どうしようもないその身勝手を
written by Miyabi KAWAMURA
(2007/0829〜1115迄の拍手御礼文)









 すぐに戻る、と告げられて、けれど相手が本当に「すぐ」戻ってくることは少ない。


物騒で血生臭い、良く似た世界に生きているようでいて、自分達の生きる世界には、未だ大きな差があるのだ。――それこそ、大人と子供、並みに。





扉が開く音に、耳だけでなく意識全部を傾けた。

浅い眠り。
中途半端に深いまどろみ。

そのどちらとも表現出来る曖昧な状態は完全に終わって、でも起き上がりはしない。自分がそうすることを彼が望んでいない、ということは、もうずっと前から気付いている。


 部屋の空気が、僅かに揺れた。
髪に触れた指の感触、撫ぜる掌。幾度も幾度もそうされて、そして前髪を温かな吐息が掠める。
「眠っている筈」の自分を起こしたいのか、そうでないのか。……もしかしたら、そのどちらも、相手は考えてないのかもしれない。



「ただいま」



言われた言葉に滲んだ、息を潜める様な静かさ。

そのまま頬を、包まれた。
乾いた肌、伝わる熱。
指先で顔の作りを確かめる風にしながら、動いた掌が、僕の瞼の上を覆った。


唇に、薄い皮膚が重ねられる。


零れた相手の息が口の中に紛れ込んで、それと同時に、かぎなれた甘い香りが舌に届く。触れて、離れて、彼の匂いのする吐息だけを何度も口移しにされて、けれど何も応えずにいると、不意に唇全部を包む様に、深く口付けられた。



 舌を相手のそれで擦られ、流れ込むぬるい唾液を飲み込まざるを得なくなる。
咽喉が鳴ったのは偶然で、けれどその妙に耳につく音を、何故か彼は気に入っているらしい。


「……起きてるくせに」


く、と唇を噛まれた後、聞こえた声は愉しそうに揺れていた。

「待っててくれたんだろ、オレが戻るの」

grazie mille と、語尾が甘く溶けそうな響きでそう言われた後は、言葉もなく唇を触れ合わせる行為が続く。――けれど、彼の手は。


「ありがとな、恭弥」


唇の動きも感じられる位の近さで言うくせに、けれど彼の手は、僕の視界を閉ざしたまま、だ。


「手、離して」


無駄を承知でそう告げてやると、案の定、否の答えが返される。


「このままで良いだろ? 恭弥が眠るまでここにいるから。だから……」


眠れよ、と。
ひたすら緩く甘やかす為だけの声音で促がされながら、けれど僕の中には、どうしようもない苛立ちが、凝り固まっていく。


「ディーノ」


滅多に呼ばない名前を、呼んだ。
暗闇に向かって手を伸ばす。指に触れた柔らかいもの。しなやかな手触り。見えなくても分かる、これは金色の髪。

絡め取ったそれをぐい、と引くと、目隠しをされたままの身体に、重みが掛かる。



「……おやすみ」



殊更に低めた声に頬を撫ぜられ、唇を塞がれた。……当たり前のように、やはり最後まで、目隠しのまま。


「……手、離して」
「駄目だ」


こんな簡単な言葉ひとつで、僕が納得する訳もないことを知っているくせに。
こんな簡単な言葉ひとつで、本当は納得されたくもない、くせに。


「どうして」


叶うものじゃないと解っているから、だから殆ど、意趣返しのつもりで言い返した。


「……同じことだろ?」


ほら、こうやって。
いつもあなたは、僕を遠ざける。


「もう夜中だ」
「……それが、何」
「こんな暗い中じゃ、どうせ何も見えない」


好き勝手にひとの中をグチャグチャにしていく反面、あなたの中に僕が入り込まないように、いつもいくつも壁を作って、本当の顔を見られない様にしている。


「だから……」


おやすみ、と。
繰り返された言葉と一緒に、飲み込まされた手酷い身勝手。


口封じみたいにされた行為に咽喉が勝手に震えて、それ以上は何も言葉に出来なかった。その代わりに、掴んだ金色の髪を、ぐしゃりと握り締めてやる。




……あなたも僕も、とっくに気が付いている。




あなたが僕に、見せたがらないもの。その中に。




本当は、僕の欲しいものが全部、入っているのに。







>>fin.

皆様に感謝をこめて。 
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