爪と牙
written by Miyabi KAWAMURA(KiraKira★Lovers)
special thanks ! Aoi FUJISAKI(platinum spider)
2007/1114
32歳ディーノ×15歳雲雀







 「声が気に入った」のだと、そう告げられた。


 彼の作る音楽に初めて僕の声を乗せた日の夜、あたかもそれが僕の声そのものであるかの様に、僕の咽喉に指を滑らせながら、ディーノはそう言ったのだ。

明確な意思を持って触れることなど一度たりとも他人に許したことの無かった僕の身体は、皮膚の表面を辿っていく自分以外の人間の熱に、拒絶反応を示して然るべき筈だった。
……なのに、掌で頬を包まれ、いつの間にか互いの吐息を交わすまでに近付いていた彼の唇を、僕は何故か、そのとき拒む事が出来なかったのだ。





 後ろから回された腕の中に閉じ込められて、否を唱えようとしたときには、もう唇を塞がれていた。

不意打ちのようにされた行為。けれど僕が嫌だと思ったのはそれに対してではなく、無理に仰のかされ首を後ろ向きに捩られた、不自由で苦しい体勢を取らされていることに対して、だった。

「――っ」

思いきり身じろいで、深く重なり口移しにされていた吐息を離す。息を整える間もなく、肩を掴まれ向かい合わせにさせられて、恭弥、と名前を呼ばれた。

僅かに語尾を滲ませた低く艶のある声は、簡単に僕の理性を揺るがせて崩す。

 目を閉じ顔を傾け、僅かに唇に隙を作った僕に向かって、彼が微笑った。……何もかも見通されているような気がして少し悔しく感じたけれど、キスを続けたいのは本当なのだから仕方ない。

唇が触れ合ったと同時に、彼の掌が後頭部に回される。髪を一度撫ぜられてから、強く引き寄せられた。息を吐き、新しい空気を吸い込むタイミングまで全部支配されてしまう深い口付け。僕の口腔を愛撫する舌先は、咽喉の奥まで気紛れに弄る。
下顎に溜まる唾液をこくりと飲み下すと、僅かに離れた唇の合間から濡れた音が漏れて、自分の咽喉が上下する様が、生々しい知覚となって脳に届いた。

「……っ、ぁ」

衣服越しに掌を沿わされ、ぞくりとした刺激が走った。膝が震えて、思わず背後の扉に寄りかかってしまう。
このまま崩れ落ち、組み敷かれてしまうのだけは避けたくて後ろ手に指を伸ばすと、勢いで掴んでしまったドアノブが重く尖った金属音を立てた。

「……ッ!」

途端、失念しかけていたことに否応無しに気付かされた。
此処はスタジオの中の一室で、彼の部屋でも、僕の部屋でもない。いつ誰が来るとも分らない上、そして何より、一枚の壁を隔てただけの隣の部屋には……、「彼」がいる。


 閉じていた目を開け鳶色の双眸を見遣ると、何を考えているのか、ディーノはドアノブを掴んだまま固まっている僕の手を、黒馬と有刺鉄線の絵の彫られた左手で上から握り締めた。

「何、……」

意味を問い質そうとした刹那吐息が耳を掠めて、その感触に震えた僕の鼓膜を彼の声が揺らす。

「鍵」

ひとことだけを言い置いて、空いた右手で僕の腰を掴むと、ディーノはシャツの裾から滑り込ませた指先で、直接に触れてきた。
弦楽器を使う人間の、硬い指先の皮膚。繊細でいて傲岸な長い指の乾いた感触が、浮いた肋骨ひとつひとつの形を確かめる様にしながら僕の身体を辿り下がって、下腹部近くにまで伸ばされる。

「んぅ……ッ」

零れそうになった声を俯いて耐えると、耳朶を噛まれた。固い歯できつく挟んだ後、濡れた熱い舌先でなぞられる。――痛くて、熱い。繰り返される甘い咎め。
そうされている内にジーンスのボタンを外され、前を寛げられてしまっていたことにすら、僕は気付いていなかった。あっけなく自身を捕らえられ、反射的に腰が跳ねる。

「ァ、……ぅあ……っ」

掌の中で、ゆっくりと握り扱かれた。
くびれと裏筋を掻き嬲られて、体温が上がっていく。僕の耳を味わっていた唇がそこから離れ、間近になった鳶色の双眸を見詰め返すと、無意識下でねだったものは、すぐに与えられた。

顔の角度を変えながら、舌先を擦り合わせ深く交わる。

口腔で抜き差しされる柔らかな肉。
指先で自身の先端を愛撫されながらするキスは、苦しいくらいに気持ちがいい。

「……恭弥」

下肢から離した指で僕の頤を持ち上げると、ディーノはもう一度、僕の名前を呼んだ。
たった今まで乾いていた指は、糸をひくもので濡れている。蜜を零し、固くなり始めたところを中途半端に放り出されて、脚が細かく震えた。……次にどうすればいいのか。その答えは、既に僕に伝えられている。

「……ゃ」

嫌だ、と言おうとして、でも何が嫌なのか自分でも解らないまま、身体だけが勝手に動いた。


彼に掴まれたままの右手。
その指を震わせて、僕は、扉の鍵を閉めた。






 解放され自由を取り戻した右手と、放り出すままにしていた左手を持ち上げ、ディーノの首に回した。躊躇いを心の中に残したまま、けれど僕は目の前の相手としようとしている、そしてこれまでも幾度と無く繰り返してきたこの行為を、止めにすることが出来ない。

身体全部、否、それだけじゃない。僕自身すら聞いたことも無かったような、快感に裏打ちされた声音も何もかも全部彼に知られて、奪われてしまったという事実。……本当なら彼とするべきじゃない、していい訳がない行為を、何度も何度も、僕は繰り返している。


「……ィー、ノ……っ」


一番奥に咥え込まされ、喘ぎ声に紛れて零れた名前に、ずきりと心臓が痛む。



同じ名前と金色の髪、鳶色の目。
腕と身体に彫られた絵すら同じで、けれど違う二人の人間が今、僕のすぐ近くにいる。
僕はその片方が好きで、けれど僕を抱くのは、その彼じゃない。



 信じられない位に深いところを抉られて、咽喉が引き攣った。
僕が零した、動物の鳴き声じみた掠れ声が気に入ったのか、鳶色の目に愉しそうな色が滲む。いい声だと、わざと解りやすい揶揄で煽られる。

「ん、ん……ッ、ぁうっ」

まるで自分のものじゃないみたいな声が部屋に響く。
本当は厭わしい筈なのに、その声こそを彼は欲しがっているんだと意識するだけで、僕の身体はおかしくなる。もっと奥に欲しいと、中に穿たれたものにきつく絡み付いて、飲み込もうと蠢き始める。


このひとは、僕をどうしようもなくさせる。
好きじゃない。僕が本当に欲しいのはこのひとじゃない筈なのに、どうして。



くるしい、きもちいい、いたい、もっとほしい。



僕は、彼とするこの行為を止めることが出来ない。
誰よりも多く僕に触れて、誰よりも僕をどうしようもなくさせる、誰よりも酷い彼から、離れることも出来ないし、離れたいとも思えない。


その理由は解らない。解りたくない。


グチャグチャに掻き回された感情の向く先すら見つけられなくて。
僕は、唯一の確かなもの――今、僕を抱いているディーノの背に思い切り爪を立て、唇が掠めた肩に、咬み痕を残した。









>>fin.


 
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