運命の赤い意図
written by Miyabi KAWAMURA
(2007/0508〜0715迄の拍手御礼文)






 水が欲しい、と訴える唇に冷えたそれを口移しにしてやると、恭弥は躊躇いも見せずに全て飲み下した。


細い咽喉が上下して、薄い唇が吐息を零す。


もっと、とねだる声に苦笑して、今度はペットボトルをそのまま渡してやった。……すると何故か、恭弥の表情は不機嫌の色を滲ませたものに変わってしまう。

どうした? と問う間もなく。
ごくりと一口水を飲んだ恭弥の唇の端から雫が伝い、オレはそれを指で拭った。殆ど中身の残ったままのペットボトルを取り上げ、ベッドサイドに置く。そのまま伸ばした手で恭弥の背を引き寄せると、細い身体は意外なほど素直に、オレの腕の中に納まってしまった。……そこでオレは、やっと自分の犯した勘違いに気付いた。恭弥の言った「もっと」は、水ではなくて、唇を重ねる行為の方、だったのだ。


胸の奥に湧き上がった、蜜みたいに甘い感情と衝動に、オレの身体は勝手に動いていた。


恭弥の両肩を掴み、口付ける。
数時間前身体を重ねたときと同じ順をわざと辿って唇を滑らせていくと、ここで初めて恭弥が抗いを見せた。……とはいっても、多分それは条件反射みたいなものだ。その証拠に、唇での悪戯を止めて黒い目を覗き込んでやれば、そこは既に熟れたように潤み始めている。


背に腕を回して横たえていくと、一瞬緊張を見せた身体は、次第に従順になっていく。シーツに背が付く頃には恭弥の体重はオレの腕にかかってしまっているが、只でさえ細身で小柄な子供の身体だ、欠片ほどの負担もある訳がない。


右手を伸ばし、一番最初に付けた首筋の赤色に触れる。
身じろぎを抑える為に、空いている左手で恭弥の右肩を押さえつけた。……オレの体重を全部乗せてしまうと、恭弥の肩に負担がかかる。それはオレの望むところでは全く無いから、体重はかけず、けれど逃げられないように。



肩を掴んだ指先にだけ、力を篭めて、押さえつける。



滑らかで薄い身体の内側に他人を咥え込むことを、恭弥に教えたのはオレだ。

抱くたびに柔らかくなる身体はしかし、離れている時間があるとすぐに頑なに戻ってしまう。今日もそれは例外ではなくて、オレは指と舌を使って、恭弥の身体に何度も言い聞かせるようにしてやった。


そのことを思い出しながら、ゆっくりと残した赤色を辿る。そして。
ふと目についたものに、オレは、眉を寄せた。



恭弥の両腰骨の内側に残る、三日月型の爪痕。



すぐに、理由に思い当たる。
両手で恭弥の腰を掴み抑えて、身体を開かせた。……その、痕だ。


肉付きの薄い下肢に残ったその三日月は痛そうで、慰撫を篭めて唇を寄せると、恭弥が思わず、といった風に身体を震わせたのに気付いた。


細い指がオレの髪を掴んで、そこから引き剥がそうと動く。


やだ、と漏れる声は、彼らしい気丈さを失ってはいないものの、掠れて細い。
……今夜はもう、これ以上する気はないことを告げると、抗うための指の動きが甘えるためのそれに変わって、恭弥が無意識に見せるその仕草に、オレは咽喉の奥で笑った。さっき感じたものよりも、もっともっと強い、いっそ苦しくなる位に甘いものが、オレの中を満たしていく。



……この感情はなんだろうか、とオレは時々思う。



『大切で愛しい』


言葉にするならそうとしか言い表せないが、そんな簡単に片付けてしまうには惜しいような、そんな思い。


恭弥と出会ったきっかけは、必然に見えてもその実、偶然みたいなものだ。


ボンゴレの十代目候補が並盛の町に生まれていなければ。
恭弥が雲の守護者候補に選ばれなければ。
否、それだけじゃない。オレと恭弥が生まれてくる前、何かの拍子に僅かにでも歴史が違えば、オレという人間も、そして恭弥という人間も、この世に生まれてくることすら出来なかっただろうから。そんな単純でいて、けれど決して人知の及ばない範囲で紡がれ繋がってきた「偶然」のひとつひとつが、今、オレ達をこの場に居合わせさせているのだ。


恭弥の、東洋人独特の淡いすべらかな肌の色を間近に見ながら、オレは唐突にある事を思い出した。



「運命の赤い糸」という言葉は、確か。
東洋の風習か何かを、基にした言葉だったような気がする。



オレが考えを巡らせていたそのとき、恭弥の指が、オレの髪を緩く掴んだ。

何かに焦れるような、促すようなその仕草に微笑うと、オレは目の前の赤い三日月痕に口付け、身体を起こした。


「……ィー、ノ」


オレへ向かって伸ばされた指を掴み絡めて、顔を寄せる。
掠れた声を遮るように唇を重ね、啼き声みたいな吐息も全て飲み込んだ。




運命だとか、そんなものがあるのかどうかは解らない。……けれど。




この出会いがもし何者かによって意図され仕組まれたものだったとしても、そんな事は、どうでも良かった。今、オレが恭弥に対して思う気持ちは、紛れも無いオレ自身のものだからだ。



耳元で名前を呼ぶと、オレの背に回された恭弥の指に、応えるように力が篭った。



抱き締めると撓る柔らかい身体の温かさは心地よくて。
尽きることの無い愛しさに、分かれる朝まで、腕の中から逃がしてやることは、出来そうになかった。





>>fin.


沢山の拍手、ありがとうございました。 
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