「嘘つき」
(こんな甘いキスをした後、あなたは簡単に嘘をつく)
written by Miyabi KAWAMURA
2007/0921
黒いスーツ、金色の髪、手の甲とそして首元に覗くタトゥー。日本人にはない白さの肌、鳶色の目と、彫りの深い横顔。節張った長い指。そして、それに釣り合う大きさの手の甲。
窓から差し込んだ光が甲に浮いた腱に当たり、白い肌の上に薄墨色の影を落としている。
黒一色のいでたちといい、本人の容姿といい。……これだけでも十分、午前中の、しかも授業時間特有の静かさに満ちたの校舎の中では、浮いていると思われるのに。
雲雀の見ている前で、ピンク色の紙パックが凹んだ。
じゅ、と音が鳴ったところで、唇が咥えていたストローを解放する。空っぽになった容器を机に置いて、甘い、と漏らした相手が、雲雀の方を見た。
「恭弥」
呼ばれ、雲雀は手に持っていた風紀委員のファイルを置いた。別に、傍に来いと言われた訳ではない。彼が、ディーノが何かの拍子に自分の名前を呼ぶのは、殆ど癖のようなものだ。――それにいちいち付き合ってやる必要は無いと思っているのに、なのに雲雀が応えてしまうのもまた似たようなレベルの話なのだが、本人は、それに気付いていない。
「口直しが欲しい」
なあ、と、雲雀の反応を伺いながら誘う言葉はわざとらしい位に稚拙で、けれどそこには巧妙な罠が隠されている。
雲雀は、敢えて無表情を貫いた。――以前、怒った顔も好きだと囁かれ、このソファの上で身体を開かされて以来、雲雀も警戒することを覚えた。(もっとも、覚えさせられたことは他にも沢山ある。ありすぎる程だ。)
「最初から捨てれば良かったんだよ」
「そういう訳にはいかないだろ。せっかく貰ったのに」
「義理堅くて、結構なことだね」
大方、弟弟子の教室を覗きにいったときにでも、話の流れの勢いで受け取ってしまったに違いない。並盛中の一階にある自動販売機二台の右側、ありふれた紙パックジュースの中でも一際目立つピンク色の飲み物。コチニール色素と香料、合成甘味料が綿密な計算に基づいて投入され、脱脂粉乳やら練乳やらとグチャグチャに混ぜられた末に出来た薄ピンク色の飲み物なぞは、およそ、黒いスーツで『正装』した彼には似合わない。
放置された紙パックを見遣る雲雀の手を、ディーノが掴んだ。
「なに?」
「キスしようぜ。同じ甘いなら、恭弥の方が全然いい」
「……今すぐ殺してあげようか?」
きゅ、と眉根を不愉快そうに顰めた雲雀に微笑うと、ディーノは恭弥、と、もう一度雲雀の名前を呼んだ。その声音に混ざる、今度こそ口付けをねだる響きと、自分を見上げる鳶色の目。……本当なら、こんな我儘を聞いてやる理由は無い。けれど、雲雀の身体はディーノを相手にしているときは悉く、脳からの命令を簡単に無視して動いてしまう。
引き寄せられて、重なった唇を軽く食まれた。
「……いつもより甘くねぇ?」
「解らないよ」
「じゃあ、もう一回」
歯列を舌で割られた瞬間、体重を掛けられ身体が傾いだ。
ソファに張られた合皮が雲雀の背を受け止めて、ギュ、と表現し難い音を立てる。雲雀の舌を己のそれに絡めて引きずり出し、甘く噛んで吸うことを繰り返していたディーノの歯が、雲雀の歯に当たってコツリと鳴った。
「ン……っ、ぅ」
息を継ぎ、唾液を飲み下した雲雀の咽喉から声が零れる。
首筋、そして耳元の肌が上気し薄赤く色付いた。
「お前と、ずっとこうしてたい」
掠れた声で囁きながら、雲雀の右大腿にディーノは掌を滑らせた。たどり着いた場所を掴み、力を篭め押し広げる。
「ッ……やだっ」
「お前の”やだ”は、嘘だから信じない」
開かされた両脚の間にディーノの身体が捻じ込まれ、まるで身体を繋ぐときにするように、雲雀の下肢に指が這った。
「此処、に……」
「……ッ」
「入れたい」
「……んぁ……っ!」
いつもディーノを咥えている場所の上を、制服越しに指が行き来する。時折強く押され、胎内で快楽を得る仕方を覚えた身体は、敏感に反応した。
「もう欲しい?」
愉しげな声に揶揄されて、雲雀は首を振った。
「そんな……ッ、の、嘘……」
「オレより、お前の方が嘘吐きのくせに」
猫の首を撫でる手のような甘さの声が、直接耳に流し込まれる。
一瞬息を詰めた雲雀は、しかし吐息を噛み殺しきれず、震える咽喉から溢れさせた。後ろの口の上ばかりを嬲っていたディーノの指がそこから離れ、両腰を掴み引き寄せられたせい、だった。
「ん、んん……ッ、ぁ」
「もっと?」
「ァ……、ゃ、だっ」
じくりと疼いた腰に、ディーノの身体を幾度も押し付けられる。
ゆっくりと溜まっていく熱に焦れて雲雀が下肢を捩ると、ディーノはその反応を引き出す為に、わざと擦り合わせた腰を揺らした。
「ぁ……んッ、ぅ」
膝裏を掴まれ、折り畳まれた脚。
固くなり始めた自身が着衣に擦れ、その刺激だけでも堪らないというのに。……相手も形を変え始めていることに否応無く気付かされて、雲雀の身体が細かく震える。
「恭弥」
尖らせた舌先で唇をなぞられて、雲雀は薄く口を開いた。
貪られる苦しさに、けれど抗う気持ちは全く生まれない。逆に投げ出していた腕を、雲雀は相手の首に回した。そのまま引き寄せ、自分から舌を伸ばし相手の口腔を探り返すと、間近に見詰め合っていた鳶色の目が僅かに瞠られる。しかしそれでも、雲雀は行為を止めなかった。
自分がそうされるときのように、上顎と歯列を撫ぜ、柔らかな粘膜の隅々を愛撫する。
唾液を掻き混ぜた舌先を相手の咽喉奥に向かって伸ばし、ぬるい水音の源を飲み下させてから、舌を退いた。追ってくる相手の、柔らかな肉。舌先をぶつけ合い、絡めて弄り、息の続く限界まで触れ合う仕方。……教え込まれた全てを忠実になぞってみせる雲雀の黒い目は潤みきっていて、ディーノはゆっくりと離れた唇を、雲雀の瞼の上に落とした。
「……離、して」
ほんの一瞬の、空白の後。
ディーノの首に回していた腕を解くと、雲雀はその手で相手の身体を押し返した。乱れた息と、煽られた欲で色付いた肌のまま、ディーノとの間に距離を作っていく。
「離されたいのか?」
「……っ」
「オレから離れても嫌じゃないのか、恭弥は」
「いやじゃない」
「……オレは、嫌だ」
ひたすらに甘くひたすらに我儘な言葉と共に近付いた吐息が、雲雀の唇を掠めた。
「離れてる間も、いつも、お前のことだけ考えてる」
囁かれた言葉に黒い双眸が揺れる。
雲雀が何か言葉を紡ごうとした刹那、それを待たずにディーノはもう一度、雲雀の唇を塞いだ。
>>fin.
□Back□
|