でも、それでもあなたが僕を変えた。
written by Miyabi KAWAMURA
2007/05/16
「恭弥、雨降ってきた」
ソファで寝ているとばかり思っていたディーノが、呟いた。
「窓閉めて」
「んん」
中途半端な答えを返して、ふぁ、と欠伸をしながら金色の髪をかき上げる仕草はまだ眠そうだ。
悪ぃ、寝させて。
応接室に入ってくるなり、そう言ってソファに倒れこんだ相手をそのままにしてやったのは、雲雀らしからぬ温情だった。なのだから、せめて一つ位は役に立って貰わなければ割りに合わない。
「早くしなよ。濡れる」
「……わか、った」
伸びをしながらそう頷いて、ディーノがソファーから立ち上がる。
執務机につき、風紀委員から上がってきた書類に目を通している雲雀の横を通って、校庭に面した窓へ。
アルミサッシの擦れる音がした後、ぱらぱらと雨粒の弾ける音が、ぴたりと止んだ。
「結構降ってる。しばらく止まねーかもな」
独り言にまで、返事をしてやる必要はない。
そう判断した雲雀が黙って作業を続けていると、ディーノが執務机に寄りかかるようにして手元を覗き込んで来た。
「それ、すぐ終わる?」
「終わらない」
「じゃあ夜までには?」
「……何で」
「一緒にメシ食い行こうぜ」
「やだ」
冷たいばかりの声で返すと、雲雀は持っていたペンでソファを指した。
「黙って寝てるだけならまだ許すけど。……騒ぐなら咬み殺す」
二度は言わない、と告げる代わりに見上げ睨むと、ディーノは溜息をついた。
「仕方ねーな」
机から離れて、ソファに戻る……のかと思いきや、そうではなかった。
ガチャリ。
ドアに鍵をかける音が響いて、雲雀が目を上げる。
「密室の出来上がり」
鳶色の目と視線が重なった瞬間、愉しそうにそう告げられて、雲雀は眉を寄せた。
「まだ寝惚けてるの」
「違う」
執務机を挟んで雲雀の正面に立った相手は、緩く笑って即答した。
「恭弥を閉じ込めたい。逃がさない。オレの傍にいつも置いておきたい。戦うのも傷付けるのも全部オレだけにして他の奴には関わらせない」
嫌か?
そう訊く声は微笑っていて、けれど内容は酷く不穏。
雲雀に伸ばされた指は温かくて、まるで子供をあやし、約束事を言い含める様に優しく甘く頬を撫ぜる。……けれど。
雲雀は、しつこく構われた動物が相手を拒むときのように、首を振った。
「嫌だ」
「相手がオレでも?」
「……相手が誰でも、だよ」
雲雀の言葉を最後まで待たず、ディーノの掌が後頭部に回される。
引き寄せられても雲雀は拒まなかった。唇が重なり、雲雀の方から伸ばされた舌に、ディーノが自分のそれを触れ合わせた。
間に挟んだ無骨な執務机の分だけ、いつもより遠い口付け。
互いに手を伸ばせば無くせるかもしれないこの距離は、けれど本当は最初から、二人の間にどうしようもなく存在していたものであり、そして。
……多分これから先もずっと、此処に在り続けるものだと思えた。
>>fin.
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