滲む青
written by Miyabi KAWAMURA
2007/06/30〜07/15
DH_R15.M12>6月のお題>Something
Blue
きし、と、スプリングが微かな悲鳴を上げるたびに、雲雀は息を詰めた。
相手の肩に置いた手に力が篭る。指先が皮膚に喰いこみ、そこには僅かな痛みが生じている筈なのに、逆に労わる様に背を撫でられて雲雀は眉を寄せた。
「離して……、手……」
「恭弥」
「ぃ……いから」
無理するな、と続けられたであろう言葉を遮ると、雲雀は緩く首を振った。
喘ぎとも、呻きともつかない掠れた声が咽喉から漏れる。ベッドヘッドに背を預けたディーノに向かい合って彼の身体を跨ぎ、後孔に熱を受け入れようとしているのだ。……身体を繋ぐこと自体には慣れても、自分から宛がってする行為は初めてで、シーツについた膝の力は、内側を擦られる感触に負けて弱くなっていく。
「ん……ぁ、う……っ!」
かくん、と下肢が崩れ、胎内の弱いところを掠めた熱に思わず啼くと、俯いた顎を掴まれた。鳶色の目が近付いて、きつく噛み締められた雲雀の唇を宥めるように舌が触れる。涙の浮いた眦にまで口付けられて髪を撫でられ、ふ、と身体の強張りが溶けた瞬間、ディーノを銜え込んだ内側が柔らかく蠢動し、最奥まで熱を飲み込んだ。
「……ッ」
「ぅ、……ん、っ……」
「恭、弥」
「! ……や、ぁ」
完全に自分に体重を預けきってしまった雲雀の背に腕を回したディーノが身じろぐと、中で動かれる感触が堪らないのか、雲雀はディーノの肩に顔を伏せて声を零す。
掠れた声のほとんどは熱を含んだ吐息だ。耳元で聞こえるそれがもっと欲しくて、ディーノはゆっくりと動き始めた。
滲む青
雲雀の枕代わりになっていた自分の腕をそっと抜くと、ディーノは身体を起こした。
眠っていながらも、隣から消えた温もりに気付いたのだろう。
小さく声を零して寝返りをうった雲雀はうつ伏せになり、シーツに頬を預けて、けれどそれでも目を覚まさない。……先刻までの行為の余韻を残した肌は色付き薄らと濡れている。その感触を知りたくて、ディーノは見下ろした黒い髪に手を伸ばした。
緩く撫ぜ、そのままシーツから覗いた肩に触れる。
そこには甘噛みされた痕がくっきりと残っていて、目を覚ましてこれに気付けは、雲雀は不機嫌な表情を見せるに違いなかった。……しかし、その表情は、痕を付けた本人に対してというよりも、そうされたときの記憶に向かっているのだ、という事を、もうディーノは知っている。
自分がどう抱かれ、どう啼いたのか。
身体に刻まれた痕に触れる一瞬、顰めた眉の下で雲雀が黒い目に浮かべる、艶。
間違いなく無意識であろうそれは目に毒としか表現しようがなく、相手に掛ける負担は承知で、しかしそれでも再びディーノが雲雀に触れてしまうことも度々だ。
……危ない、と。ディーノは折にふれ、そう考えていた。
初めて雲雀に触れたとき、その身体は年齢からくるどうしようもない華奢さと幼さが目立ち、きつく抱き締めることさえ躊躇われた。けれどそれから数年が経た今、相手へ向かう気持ちが強くなるばかりで、褪せる予感の欠片も見えない中、今日のように雲雀の中にある「欲しい」という気持ちが垣間見えてしまうと、加減なぞ出来なくなってしまう自分がいるのだ。……雲雀からしてみれば、子ども扱いされ、手加減をされることの方が気に入らないかもしれない。けれど、だからといって……。
身体を繋ぐ行為は、雲雀の身体に負担を強いる事と同義だ。
その事を理解していながら、けれど顔を合わせてしまえば、気持ちだけ、傍にいるだけは足りなくてどうしようもなくなってしまう。いくら成長したとはいえ、自分より遥かに細い造りをした相手を傷付けたくないのは当たり前だが、中途半端な物思いを抱えたまま接することで、逆に雲雀を不安にさせてしまうことも嫌だった。
そうこう考えているうちに、時間はかなり、過ぎていたようだ。
雲雀の身体が冷えてきてしまったことに気付いて、ディーノはひとつ息をつくと、シーツを首元まで掛け直してやった。
静かな寝息を立てている相手の白い肌と、そして身体を包んだ白いシーツ。改めて見遣れば、肩に残した痕は少し痛そうだ。慰撫と、そして久しぶりに抱き締めた身体への名残りも篭めてそこに唇を寄せる。
掠めるように触れたあと、覗かせた舌先で、鬱血してしまった部分をそっとなぞる。
そんなことで傷が癒える筈がないとは解っているが、なんとなく、そうしたかった。
「ん……ぅ、」
頬にぶつかる金色の髪がくすぐったいのか、くぐもった声と一緒に、雲雀が僅かに肩を揺らした。眠りが覚める間際の、無防備な吐息はディーノの耳に甘く届いて、唇で感じている肌の滑らかさと相まって、先程までの行為がひどく思い出された。
雲雀が苦しくないように、ディーノは自分の体重を相手に掛けないよう気を払っていたのだが、うつ伏せた背と肩に背後から触れられている体勢自体が気に入らないのか、雲雀は身じろいでディーノを退かそうとする。
薄らと開いた目で背後の相手の方を見遣り、いやだ、と拒む掠れたままの声。
それは逆に相手の欲望を煽るだけだということを、知らないのだろうか。
普段の雲雀が見せる、他人と馴れ合わずあくまで一線を隔そうとする一面が印象深い分、逆にこういうときに透けて見える迂闊な無防備さは、ディーノの中に性質(たち)の悪い感情を……言ってしまえは、一種の嗜虐心のようなものを、芽吹かせるだけだというのに。
すう、と鳶色の目を眇め、ディーノは乾いた唇を軽く噛んだ。
雲雀の肩に掛かった指先に、無意識の力が篭る。
「……どいて、って言ってるんだけど」
自分に触れている相手が纏っている雰囲気が微妙に変化したことに気付き、雲雀の抵抗が強くなる。ベッドに肘をつき、起こそうとした身体に今度こそ意識して体重を掛けてやれば、掴んだ肩は簡単にシーツに沈みこんだ。
何のつもりだ、という警戒と不機嫌を目に浮かべ身体を硬くした雲雀は、それこそ毛を逆立てた猫科の生き物じみていて、ディーノは宥める要領で、露わになった背を撫でてやった。が、それは相手の逆鱗に触れたらしい。咬み殺す、と呟くや否や、今まで以上に強い力で抗い始めた雲雀はしかし、自分を押さえる手から逃れる寸前になって、びくりと震えて動きを止めた。
「ッ、……」
「……恭弥?」
まさか本当に怪我でもさせたか、と危惧したディーノが声を掛けても、雲雀は表情を険しくして黙り込むだけで埒が明かない。
「お前、いいからこっちむけ」
「ゃ、だ…ッ…!」
先に動いたのは、ディーノだった。
一度口をきかないと決めたなら、雲雀は本当に何も喋らなくなる。が、自分が仕掛けた悪戯で本当に肩なり筋なりを痛めさせてしまっていたのなら、例え軽症であってもすぐに治療を施さなければならなかった。
雲雀は、ボンゴレの守護者なのだ。
守護者「候補」の一人であった数年前と違い、その立場は今や大きく変わっている。少しでも、傷を……いつ巻き込まれるとも標的にされるとも知れない戦いの際、弱みとなる様な故障を残す訳にはいかなかった。
細い身体に腕を回し、上半身を起き上がらせる。
頑なに拒もうとする手を掴み押さえると、間近に見据えた黒い瞳は苛立たしげに揺れ、しかしそれはすぐに逸らされた。気が強く、自分から退くことをしない雲雀が見せた珍しい反応に、ディーノの中の疑問が一層増す。
「恭弥、どこか痛……、」
「ち、がう」
問いかけを遮る声は、はっきりとはしているが語尾が弱い。
恭弥、と重ねて名を呼び、背に当てた掌を引き寄せると、ディーノの胸に倒れこむと同時に、雲雀は啼く様な声を漏らした。
「なんでもない、から。……離して」
「嫌だって言ったら?」
「……っ」
何か不都合でもあるのか、掴まれた手を突っ張って離れようとする雲雀だが、けれど睨む黒い双眸と、そして力は微妙に弱い。薄く色付いた眦を細かく震わせる様子は、痛みを堪えているというよりは別のものに近いような気がして、ディーノは滑らせた掌で雲雀の身体を辿る。
「怪我、とかじゃねーんだな?」
下肢を覆うようにわだかまっているシーツに手を掛けた途端、ひくりと雲雀の身体が揺れる。一瞬躊躇ったものの、ディーノはそのまま雲雀の腰骨を辿り、大腿へと掌を滑らせた。……途端、ぬるりとした感触が指先に触れる。
「! ふ…ぁ…っ」
雲雀の漏らした甘い吐息を敢えて無視して、指を進ませていく。
薄い肉付きの双丘を掴み、柔らかなそこを掻き分けると、指を濡らす温い液体の源に辿り着いた。
「……や、だ!」
「コレ、我慢してたのか」
成程な、と納得して微笑うと、ディーノは雲雀の後孔の淵を指でなぞった。
抱き締めた身体が浅く息をつく度に、そこは小さく口を開いて、中に注がれた白濁を溢れさせていた。
ディーノを受け入れていた余韻が残っているのか、少し強く押してやると指先を従順に飲み込んで、そしてその分、白濁を零す。浅い場所に銜えさせた指を動かすと、くちゅ、くちゅ、と濡れた音がたった。
「触るな……っ」
「……って言われても、な」
とろとろと溢れる液は、ディーノが雲雀の中に吐き出したものだ。
最奥に飲み込まされた白濁が胎内を流れ、皮膚を伝う感触が辛いのか、雲雀は言葉では拒みながらも、ディーノの肩に額を押し付けて零れそうになる声を堪えている。……少し考えた後、ディーノは殊更甘い声音で、相手の耳元で名前を呼んだ。
「ッ、な、……に」
「文句なら、後で全部聞いてやるから」
だから、大人しくしてろ。
言いながら抱き締めた雲雀の身体を、ディーノはもう一度、ベッドへと組み敷いた。
うつ伏せのまま膝を立たせ、逃げられないように背後から細い腰を引き寄せる。
「やだ……、……ッ」
雲雀が抵抗するだろうことは、最初から想定の内だ。ディーノは無言のまま、右掌で雲雀の大腿を掴んだ。
「っ……、ァ」
「暴れるなよ。……汚れたままじゃ、嫌なんだろ?」
「……あなたの手なんて、借りな、んんっ!」
汗ばんだ内腿を伝う残滓を指先に絡めながら、薄い皮膚を宥めるように撫でる。五指を広げ、辿り着いた双丘を掴むと、ディーノはそこを押し開いた。腰だけを高く掲げさせているため、全てが無防備にディーノの眼前に晒される。
余計な肉が全くついていない、骨張った雲雀の身体の中の、唯一柔らかな部分に隠された奥まった場所で、小さな口がひくりと息をつき、白濁を滲ませていた。
雲雀の引き攣った浅い息に合わせ、胎内に飲み込んだままの液を零す後孔の淵を、ディーノは双丘を掴んだまま、伸ばした親指でなぞった。ぐ、と突き入れ、ゆっくりと抜くと、それに連れてどろりとぬるいものが溢れ落ちる。
「まだ中、一杯じゃねーか」
「そんなの、自分で……っ」
「”自分でなんとかする”?」
雲雀の言わんとしたことを先取りすると、ディーノは人差し指をひくつく箇所に宛がった。
「それなら、オレの前でやってみろよ」
「……ッツ」
「こうやって……、」
「は、ぅ……んんッ」
言いながら、指を雲雀の中に沈めていく。限界まで飲み込ませたところで指先を曲げ、引き抜くことを二、三度繰り返すと、それにつれ滴った残滓が雲雀の大腿をゆっくりと伝い、曲げた膝裏に溜まり始めた。
「ほら、こうやって掻き出すんだ」
「……ぁ、……っ」
「お前の中に、まだ沢山残ってるぜ? ……”自分で出来る”って言うなら、してみろよ」
「……な、に……ッ」
「恭弥が自分で綺麗にしてるところ、オレに見せて」
指を抜く寸前、わざと内壁を爪で掻く様にしてやりながら囁くと、見下ろした薄く白い背がびくりと震えた。一気に雲雀の体温が上がり、薄い血の色が広がる。ディーノの勝手な言い様に対する怒りと、そして身体の奥まった部分を見詰められ弄られている羞恥。元々、潔癖な部分のある雲雀だ。漏れそうになる声を堪えるだけで精一杯なのか、雲雀は相手の我儘で淫らな要求に、否とも応とも、答えない。……だが、雲雀のその頑なさは逆に愛しいだけだ。鳶色の目に甘く緩い笑みを浮かべると、ディーノは行為を進めた。
人差し指では足りなくて、中指も添えて力を篭める。
咥えさせられた異物を拒みながらも、奥へと誘うように噛み付いてくる雲雀の身体の中は熱く、そして残ったままのものでひどく濡れていた。
付け根まで沈めた指を包むぬるい感触を確かめると、ディーノは手首を捻り、指全体で雲雀の中を擦る。
「……っ……!」
途端、与えられた刺激に雲雀の薄い背が撓った。
それを見遣りながら、ディーノは指をばらばらに動かし、内壁に纏わり付いた残滓を掻き混ぜた。最初微かだった水音は次第に大きくなっていき、雲雀の秘所を内側から押し開くように指を開くと、くちゅん、とはぜる音と共に粘液が溢れ始めた。
「ッ……、んぅ……ッ」
「……出てきた」
「ゃ、だ……!」
手繰り寄せたブランケットをきつく掴み、シーツに額を擦り付けるようにして中を弄る指に息を詰めている雲雀が、嫌がって首を振る。ぱさ、と黒髪が乱れ、露わになった細いうなじに、背に浮いた汗が伝い落ちた。
「んんっ……、ぁうっ」
シーツに立てた膝で、無意識の内にいざり逃げを打つ身体はその度に引き戻されてしまう。それまで雲雀の中を清める為だけに動いていた指で突然粘膜を強く抉られ、雲雀は目を見開いた。
「!! ぅあ……ッ!」
ひゅ、と咽喉を掠れた息が漏れる。
先刻まで、ディーノを飲み込み快楽を貪っていた身体だ。処理の為、緩く触れられるだけでも十分辛いというのに、快感の余韻を残したままの箇所を明らかな意図をもって弄られれば堪らなかった。
「それ、ゃ……っ……!」
「少しだけ、我慢しろよ」
すぐ終わる、と言って、ディーノは尚も同じ場所を抉った。
傷つき易い胎内の、重なり合った柔らかな襞。そこに残る白濁を、指で隅々まで探るようにしながら掻き集める。鳶色の目が見詰める前で、雲雀の後孔は息づくように口を開いては閉じ、咥えた指を締め付けた。内腿を伝い、膝裏に溜まっていた粘液が量を増してシーツにまで溢れ落ちる。
「……恭弥」
組み敷いた相手の名前を呼ぶ自分の声が掠れていることに気付いて、ディーノは苦笑した。……雲雀は、自分ではおそらく気付いていないのだろう。胎内を探り嬲られているうちに、細い下肢が快楽を拾い集め、揺らぎ始めているということに。
握り締めたブランケットに無理矢理押し殺した喘ぎを吐き出し、秘所で抜き差しされる指の動きに合わせて背を反らせる。肩甲骨の尖った角から、細い二の腕、そしてシーツに爪を立て縋る指先。全身を薄らと汗ばませ、快楽に流されまいとする姿は、ディーノをひどく煽り、そして誘うのだ。
雲雀に咥えさせている右手の指はそのままに、ディーノは腰を掴み捕らえていた左手を離した。硬い腰骨と、そして薄い下腹部に掌を沿わせていく。
「ィ、……んんっ!!」
五指でゆっくりと握り、掴んだ雲雀自身は、既にその形を変えていた。
「ゃ、あ……うぁっ」
触れただけでびくびくと震えた肉塊を、残滓を掻き出す指の動きに合わせて弄る。先端からは先走りが滲み落ち、ディーノの指を濡らした。くちゅん、くちゅんとわざと水音を立てて、それを雲雀自身に塗りこめる。やだ、と嬌声の合間に拒む声が鼓膜を打つが、感じきり語尾の滲んだその声音は、もっと啼かせてやりたい、とディーノに思わせる類のものだ。
「恭弥」
「ん……ッ、ゃ……!」
「これで、全部だ」
嬲る手を止め、一瞬雲雀が緊張を解いたそのとき、ディーノは雲雀の中を穿っていた二本の指を揃え、引き抜いた。鉤型に曲げた指先で、最奥に残っていた白濁を一気に外に吐き出させる。
「……っ!!!」
掠れた啼き声と同時に、雲雀自身が白く濁ったものを溢れさせた。ぼたぼたとシーツに滴った粘液が、生温くディーノの指を掌を汚す。
「……、……ぁ」
胎内を満たしていた指を失い、雲雀の後孔は充血し、小さな口で収斂を繰り返した。細い身体全身が細かく震え、立てていた膝が崩れ落ちる。……その様子を見遣る鳶色の目に、甘苦しい自嘲の色が浮かんだ。
「恭弥……」
「……、……」
脱力しきった雲雀の腕を取り、仰向けにする。……が、前と後ろを同時に嬲られた刺激からか、雲雀は浅く早い息を零すだけで、抗う素振りすら見せない。否、そんな余力など、もう無いのかもしれなかった。汗で張り付いた黒髪から垣間見える黒い目は、浮いた涙でゆるゆると揺らいでいる。力無く投げ出された手にディーノが触れると、そこでようやく、雲雀の双眸はディーノに焦点を合わせた。
指と指を絡められ、ゆっくりと持ち上げられる。
雲雀の手を捕らえているディーノの左手は、ひどく濡れている。
自分の吐き出したものがディーノの指と掌を伝い落ち、キャバッローネの象徴である跳ねる黒馬と、そして青色の絵を白く汚し、滲ませている様。……それを目にしたとき、雲雀の心臓がどくりと音を立てた。
快楽に似た、欲望に似た、そして痛い様な息苦しさにも似た思いが脳を焼く。
「ゃ、だ……っ……」
ディーノの唇と吐息が指に触れたのを感じて、雲雀は咽喉を震わせた。
乾ききり、ひりつく声帯から、拒む言葉を絞り出す。
何が”嫌”なのかはもう、自分でも解らなかった。
>>fin.
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