花、一枝
written by Miyabi KAWAMURA
2008/0303
暗闇の中、肌に這わされた指の動きと、そして息遣いとで、相手が未だ眠りに落ちていないことに気付かされた。
乾いた、けれど柔らかな感触が、肩の辺りで遊ぶように動いていた。
腕の中に囲い、抱き寄せる風にしている相手の身体は、情交の名残の熱で温かく汗ばみ湿っている。身じろぎの拍子に、絡んでいた脚が擦れ、相手がぴくりと下肢を震わせた。……けれど、離れていこうとはしない。むしろ逆に、触れ合う肌から伝わる体温が心地良いのか、微かな吐息が、二人きりの部屋の空気を揺らした。
「……薫りがする」
相手が、雲雀が漏らした呟き。
ディーノは答える代わりに、黒い髪を、緩やかに梳いてやった。
「あなたが、持ってきた花の」
言葉の始めと、そして最後が掠れた雲雀の声。
無理も無い。彼が声を出さずにはいられなくなるような、そんな抱き方をディーノはした。
雲雀が造ったこの並盛の施設は、限られた人間しか入ることが許されていない。殆ど二人きりと呼んで差し支えない状況で、腕を掴み、引き寄せ、唇を重ねて。
おそろしく広い、邪魔なものの一つも無い雲雀の私室で、白い褥の上に横たえた身体が纏っていた黒色の浴衣を剥ぎ、露わにしたすべらかな肢体に唇を寄せ。隅々までを指で暴いて、そして溺れる様に、身体を繋いだ。
「誰かに、届けさせれば良かったのに」
わざわざ自分で来るなんて、相変わらずなひとだね、と、溜息混じりに続けた雲雀は、しかし枕代わりにしているディーノの左腕から起き上がる気配は見せなかった。
寝心地の良いところを探すように寝返りを打って、深い息を零す。
――それに誘われて、ディーノは雲雀を抱く腕に力を篭めた。相手の体を己の下に巻き込むようにして、体勢を変える。仰向けにさせた雲雀を真上から組み敷く姿勢をとって、ディーノが告げた。
「暗いな。……こんなに近くにいるのに、お前の顔も見えない」
緩く甘く、笑みを滲ませたその声音も、低く掠れている。
「……それが、なに?」
言葉の合間に近付いた距離が、消えた。
重ね離すだけの、唇の接触。口付けるというには足りない程度のそれは、繰り返されていく内に、雲雀の唇のみならず、顎先や頬、首筋への愛撫に変わっていった。
「……、……ッ」
押し当てられた唇の隙から現れた、柔らかな濡れたものが、雲雀の咽喉に触れた。
唾液を纏わせた舌で皮膚の薄さを確かめるように舐められた後、歯列が添えられる。そこを噛まれながら、同時に脚の付け根に割り込ませた大腿で弱い場所を擦られて、雲雀は息を詰めた。
「……っ、ァ」
首から下へと、細やかな甘噛みが落とされていく。
鎖骨を食まれ、噛み痕を残されて、雲雀は膝を細かに震わせ始めた。
「脚、開けよ」
「ん、ぅ……っ」
「……なあ、早く」
「――ッ!」
下肢に加えられる、ゆるゆるとした刺激。
二人の身体を隠しているのは、薄く上質な掛け具と、そして互いに脱ぎ散らし合った浴衣だけだ。ディーノの言葉と行為に促がされるまま雲雀が動くにつれ、布が肌の上を滑り落ちていく。暗闇の中にほの白く、雲雀の下肢が浮かび上がる。立てた膝の合間にディーノの身体を迎え入れ、組み敷かれたまま身じろぐ様に、布擦れの音が被った。
真夜中の、静謐であった筈の空気が、少しずつ変わっていく。
再び体内に巡り始めた熱。そうすればどうにかなるとでも思っているのか、雲雀の腕が持ち上がり、ディーノの背に回された。触れた皮膚に爪を喰い込ませ、指先でそこに縋る。
「ふ、ぁ……ッ」
いつの間にか、雲雀の先端からは、ぬるつくものが溢れ出していた。……けれどディーノは、そこへ手を遣ろうとはしない。自分の身体の下で、雲雀が腰を捩り声を堪えて唇を噛む様を、鳶色の目で見つめるだけだ。
「ン……っ」
もどかしい刺激だけでは足りなくなったのか、雲雀が、腰を浮かせた。
掠れた息を漏らしながら、浮かせた下肢を、ディーノにぶつけるようにして揺らす。ぎこちなく淫らな、ねだる仕草。雲雀の身体の表面に薄く浮いた汗と、そして滴る粘液が、ディーノの肌をも汚していく。
薄く開かれたままになっている雲雀の唇の隙から、暗闇の中で尚映える舌先の赤が覗いた。その色に惹かれて、ディーノの舌が雲雀の口腔深くに沈んでいく。
黒い目の眦が潤んでいく様子を間近に見遣りながら舌を絡ませ、雲雀の動きに合わせて身体を動かす。……自分を組み伏せ、見下ろしている相手の欲望を示す部分が、次第に固く張り詰めていくのを直接に肌に感じさせられて、雲雀が煽られた快楽に咽喉を震わせた。
ディーノの身体を強くきつく抱き寄せて、耳朶に押し当てた唇で、雲雀が何事かを囁いた。それに僅かに動きを止めた後、ディーノもまた、雲雀の耳元に唇を触れさせたまま何か答える。――僅かに離された身体の間に、細い指が這わされた。自身と、そして相手のものとを同時に弄りながら、雲雀が背を仰け反らせた。
しなやかに撓る肢体を、鳶色の目に晒していることで余計に感じるのか、触れて撫ぜるだけだった指の動きが、次第に淫らなものになっていく。
ひそやかに張り詰めた、互いの吐息だけが響く。
小さく呻き、息を飲み、声を殺しながらの手淫。
達しきれず、いやがるように首を振った雲雀の額にディーノが宥める為の口付けを落としたそのとき、あえかな芳香が過ぎった。……それは先刻、雲雀が気付いた薫りと、同じものだった。
紅の、芳香。
ディーノが、雲雀に見せたいと思い携えてきた、紅梅の一枝。
「! ゃ、……だっ」
突然に、己の手ごと自身を握り込まれて、雲雀が引き攣った声を漏らした。
ぐちゅ、と強く上下に扱かれる刺激に見開かれた黒い目を、鳶色の目が射竦める。
「――ッ……んんっ!」
剥き出しになった先端の粘膜を爪で抉られた瞬間、全身を震わせて、雲雀が達した。
強張り、そして弛緩していく細い下肢。そこに隠された小さな口の上を濡れた指で撫ぜながら、ディーノは再び、雲雀の唇を奪った。――今夜、既に一度抱いた身体は、ディーノの指を従順に飲み込んでいく。触れた内襞を愛撫してやれば、そこは柔らかに蠢動した。
「ぁ、ぅあ……っ」
「……ここに欲しい?」
「……ッ……」
今までの、時間をかけて深くゆっくりと刻み付ける類の触れあいが嘘だったかのように突然中を嬲られて、雲雀の表情が歪む。……しかし、ディーノは手を止める気はもう無いようだった。
指を引き抜き、突き入れ、敏感で繊細な中に爪を立てて雲雀の啼き声を引き摺り出していきながら、次第に溶けていく雲雀の表情を見詰めている。
「ゃ、……ぁ……っ」
暗闇の中で薫るしめやかな吐息と、重ね合わせた肌を濡らす体液。
滑らかな身体の奥を開いて、その中に欲情を注ぎ込む行為。
――「抱く」というよりも、そして、「犯す」というよりも。この行為を表すに、もっと相応しい言葉があることに気付かされて、ディーノは雲雀へ据えていた目を、向こうへとふと逸らした。
二人の周囲を満たす暗闇の先。
そこには、一枝の紅。
細い腰を掴んだ途端、これから与えられる刺激の予感からか、雲雀の先端の窪みがぴくりと震え、新しい蜜を滲ませ始めた。熟れきったそれを見遣るディーノの目にも、灼けつくような欲情の色が透ける。
「……手折る、か」
思い浮かべ、そして唇に乗せた言葉が持つ、思いの外の艶めかしさと淫らな響き。
散々に解してやった雲雀の中へ自身を穿ち入れていきながら。
ディーノは、紅の薫りに酷く酔っている自分を感じていた。
>>終.
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