(けれどそのとき、恋に墜ちた)

written by Miyabi KAWAMURA
2008/0229






 最初に触れたのは、髪だった。
戦っている間は鋭利な弧を描いて動く黒い髪が、夕暮れの、融けた陽光の中では、柔らかく揺れていた。その手触りがどんなものなのか、ふと知りたいと思って、手を伸ばしたのだ。

 次に触れたのは、髪と、そして頬だった。
やはり前の日と同じ太陽の沈む頃、別れ際に髪に触れて、少し嫌そうに表情をきつくした相手の頬、に。……細い顎の線と普段からの言動のせいで、冷たく尖った印象ばかりが目に留まる相手だというのに、その肌は、髪と同じで殊の外、柔らかだった。
離れるのが惜しくなるくらいの温かな体温。屋上を照らす光に満ちた熱の所為かと錯覚しそうになりながら、けれどそれは違うと、頭の片隅で無意識の内に理解している自分が、そのときにはもう、既に存在していた。

 そして、その、次。
髪に触れ、頬に指を滑らせて。それだけでは足りなくなって、引き寄せた。
細い小柄な相手を抱き締めるより先に、どうしてもその吐息を感じたくなり、両頬を包んだ掌で顔を仰のかせ、奪った唇。その薄い造りの皮膚と、合間から漏れる吐息。

湿った温かなそれは、歯列がぶつかり小さな音を立てるたびに、あえかに揺れた。

貪るという言葉が見合う位に深く重ね、その内側に舌を差し込むと、混ざり合った二人分の唾液が、相手の口腔の中に流れ落ちた。幾度も、幾度も角度を変えて、強く抱き寄せ、息苦しさに抗い始めた四肢の身じろぎを、封じて。
相手の呻き声すら全て奪い取ることを繰り返し。そして、甘く、きつく嬲られすぎた唇を、相手が細かに震わせ鳴き声のような声を漏らすまで。


初めての、濡れた粘膜の交わりは、日が落ちるまで長く、続いた。







 雲雀は、先刻からずっと身体を震わせている。引き寄せた細い腰と、そしてディーノの腕に添えられた手からも、それは如実に伝わっていた。

「……もう、止めるか?」
「……ッ、ん……っ」

噛み締めた唇を緩く開き、何事かを言おうとして、けれど言えずに。
詰まらせた息を飲み込むようにして、ふるりと首を振った雲雀の首筋は、薄赤色に色付き汗ばんでいる。

「ぅ、……ぁ」

許すでもなく、かといって、拒むでもなく。
初めてディーノが雲雀に、戦いのさなか以外の接触をしたそのときから、雲雀は驚くほど従順に、ディーノの指と掌、そして唇を、受け入れていた。その理由は、ディーノには分からない。もしかしたら、雲雀本人ですら、分かっていないのかもしれない。……ただ、止めることは出来なかった。触れること、触れられること。互いに、今更それを止めることなど出来ないということ。そのことだけは何故か、疑い様もなかった。

 ベルトを緩め、ファスナーを降ろした中に進めた指先に、ぬかるんだ感触が絡んだ。
雲雀の表情を見詰めながら、先端からゆっくりと形を確かめる様に撫でていく。瞬きと、張り詰めた呼吸。上下する睫毛の下の黒い目は、きっともう潤んでいるだろう。それが見たくて、耳元に寄せた唇で、顔を見せて欲しいと告げた。……が、雲雀はやはり、首を振った。
ここで無理を強いる気は、ディーノには無い。ただその代わりに、狭い布の中に、掌全体を潜り込ませた。

「! ん、ン……っ」
「恭弥」
「ぅ、あ……ッ」

とくり、と溢れ、量を増したぬかるみごと、固く張り詰めたところを愛撫する。
ディーノに支えられているとはいえ、膝を崩しそうになっている身体を自分の方に凭れ掛かる風にしてやると、雲雀は俯いて、ディーノの胸元に額を強く寄せてきた。


赤と紫、そして濃いオレンジ色。
仰ぎ見る空と、屋上の高みから臨む景色の全てが暮色に染まる中で、腕の中に閉じ篭めた雲雀の身体。肩が上下するたびに、ふ、と吐き出される呼吸の音が僅かに耳に届く。
細く、固い。薄い背と華奢な肩。体温と、心臓の音。どく、どく、と鳴るその音が、雲雀のものだけでなく、自分の心臓の鳴る音だということに気付いて、ディーノは甘く、そして苦く、表情を歪めた。


早く、出してしまえばいいのにとディーノは思った。

身体を固くして堪えていないで、全部。
気持ちがいいのなら、自分の指と、手の中に全部、吐き出させてやりたい。



その瞬間、雲雀はどう震えて、どう声を漏らすのだろうか。



――深い吐息をつくと、ディーノは眼下の黒髪に口付け、掌の中の雲雀をきつく握り締めた。


「――ッ……!」


高く、掠れた声。
全身を細かに痙攣させ、吐精の瞬間の快楽に、雲雀が荒く呼吸を乱す。
……ディーノの手を濡らす、それまでとは比べ物にならない程に濃く熱い、白濁の感触。





 「ぁ、……」

ずる、と引き抜いた掌から、濁ったものが滴り墜ちる。
達した余韻の残る中、先端を刺激された雲雀が、また、啼いた。
照り返す赤いひかりに鈍くひかるものはまるで蜜の様に見えて、ディーノは、伸ばした舌先で、それを丁寧に舐め取った。

ぴちゃ、ぴちゃ、と音が鳴る中、ディーノの腕を掴んだ雲雀の指に、爪が食い込む位の力が篭められていく。……震えているくせに、なのに折れようとしない、頑なさ。


……けれど、だからこそ。



抱き締めたい、と、ディーノの中で胎動した思いが、衝動に変わる。




「……恭弥」




胸を塞ぎ、満たす感情。


こんなにも得難くて、こんなにも愛しい存在なんて、本当は、見つけたくなかったのに。







>>fin.

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