その指が嫌い
written by Miyabi KAWAMURA
2008/06/05
カーテンを揺らす、暖かな春風、春の日差し。
校庭ではどこかのクラスが体育の授業中なのだろう、踏みしめられる砂の音に混ざって、歓声が聞こえてくる。
こんな晴天の日に、カーテンがひかれたままになっている応接室。
その窓を仰ぎ見る人間の内、訝しく思うものは、一体どれ位いるだろうか。もしかしたら、あまりいないかもしれない。応接室の、否、並盛の主たる風紀委員長が、うたた寝でも貪っているんだろうと、そう考える人間の方が多いような気もする。……雲雀からしてみれば、それは不愉快で不本意なことだ。
通常ならこの時間――並盛中の時間割でいうところの二限目にあたる時間は、風紀委員から上がってくる案件に目を通すことに使われている。
それは並盛の秩序を保つ為に必要な作業であり、なのに今、雲雀のその貴重な時間は、全く別のことによって浪費されてしまっていた。
毎日、定刻通りに運ばれてくる書類を待つまでのほんの少しの時間、窓辺に立ち、外を見ていた雲雀の肩越しに、伸ばされた腕があった。
ジャッ、と音を立てて目の前のカーテンが引かれ、突然遮られてしまった視界。
その無遠慮を許せる訳がなく、振り返ろうとした刹那、後ろから抱き締められた。
細いな、と、揶揄されたのと、身体に這わされた掌と、早かったのはどちらだろうか。いずれにせよ、雲雀が着ていたシャツと薄いニットのベストでは、不埒な不意打ちをしのぐことは出来なかった。――相手の気配に気付くことが出来なかった瞬間にもう、雲雀の負けは決まっていたのだ。
乱されたシャツの裾から差し込まれた、乾いた掌の感触。
ディーノの手は、雲雀のそれよりも一回り以上大きい。長い指先は整えられていて、けれど皮膚の所々、固く厚みを増している部分の存在が、この手が鞭使いの手であることを示していた。
「……ッ……」
雲雀の手に、ぎちりと力が篭もる。カーテンの布ごと掴んだアルミサッシの窓枠は、当たり前だがとても硬い。けれど今の雲雀には、その揺るぎない硬さが丁度良かった。
震えの隠せない膝を、ほとんど無理矢理に立たせ、身じろぎを繰り返す。
張り詰めた吐息を噛み締めた唇の隙間から逃がして、与えられる刺激に表情を歪めながら、雲雀は背後から自分を抱く体温に全て委ねてしまいたいと訴える欲情を、無理矢理押さえ込んだ。
「力、抜けよ。……なぁ」
「ッ、あ……っ」
雲雀が見せる頑なな仕草の全てが、ディーノの目には愉しく映るらしい。
笑みの滲んだ言葉と同時に噛まれた耳に、濡れたものが触れる。鼓膜を揺らす声と、触れる舌先の濡れた感触。どうしようもなく煽られて、雲雀はふるりと首を振った。
「――ッ!」
途端、胸元に走った、鈍い痛み。
「……ん、ンッ」
指先の色が無くなるくらいに力を篭めると、その強さでカーテンが窓枠の上を滑った。結果、布だけをきつく握り締めることになってしまう。
「恭弥」
「ァ、ん、んん……っ」
雲雀の身体の揺らぎに合わせて、掴み縋ったカーテンが揺れた。
自然の風にそよがれたときとは違う、かちゃかちゃと鳴る、不自然な音。
草食動物たちが安穏と過ごしている外の世界と雲雀とを隔てているのは、陽光が透ける布一枚だけだ。そんな、身を隠すのがやっとな位の、酷く無防備なものの影で、“あの”雲雀恭弥が。……衣服を乱され肌を探られているなど、誰も思わないに違いない。
胸元から生まれる熱を孕んだ痛みに、雲雀はきつく目を閉じた。
この状況をどうにかしなければ、と思考を巡らせるそばから、与えられる刺激に身体だけが敏感になっていく。……こんな程度のことで、屈することは、絶対に出来なかった。
まだ、なにもされていない。
ディーノの掌は、雲雀の身体の表面をなぞっているだけなのだ。
薄い腹部と、そして同じく薄く平坦な、柔らかな膨らみも何もない胸元。それを指先と掌でなぞられ、時折爪を立てるようにされているだけで、なのに。
「……っ、つ……!」
胸の尖りを押し当てた指の腹で潰され、雲雀の背が反った。
色濃く充血し敏感になっている左右の尖りは、ディーノの指先が掠るだけでも痛みを訴える程に腫れている。しかしそれに気付いている筈なのに、ディーノは先刻からずっと、雲雀の胸元だけを執拗に愛撫し続けていた。――雲雀には、その意味が分からない。
自分のその場所は多分、愛撫を受け取るべき場所じゃない。柔らかくもない、ふくらみもない場所など、触れても意味がないだろうし、触れられても痛みを感じる、それだけの筈だ。
「何、考えてる? 恭弥」
「ぁ……、……ん、ンっ」
胸元から脇腹を掌で撫で下ろさられ、雲雀の咽喉から吐息が溢れた。
「此処、も……」
固くなってる、と、愉しそうな笑みの滲んだ声で囁かれ、その意味を雲雀が理解する前に、滑らされた掌で、制服の下衣越しに自身を押し撫でられた。
「――ひ、ぁ……ッ!!」
「……まだ、胸しか触ってねぇのに、な?」
「ァ、あ……っ、んん……ッ」
与えられた刺激に、雲雀の腰がびくりと震えた。
背後から腕を回されているのだ、腰を退けば、後ろに立つ相手に身体を預けてしまうことになる。けれど前に逃げれば、触れてくる掌に、自分から感じずにはいられない場所を擦り付けることになってしまう。……もう逃げ場は、ひとつも無かった。そしてそのことに、雲雀も本当は気付いていた。
「離し……っ……」
震える咽喉から搾り出した声で拒むと、逆に抱き寄せられてしまう。
「逃げんな」
雲雀の下肢に左手を当てがったまま、右手で再び雲雀の胸を撫ぜると、ディーノは両手をゆっくりと動かし始めた。
「――ッ! ……ゃ、もう……っ」
直接に肌を弄られて痛みを訴える乳首と、制服の布越しに揉みしだかれ、快楽を訴える下肢。両方を同時に嬲られる刺激は、行為に未だ不慣れな雲雀には強すぎた。
自分の身体の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う二種類の快感を持て余して、雲雀の眦からぽたりと涙が零れる。
掌を濡らすそれに気付いたのか、ディーノの愛撫の手が止まった。
「……泣くなよ」
それまで散々好き勝手に動いていた腕が、今度は大切なものを包み込むような仕草で雲雀の身体に回された。
「お前が嫌がることなんて、何もしてないだろ?」
雲雀を後ろから抱き竦めたまま、殊更に甘い声音で言うディーノの意図は明白だった。
自分のする愛撫を全部、雲雀に受け止めさせる気なのだ。
このまま、此処で。
雲雀のテリトリーである、何人にも侵させる訳にはいかない、応接室の中で。
カーテンをきつく掴んだまま、強張ってしまっている雲雀の右手に向かって、ディーノの指が伸ばされた。手の甲をなぞり手首まで辿ると、そこを掴む。
「……恭弥」
「――ン、んんっ!」
右の手首をぎちりと握り込まれるのと同時に、雲雀の左大腿に添えられた手に、ゆっくりと力が篭められていく。
「ディ……ッ、ぁ」
「……ん?」
脚の付け根に触れるか触れないかのところで指を動かされ、雲雀の咽喉が震えた。
先刻から緩々とした刺激を加えられ続けている自身は、もうとっくに、制服の下衣の中で熟れてしまっている。そこから僅かに離れた場所を爪で掻かれるもどかしさに、雲雀の腰が無意識の内に揺らいだ。促がされるままに力が抜け、ほぐれた右手の指の合間から、カーテンが離れる。ディーノに完全に寄りかかり、背を預ける姿勢になってしまった雲雀の耳に、荒く乱れた自分の呼吸が届いた。
「そのまま、大人しくしてろ」
情欲で湿りきった声で言われてしまえば、逆らいようが無くなる。
後ろから回した両手で、ディーノは器用に雲雀のシャツのボタンを外し始めた。
ひとつひとつ、合わせが緩められていくに連れて、肌が露わになっていく。浮かんだ涙で滲んだ目で、雲雀はそれを黙って見下ろしていた。背中に感じる温かな体温と、耳に注がれる声。
「――ッ……、ぁ」
この後に続けられるだろう行為と、それによって得られる快楽を思い出して、雲雀の唇から無意識にねだる吐息が零れた。
「お前も手伝えよ、恭弥」
「っ……、なに」
「ベルト」
シャツの一番下のボタンを外したその手で、ディーノは雲雀の左右の手を掴んだ。
「自分で、脱げるだろ?」
持ち上げた雲雀の手を、ベルトに触れさせる。
「ほら。……早く」
いい子だから、と、普段の雲雀からすれば屈辱的以外の何物でもない言葉も、今この瞬間だけは、有効だった。
「……ん、……ッ」
ひとつ息をついた後、雲雀の指が覚束ない仕草で動き出した。
かちゃり、と、微かな金具の音が立つ。――雲雀が見せた、らしからぬ従順さに満足したのか、ディーノが咽喉の奥で笑った。
「……お前。そんなに、オレのこと好き?」
自らがした問い掛けの返事を待たずに、雲雀の指によって下ろされたファスナーの隙間から、ディーノはその中へ掌を捻じ込んだ。先走りで濡れた下着の上から雲雀の形を確かめるように指を這わせ、鳶色の目を甘く眇める。
「こんな風に……、」
「――ッ! ……んんっ!」
握り込まれ、耐え切れない刺激に立っていられなくなった雲雀が床に膝を付いた。
乱れた呼吸を整える間もなく、肉塊を引き摺り出される。ディーノの掌の中で熟れ、先端から白濁混じりの先走りを滴らせている自身。――そんなもの見ていたくないのに、けれどディーノの指が動き出した瞬間、雲雀はそこから目が離せなくなってしまった。
「ゃ、だ……、ぁ……っ」
根元から先端まで、両手で握り込まれ扱かれる。
剥き出しにされた粘膜に指の腹が擦りつけられ、蜜を零す窪みの淵には爪が掛けられた。
塗り広げられた体液が立てる、湿った音。
一番弱い先端を捏ねられ悦んだ肉塊は、ディーノの掌の中でびくりと震えると、濁ったものを吐き出した。
「! ……ッ、……ぁ」
床に飛び散った白濁を見遣る潤みきった黒い目が、達したばかりの自身に再び指を絡められる感触に揺らいだ。
「勝手に、酷いことされてんのに、それでも?」
「ぁ、う……、ン……んっ」
雲雀の下肢を掌で押し撫でるように扱きながら、ディーノは目の前の黒髪に唇を寄せた。
「も……ぅ、手、止め……っ」
髪に繰り返し落とされる、宥めるような口付け。
腰の奥に溜まり始めた重苦しい熱を嫌がって、雲雀の指が、尚も悪戯を続けるディーノの手に添えられた。――腕に包んだ細い身体は、さっきからずっと震えている。それを感じて、ディーノは甘く嬲り続けていた場所から手を退いた。
雲雀の汗と、吐き出させてやったものとで濡れそぼった掌で、雲雀の手をそっと包む。
「わかった。……ごめんな」
床に腰を下ろし膝の間に雲雀を抱き寄せると、身体を反転させる。……今日初めて見る、雲雀の顔。色付いた眦と上気した頬、噛み締めてしまったのか、赤味の増した唇に触れたくなるが、ディーノはそれを押し殺した。
背に回した腕に、ゆっくりと力を篭めていく。
掠れた吐息を漏らした雲雀が、固く強張らせていた身体の力を、僅かに抜いた。
宥めるように髪を梳き背を撫でてやると、それでようやく安堵したのか、ディーノの肩口に当たる雲雀の呼吸が、浅く早いものから穏やかなものに変わっていく。
ディーノは、目の前の黒髪に唇を寄せると目を閉じた。
いつも、そうだ。雲雀は、ディーノの手に――指に、とても弱い。
それは、ディーノが初めて雲雀を抱いたときから……無理矢理に身体を開かせ傷付けた初めてのときから、少しも変わってはいなかった。
暗く苦い後悔と同時に、「それでも手に入れた」という甘く痺れるような喜びが、脳を満たし広がっていく。
雲雀を抱き締めるたびに自分の中に浮かぶその感情に引かれるまま、ディーノは雲雀を抱き締める腕に力を篭めた。
雲雀を酷く傷つけ、消えない痕を残した自分の手、そして指。
なのに雲雀は、他の何よりも――ディーノの注ぐ言葉よりも何よりも、一度自分を傷付けた筈のそれから与えられる柔らかな愛撫を、欲しがっている。
目を開くと、ディーノは自分の手を見遣った。
見慣れた手、だ。
鞭を操ることに慣れ、人を殺めることに慣れた手。
それを後悔するつもりも否定するつもりも無いが、けれどもし一つだけ悔いることがあるとしたら、それは雲雀を傷付けたこと。それだけ、だった。
両腕の中に捕らえた相手の、形の良い後頭部に掌を当てる。
さらさらとした髪を優しく、殊更に優しく掻き混ぜるように撫でると、ディーノは指に掬い上げた黒髪を、否、黒髪を掬い上げた己の指を見詰めた。
雲雀が好きだという、この指。
けれどその指を、ディーノ自身は未だにどうしても赦せずにいた。
そしておそらくこれからもずっと赦せないだろうと、そう解っていた。
>>終
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