花と蝶
written by Miyabi KAWAMURA
2007/12/13
窓ガラスの向こう側は、降る雨で濡れていた。
冬の朝、部屋の空気は暖かだというのに、窓辺に立つと冷気が肌に触れる。シャワーを浴びたすぐ後、濡れたままの雲雀の髪は、外の雨に応えるように、ぽたり、ぽたりと雫を滴らせた。
バスローブ一枚では、少し、寒い。
けれど寝室に戻る気にはなれず、雲雀はガラスの向こうへ、目を遣った。
陽は、まだ昇らない。流れ落ちる水で歪む赤い小さな光は、高層ビルの上に在るランプ、見下ろす先で左、右へと絶えず流れていく光は、高速道路を走る車の、ヘッドライトと、テイルランプだろう。
なんとはなしに腕を動かし、掌を窓に当てた拍子に、バスローブの袖が肘へ向かって滑り落ちた。……途端、目に入る赤い痕。腕の内側の、柔らかな皮膚の上に、二つ。
眉を顰めると、雲雀はひとつ溜息をついた。
目を閉じて、額をガラスにこつりと預ける。――腕、だけじゃない。身体のいたるところに、その赤は残っている。シャワーヘッドから降り注ぐ温かな水を浴びながら、さっき自分で、確かめたばかりだ。
甘く噛まれた痕の残る鎖骨、胸元、脇腹。
腰骨の上、大腿、膝関節の、内側。そして……。
「――ッ」
唇で吸われたときの鈍い痛みと、肌を辿られた順番が否応無しに思い出されて、雲雀の吐息は、無意識のうちに震えた。とくり、とくりと心臓が鳴り始める。ガラスに触れた指先に力が篭り、じわりと身体の中に熱いものが、生まれた瞬間。
雲雀の手を、背後から伸ばされた掌が、包み込んだ。
「戻ってこないから、心配した」
雲雀の右手に己の右手を重ね、残った左腕で雲雀の身体を後ろから抱くようにして囁いたのは、ディーノだった。
「髪、まだ濡れてるな。寒くないのか」
雲雀の髪に唇を落とし、濡れて冷えたその感触を確かめると、両手で肩を掴んでゆっくりと振り向かせる。黒い髪の先から滴った雫を指で拭い、未だシャワーの余韻の熱を残した雲雀の頬を両掌で包み込むと、ディーノは雲雀の額に、自分の額を軽く合わせた。
「……なに」
髪質の違う、けれどどちらも同じくしなやかな金色の前髪と、黒い前髪が触れ合う。
互いの吐息がぶつかり合い、時折悪戯のように唇が擦れて、その過分に甘く緩い接触を雲雀は拒んで、間近な鳶色をきつく見据えた。
「やだ」
「もう少しだけ」
咎めの言葉を、ディーノは聞く気は無いらしい。
壊れ物を扱うように雲雀を上向かせると、殊更ゆっくりと髪を撫ぜ、また楽しそうに微笑う。
キョウヤ、と、自分の名前の形にディーノの唇が動くのを、雲雀は黒い双眸で追った。
何故かそのまま、のまれたように目が離せず。――身体を包み引き寄せる腕の熱を感じたときにはもう、吐息の全てを、奪われていた。
>>fin.
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