そして甘えたがり、甘やかしたがり。
written by Miyabi KAWAMURA
2008/0216
ベッドの上に降ろされるなり、雲雀は、壁の方へ身体を向けた。
下肢が、いう事を聞かない。
身体の奥にはじくりとした痛みと、鈍い異物感が残っている。それだけでも辛いというのに、咽喉も痛い。そして、食道を通り過ぎた先にも、胸焼けに似た違和感がある。――身体の中の器官、内臓の全てが凝るような微熱を発している。そんな感じさえして、雲雀はきつく目を閉じた。
「大丈夫か?」
掛けられた声と髪に触れた指先の感触を、しかし雲雀は無視した。
ぽたり。
頬に、水滴が落ちる。閉じた瞼に感じる、薄暗さ。……どうやら相手は、上から雲雀の顔を覗き込むようにしているらしいが、けれどそんなことは関係ない。怒っているのだ、雲雀は。
「恭弥、返事しろよ。……なあ」
如何にも心配そうな、そして甘く宥めるような声音で言われ、しかしやはり、雲雀は何も答えなかった。否、答えてやるものかと思った。
「怒ってんのか?」
解っているなら黙れ、と雲雀は心の中で返す。
ディーノは雲雀より、八歳年が上だ。
基本的には二人の年齢差は七歳だが、二月四日生まれのディーノと、五月五日生まれの雲雀、ほぼ三ヶ月違いの誕生日のせいで、一年の内の四分の一の期間だけ、二人の年の差は八歳になる。……毎年、その三ヶ月間、ディーノは、わざと雲雀を過分に構おうとしたり、甘やかそうとして、楽しんでいるフシがあった。それは雲雀からしてみれば酷く悪趣味なことに感じられるのだが、眠りに落ちる間際に髪を撫ぜる手や、口付けた後に唇を繰り返し緩く啄ばまれる感触が悔しいことに嫌いではないので、今年も、仕方ないなと思って放置していたのである。――が、相手の好きにさせていた結果が、今日の一件だった。
自分の蒔いた種と言えなくもないことではあるが、雲雀は、それで諦め納得するような簡単な性格はしていない。
「怒ってんなら、顔だけでいいから、見せて?」
その、とき。
雲雀の思考を遮るようにされた提案に、雲雀は閉じていた目をゆっくりと開いた。
嫌だ、と声に出しはしなかったが、雲雀の発する雰囲気で、どうやら拒絶の意は相手に通じたらしかった。
「何でだよ。恭弥の顔、見たい」
言葉と同時に、肩に手が掛けられる。
強いるでもなく、けれど拒むことは許さないと告げるように、篭められる力。……キャバッローネの跳ね馬と呼ばれるこの男が、実はその胸の内に、酷く我儘な本性を隠し持っていることを、一体どれだけの人間が知っているんだろうかと雲雀は思う。
顔が見たい、などと。
……一番、今雲雀が、一番ディーノに見せたくないのは、その「顔」だというのに。
先刻、十分に咀嚼することすら許されず、無理矢理に飲み込まされたチョコレートの数が幾つだったのか、その数を雲雀は覚えていない。咽喉の奥まで突き込まれた固い指の感触と、口腔を満たした甘く濃いアルコールの匂い。そして、口元のみならず、剥ぎ取られたシャツから覗く肌にまで滴り、塗り広げられた、チョコレート混じりの唾液。
雲雀の身体をソファの上で散々に汚し、皮膚に纏わせた甘さを味わった後、ディーノは雲雀を、浴室に連れ込んだのだ。敏感な場所の間際まで、指と舌先とで弄られていた雲雀の身体は、焦らされた熱に耐えるのが精一杯だった。
温かなシャワーが降り注ぐ下で、うつ伏せに組み伏せられて、そして。
(――ッ)
そのときのことを思い出して、雲雀は無意識の内に、身体を震わせた。
後ろから深く穿たれ、揺すられながら自分が漏らした声。
浴室の中で酷く響いていたそれは、耳に張り付いている。最奥を抉りながら、掌と指で弄られた自身から、幾度も、幾度も吐き出した白く濁るもの。噛み締めた唇の隙間から溢れた自分の吐息には、甘いとろりとした香りが染み付き、滲んでいた。
……雲雀自身、自分の記憶から抹殺してしまいたいそれらの全てを、多分、否間違いなく、ディーノは本人以上に鮮明に記憶しているに違いない。
声、呼吸、耐え切れず溢れさせた体液の感触。そしてその色や、生温い熱さ。
そんなものを知られた後で、見られた後で、顔など。そんなもの、絶対に見せてやってたまるかという、意地に近い正体不明の感情が、雲雀の中には浮かんでいるのだ。……が、しかし。
そのとき不意に、掴まれた肩に力が篭められた。
抗う間も無く仰向けにされ、鳶色の目に真上から見下ろされる。
ぽたり、ぽたり、と、濡れたままの金色の髪から、雲雀の頬へ水滴が落ちた。それを拭う指と、追って頬に落とされた唇の感触。
「痛くして、ごめんな」
反射的に閉じてしまっていた目を雲雀が開くと、間近には、鳶色の目があった。
「でも、今日だけでいいから。……お前のこと全部、可愛がりたい。駄目か?」
低く掠れた声で問い掛けながら、しかしディーノは、雲雀からの答えを待つ気は無いようだった。重なり合った唇の合間で、雲雀の歯列をディーノの舌先が丁寧になぞる。
先刻、指で無理にこじ開けられたのとは全然違う、甘く緩い、けれどそのせいで余計に拒みにくい触れられ方。……ひとつ吐息をつくと、雲雀は、投げ出していた腕を、ディーノの背に置いた。
「……恭弥?」
少し身体を起こしたディーノの目を真正面から受け止めた黒色の双眸が、少し揺れて、ふい、と逸らされる。薄らと色付いた首筋と、やはり未だ濡れている黒い髪が張り付いた肌の白さ。鳶色の目が甘く眇められた先で、雲雀の唇が、ゆっくりと動いた。
「……あとで……」
「ん?」
沈黙の先を促がすと、ディーノの背に、甘い痛みが走った。
「……あとで、咬み殺す」
「ああ。……あとで、な」
耳に注がれたディーノの声。
それに、溶けそうに甘い、愉しそうな笑みが滲んでいるのが面白くなくて、雲雀は相手の背に立てた爪に、力を篭めた。
……今日だけ、などと。
そんなどうしようもない嘘をつく相手に、どうしようもなく消えない傷を、刻んでやりたいと思いながら。
>>fin.
バレンタイン企画、皆様にちょっとでも楽しんで頂けたなら幸いです。
マヨさん、ありがとうございましたvvv
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