を擦られる事が、何故快楽に繋がるのか。その訳すら雲雀は未だに理解出来ていなかった。ディーノに抱き締められ、彼の指で弱い箇所を弄られてしまうと、真っ当な思考を巡らす余裕など無くなってしまうからだ。
不意に強く突かれ、びくりと身体が跳ねた。
耳に届いた高い啼き声が自分の漏らしたものだというのが、信じられない。
「もう……、一回、聞かせろよ」
「……ッ!」
言葉の合間に抉るように身体の中を掻き混ぜられて、耐え切れず声がこぼれる。
顔の横、ベッドに押し付けるようにされている腕に力を篭めると、思いの外簡単にその拘束は解けた。
そのまま口元に運んだ指を、雲雀はきつく噛んだ。
情報交換を終えた後、したい、と告げたのはディーノが先で、しかし相手の首に腕を回したのは、雲雀が先だった。
唇が重なる直前、こんなことしてる場合じゃねーのにな、と自嘲気味に漏らしたのはディーノで、それを途切れさせたのは雲雀。
結果だけで判断すれば、雲雀の方が少しだけ、罪が重い。
雲雀に一度欲を吐き出させると、ディーノは深く穿っていた自身を引き抜き、雲雀の身体をうつ伏せにさせた。余韻で震える背に指を這わせ、背骨の凹凸を確かめるように口付けながら、下肢を引き寄せる。
「……ゃ、あ」
上半身をくたりとベッドに預けたまま、腰だけを高く上げられる。
後孔にあてがわれた熱。……されようとしていることに気付き、嫌がって雲雀は頭を振るが、繋がった身体をゆっくりと起こされてしまっては、もう無理だった。自らの重みで下がる身体の奥を、咥え込まされた肉塊に、拒みようもなく犯される。
「恭弥、苦しい?」
背後から耳に寄せられた、吐息交じりの声。
ぞくりと首筋に走った感覚に呼応して、ぴくん、と膝が跳ねる。
「ここ……、」
「駄目……ゃ、だっ」
再び固くなり始めた自身を指先で弄られて、反射的に上げた抗議の声も簡単に途切れた。
ディーノに背を預けたまま抱かれている所為で表情を見られる事はないものの、逆にそれが雲雀の中の箍を緩ませる。
白濁に濡れた場所を幾度も擦られているうちに、口では拒みながらも、無意識のうちに両脚はゆるゆると開いていく。
溢れた液が音を立てる様は淫ら過ぎて、直視出来るものではない。
弄る行為を止めさせようとディーノの手に触れた雲雀の右手は、しかし逆に捉えられてしまった。
「そんなに嫌なら、自分でするか?」
「何、……ぅ、あッ」
無理矢理自身に触れさせられた手を、更に上から握り込まれる。
ほら、と促す声と同時に耳朶を噛まれ、竦んだ細い肢体の内側が、咥えたディーノ自身にきつく絡む。
ぬるついた指と掌が上下する度、雲雀の身体はディーノをより奥へ呑み込むように動いた。
「本当に、してないんだな」
シャワーを浴びる為にベッドから降りようとした雲雀を引きとめたのは、ディーノのその一言だった。
「何が?」
「指輪」
雲雀の問い掛けにそう答えて自分も身体を起こすと、ディーノは雲雀の右手を掴み、中指に唇を押し当てる。
本来、そこにあるべき筈だったもの――雲の守護者の指輪は、無くなっていた。
ボンゴレ十代目が下した決断と、そして指輪が失われた経緯については、ディーノも知っている。彼の兄弟子としての立場からすれば、その決断をいたずらに責める気持ちにはなれなかった。……けれど、同盟ファミリーのボスという立場から考えると、手厳しい見方をせざるを得ないのもまた、本当で。
根底にあった理念はどうあれ、実際問題として、ボンゴレは切り札を自ら捨てたのだ。
しかし今更その是非を問うても、もう手遅れで無意味なことに、変わりない。
答えの求めようも無い思考を意識の外に追いやると、ディーノは自分の指と雲雀のそれとを絡め、引き寄せて口付けた。悪戯のような愛撫を雲雀の右手の五指全てに与え、最後にもう一度、自分のものより華奢な造りの中指を緩く齧り、口を開く。
「新しい指輪、欲しくないか」
その言葉は、突然で。
言われたことの意味を把握しかねて、それまでディーノの好きにさせていた雲雀は、僅かに眉を顰めた。
「……なに?」
「だから、指輪」
言い聞かせるように繰り返すと、ディーノは雲雀の黒い瞳を見て微笑う。
「お前の指、今はもう空いてんだろ? だったら、オレが新しいやつ作ってやる」
どこか愉しげに言う相手を見遣って、雲雀は呆れたように溜息をついた。
「いらない。邪魔なだけだよ。今までだって、別にしたくてしてた訳じゃない」
守護者としても、そして思いを交わす相手としても素っ気無さすぎる雲雀の物言いだがしかし、ディーノも初めから、相手がすんなりと納得するとは考えていなかったのだろう。
ボンゴレリングとは全然意味が違う、とひとこと言って苦笑し流すと、東洋人独特の色味を持つ肌を見ながら続けた。
「お前だったら……プラチナより、ゴールドの方が映えるかもしれねーな。どっちがいい?」
「両方ともいらない。大体、あなたからそんなもの貰う理由がないんだけど」
「オレがそうしたいから、で十分理由になるじゃねーか」
「ならないよ」
即答の後、下らないことで借りを作るのもやだ、と続けた雲雀を見て、ディーノは思案する風に眉を寄せたが、すぐに何か思いついたようだった。
「じゃあ、交換条件にしよーぜ。指輪の換わりに、オレも恭弥から何か貰う。それなら貸し借り無しで、お前も気にならないだろ」
「……咬み殺されたいの?」
雲雀からすれば、それは相手を牽制する為の言葉である筈だった。が、しかし。
「いいぜ、それで。交渉成立な」
指を絡めたままにしていた右手と、そして身体を突然引き寄せられて、バランスを崩した細い肢体は、逃げる間も無く跳ね馬の両腕に抱き締められてしまっていた。
「!! ……何、」
離れようとする身体に左腕を回し動きを封じると、ディーノは空いた右手で、雲雀の黒髪に触れた。緩く撫でて掌を後頭部に当てると、尚引き寄せる。
自分の左肩に雲雀の顔を寄せさせるようにして、ディーノは口を開いた。
「お前、オレが痕付けるといつも嫌がるだろ。自分でも絶対オレに付けようとしねーし」
今日もな、と、先刻まで二人でしていた行為を揶揄するように甘く囁くと、ディーノは言葉を続けた。
「オレは、指輪の換わりに、それが欲しい」
名案だろ、と同意を求める声は、耳に触れた唇から零れて直接雲雀の鼓膜を揺らす。
「……そんな馬鹿な条件、僕が呑むと思ってるの」
「呑むさ。お前、オレのこと咬み殺したいんだろ?」
ふざけているだけなのか、それとも本気で言っているのか。お互いの顔を見ないままする会話では、ディーノの本心がどこにあるのか、雲雀は知りようがない。しかし、好きなだけ咬めよ、と、幾度も髪を撫でながら促す様に耳朶を齧られ、雲雀は息を詰めた。
騙し討ちのように話を運ばれて、本当なら怒りを覚えて当然な状況の筈なのに、自分の身体の奥に抱かれた余韻を残したままのときにそうされては、雲雀の方が明らかに分が悪かった。理性とは関係なく、ぞく、と震えた身体の反応は絶対にディーノに気付かれてしまっていて、その事が気持ちを揺るがせる。
ひとつ息をつくと、雲雀は目に映ったディーノの首もとのタトゥーに唇を寄せた。
薄らと汗ばんだ皮膚の下の脈を探すように、唇を沿わせる。
ある一点でそれを止めると、尖らせた舌先でそこを確かめるように舐めた。
「こんなところ、簡単に咬ませていいの」
「ああ」
「もし、僕が咬み千切ったら、あなた死ぬよ?」
「……かもな」
決して穏やかではない言葉を交わしながら、けれどディーノは雲雀に止めろとは言わない。
小さく口を開けると、雲雀はそこに歯を立てた。
白い歯列で挟んだ奥に感じるのは、頚動脈から伝わる振動だ。
とくとく、と規則正しく波打つその脈と、自分の中で動く心臓のそれが重なっていくような錯覚に囚われる。
ゆっくりと力を篭めていくと、人の身体が意外としなやかで固いことに改めて気付かされた。
ん、と声を漏らして息を継ぐと、雲雀の肺の中に、この九年間で覚えた甘いトワレの香りが雪崩込み、どうしようもなく身体が反応する。
身じろぎに連れて、雲雀の舌先とディーノの肌が擦れた。
「……ッ」
その感触に顎が震え、力が篭る。
自分を抱き締める腕と、髪を撫でる掌。
耳朶を甘噛みされ、恭弥、と名前を呼ばれた刹那、正体の分からないためらいが雲雀の動きを止めた。
「やめた」
皮膚が傷つく寸前になって、ふいに唇が離れる。
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは雲雀だった。
「……途中で止めるなんて、お前らしくないな」
溜息、微笑、そして揶揄。
全てがないまぜになったような声音で返したディーノに何も答えないまま、雲雀は相手の首筋に残った咬み傷とも呼べない程度の、ためらい傷を見詰めた。
今、ボンゴレとキャバッローネは、共通の敵を抱えている。
これまでとは全く違う理で進む戦いの中で生き残る保障など、最早誰の上にも無いのだということに、自分もディーノも、本当はとっくに気付いてしまっている。
ほんの数瞬のためらいの後、雲雀は目前の傷に唇を寄せた。
「……恭弥?」
互いの抱える思いに、本当は自分達はとっくに気付いている。けれど、だからこそ。
こんなときに、なくしたひとを思い出すための道具など、受け取れる筈が無かった。
>>fin.
…無駄に暗くて病んでてすみません…。
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