宵花蔭で語る恋を

written by Miyabi KAWAMURA
2008/0813







 付き従おうとする背後の部下を手で制すと、ディーノは周囲の人々にひとことを残し、会話の輪からすっと抜け出た。

テラスへ続くガラス扉の横にも、警備を兼ねたボーイが幾人か目立たない様に控えている。新しく勧められたシャンパングラスを断ると、ディーノは宵闇の降りた外へ足を向けた。




 季節柄、日が落ちても外気には昼の陽光の熱が篭る様に残っている。湿度の低さ故、決して不快ではないが、正装した身体には少し、辛い。……とうに慣れたこととはいえ、普段ラフな格好をしているツケが、思わぬところに返ってきた、とでも言うべきか。


手首にした時計を見ると、針は十九時五十三分を指していた。


『二十時になったら、テラスに出て下さい』

『良いものが見れますから』


今夜の、盛夏を祝う酒宴を主催したボンゴレ十代目は、ディーノを迎えたとき、そういって楽しそうに笑っていた。忘れないで下さいね、と念を押され、解ったとこちらも笑って分かれて以来、お互いひとに囲まれてしまってろくに言葉も交わせなかったが、気付けば、十九時半を過ぎた頃から、ボンゴレの大空と嵐、そして雨の守護者三人の姿は、いつの間にか順に、ホールから消えていた。



空気が揺れ、屋敷の周辺を覆う森の木が一斉に鳴る。
濃い緑の匂い。闇の中で、木に茂る葉は黒よりも暗い緑に色を深め、吹く風に擦れ、ざわざわと音を立てていた。

ひら、と目の前を舞った葉の行方を無意識に追った、先。
広く奥行きのあるテラスの端に見つけた人影。



ピィ、と高い声で小鳥が啼いた。
ディーノの上をくるりと旋回してから、黄色い翼を羽ばたかせ森へと飛び去っていく。



「……食事の邪魔だったか?」
「構わないよ」

掌に乗せていた、砕いたクラッカーをぱらりと捨てると、相手は……ボンゴレの雲の守護者は、ディーノの方を見た。
黒色のスーツ、そして黒い髪。やもすれば辺りを覆う闇に紛れてしまいそうな色を身に纏っているくせに、艶やかに黒光りする双眸に目を奪われる。

「ずっと此処にいたのか?」

聞きながら、ディーノは手を伸ばした。
風で乱れてしまっていた黒髪に触れ、梳いて直してやる。拒まれている風では無いのをいいことに、耳朶に指を滑らせ頤までを緩く撫ぜると、指先で感じる雲雀の体温が、常より少し高いことに気付かされた。

「お前、結構飲んだだろ。熱くなってる、首と……顔も」
「別に」

さらりと言い逃れて、けれど雲雀は、目を伏せた。
自分の顔を包んだディーノの掌に、無意識にだろうが頬を寄せる。……酔った雲雀が稀に見せるこの仕草に、ディーノは苦笑した。乾いた手の感触が気持ち良いのか、ふ、と雲雀が漏らした吐息が、手首を擽る。

恭弥、と名を呼んで。

軽く顔を仰のかせ唇を寄せていくと、それが触れ合う直前になって、雲雀が顔を背けた。


「やだ」


胸に付いた手でディーノを遠ざけると、鳶色の目に据えていた目線を、闇に沈む森の方へ向けてしまう。

「……何で?」

問い質すつもりは全く無く、むしろじゃれ合いの延長の様にそう言葉を継ぐと、ディーノは雲雀の手を掴んだ。持ち上げ、口付け損ねた唇の代わりに、指に触れる。……案の定、雲雀は拒まない。それなら何故、とディーノが疑問を覚えたそのとき。




明るい、けれど柔らかな光が、夜空を覆う様に広がった。
そしてそれに半瞬遅れて、どん、という音が大気を揺らし伝わる。




……ああ、とディーノは笑った。


『良いものが見れますから』


ボンゴレ十代目の言葉を思い出して、納得する。確かに、これ以上の趣向は無いだろう。




見上げた闇色の空には、大輪の光の――炎の花が。

繰り返し繰り返し咲き、まるで宵闇に浮くように、在った。









「花火師を、呼んだらしいよ」


聞こえた声に、ディーノは目を遣った。
掴まれた手をそのままにしながら、雲雀は空を見上げていた。

「花火師? ……日本からか?」

言われ、改めて見れば確かに。
欧州で量産されているものよりも光の余韻が長く、発色も抑えられている。

ただ花火を上げるだけなら、いくらでも用意出来た筈だ。けれどそれをわざわざ、日本から職人まで呼んだ理由。

余程のこだわりがあったのか、それとも……。

もしかしたら、花火にまつわる何か――ボンゴレ十代目と、そして彼のすぐ傍にいる人間にしか解らない理由が何かあるのかもしれなくて、けれどディーノは、それを詮索したいとは思わなかった。……秘密に、大切にしておきたい”何か”は、きっと誰にでもある。





 花火の音に気付いたのか、テラスには人が集まり始めていた。

けれど、皆夜空の花に気を取られている所為か、端の方にいるキャバッローネの十代目と、ボンゴレの雲の守護者の存在には気付いていない。……これで無駄に話し掛けてくる者がいたら、雲雀はすぐに居なくなってしまうだろう。そういう意味でも、ディーノは花火を上げてくれたボンゴレ十代目に密かに感謝した。


打ち上げは未だ続いていて、夜空を光が照らしては消え、また照らしては消えていく。



ディーノが見遣った雲雀の横顔も、光の花に照らされていた。

交互に訪れる光と闇が、細い肢体を強調するように陰影を作り出す。
華奢な造りの首筋や、薄い肩。黒い髪も、そして目にも、夜空の花が照り返り、オレンジ色の光が差し染め上げていた。



ディーノは、雲雀の手を引いた。



半瞬遅れた雲雀の抗いを制し、先刻そうした様に両頬を包むと、顔を傾け、唇を重ねる。


掠める程度に触れ合わせ、自分の唇で雲雀のそれを柔らかく食んだ。
そのとき、再び光が差す。眩しさに雲雀の黒い目が眇められたが、けれど逃がしてやる気にはなれなかった。


下唇を噛み、歯列を舌でなぞり受け入れる様に促がす。
触れていた頬から、右手を雲雀の後頭部に、左手を背に回して引き寄せた。踵が浮いてしまったのか、ん、と声を漏らした相手が息継ぎをする隙に、その口腔に舌を捻じ込み含ませる。上顎を舐め、ぶつかった舌を追って奥まで探ると、二人分の唾液を飲み下した後、雲雀の舌が応える様に、ディーノのそれに擦り付けられた。


「……っ、ん」


僅かに唇を離すと、くちゅん、と鳴る音が耳に届いた。
雲雀の舌先が震え、濡れた唇を舐める様が、照らし出され、闇に沈む。……意図せぬ行為だからこそ、それは酷くディーノを煽った。


再び深く重ねた唇の中で、雲雀の舌を探し当て、強く吸う。


自分の口腔に引きずり込んだ柔らかな肉を噛み扱く。
舌で擦り絡めて、甘噛みを繰り返し、飲み込む様に咽喉奥まで誘う。雲雀のそれが痺れ、抗うことも出来なくなるまで、弄り尽くしたいと思った。



「……ッ、ーノ」



一際明るく夜空が染め上げられたそのとき、雲雀が甘く啼いた。


吐息を飲み込み、ゆっくりと口付けを解いていく。

唇を離しきる前、濡れそぼってしまったそこを宥め味わう仕草を幾度もしてから、最後に指で拭ってやると、雲雀が伏せていた目を上げた。



黒く潤む色の中に、宵闇を飾った柳花火の名残の光が、映りこみ揺れている。




惹かれ、伸ばした指はやはり、拒まれることは無かった。




>>fin.


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