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家庭教師
written by Miyabi KAWAMURA
2007/10/14






 大きな掌が、僕の身体の形を沿う様に動く。


 ベルトもシャツも、何も乱されていないのに、衣服越しにそうされているだけなのに、肌が内側から熱くなった。背にしたソファに上手く身体を預けることが出来ず身じろぐと、それに気付いた相手の腕が背に回った。
ぐ、と抱き上げられ、ゆっくりと下ろされる。ようやく落ち着いた体勢に安堵し身体の力を抜くと、ディーノが小さく笑った。

揶揄する様な、余裕を見せ付けられる様な、その表情。

僕の目に浮かんだ苛立ちに気付いたのか、こちらが口を開く前に唇が重ねられ、言葉を奪われた。……尤も、猶予を与えられたところで、今の僕は彼に対して、つまらない嫌味のひとつすら言ってやることは出来ない。

ここ数日本調子でなかった咽喉は、今朝目が覚めたときには、とっくに使い物にならなくなってしまっていたからだ。





 「どうする?」



僕を抱き寄せ、唇を触れ合わせただけの距離で、二ヶ月ぶりに並盛を訪れた相手は、そう言った。

「声、出ないんだな」


恭弥は、どうしたい?
お前が辛いなら、今日はしない。……なあ、決めろよ。


再度僕に訊ねながら、けれどディーノは答えをとっくに予想していたに違いない。
返せない言葉の代わりに、彼の首へと伸ばした腕。それが絡みつく前に、ディーノは僕の唇を噛み歯列を割って、舌先を滑り込ませて来たからだ。


 ひりつく咽喉から零しそうになった声を、咥えさせられた指先で散らされる。
舌の表面を撫でられ、舐めて、と耳元で囁かれた拍子に、僕の身体はぞくりと震えた。

「……っ」

思わず口腔に溜まった唾液を飲み込むと、その瞬間の、粘膜が蠢く感触さえも触れた指先で探られてしまった。
くちゅんと水音が立ち、ゆっくり指が引き抜かれる。
濡れきった指で顎を捕まれ、啄ばむように幾度も口付けられながら、僕は目を開いた。間近にある鳶色の目はぼやけて見えて、けれど見詰められていることは解る。


「――、……」


ディーノ。


唇が離れた僅かな隙に、滅多に呼ばない名前を呼ぶ。
どうせ、音にはならない。彼の耳には届かない。それが解っているから、わざと、何度も何度も、呼んだ。


ディーノ、ディーノ。


引き寄せる腕の力を強くして、身体にかかる相手の重みと、伝わる体温に掠れた息をつく。
溢れる、かすれた吐息。その度に咽喉がじくじくと痛み、熱が広がっていく。

「……ッ!!」

そのとき、開かされた両膝の間に捻じ込まれた相手の身体が、僕の身体に強く擦れた。

「っ、ぁ……ッ!」

意図的に揺すられる下肢から生まれる刺激。
びくびくと、跳ねそうになる身体はけれどディーノに組み敷かれているせいで自由にはならず、それどころか、完全に駄目になった僕の咽喉は、誰にも――僕自身にも聞こえないのをいいことに、勝手な言葉を紡ぎ始めた。



……もっと、ディーノ。
ねえ、もっと。



ディーノ。



思考を埋め尽くす、僕の頭の中にだけ響く声。

身体に与えられる緩くもどかしい感覚に、脳が溶けるみたいな快楽を引き摺り出され、それに意識を持っていかれそうになる刹那、悪寒とも快感とも取れるゾクリとした予感に僕の身体は震える。――ディーノと出会い彼に触れるまで、知らなかった感覚。肌を、髪を、そして中の粘膜を愛撫されることの気持ちのよさを、出会ってすぐに僕は彼から教えられた。



自分が、変わる。
変えられていくことに対する違和感。けれど、それは……、



「……、ィ、ノ」



指に絡んだ金色の髪をきつく掴んで、相手の耳元に押し当てた唇を彼の名前の形に動かした。応える様に耳朶を甘く噛まれ、首筋を吸われ組み敷かれたまま背を反らす。



「恭弥、……」



注ぎ込まれる声と吐息。
鋭敏になった神経のひとつひとつが、全部彼の方だけを向いていく。





――ディーノと出会い彼に触れるまで、知らなかった感覚。

思考の隅々まで指を這わされ掻き回されて、心を乱されることの気持ちのよさと苦しさを。





出会ってすぐに、彼は僕に刻み込んだ。


>>fin.



これから毎年、10月14日はディノヒバの日v
 
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