caressingly
written by Miyabi KAWAMURA
2008/0402
身体の下に抱き込んだ相手の髪を撫で、両頬を掌で包みながら唇を重ねた。
このまま離したくねえな、と、恭弥に会うたびに心を満たすどうしようもなく甘くどうしようもなく留めようのない感情を、笑みに混ぜて告げる。
言葉の合間に名前を呼んで、細く白い首筋に残してやった赤い痕の上を宥めるように舐めて。そしてまた、髪を撫でて。
例えば、恭弥のテリトリーである応接室でこういう触れ方をすると、彼はとても怒る。
「鬱陶しい」、「うるさい」、「邪魔だよ」などと、可愛げも無く言い捨ててオレから離れようとする。……が、正直、そういうときの恭弥が、オレにとってはひどく可愛らしいものに見えるのだ。如何にも嫌そうな顔をしてみせるくせに、オレの指が一度彼の頬や髪に届くことに成功してしまうと、恭弥は絶対に自分からそれを振り払おうとしない。
ふい、と逸らされた黒い目がゆっくりと瞬きし、睫毛が頬に影を落とす様をオレが見詰めていることに、間違いなく恭弥は気付いているだろう。けれど自分の身体が、オレの視線に晒されている耳元と首筋が、そういうとき僅かに赤く色付いてしまっていることには、多分恭弥は気付けていない。……愛されることに、触れられることに不慣れな身体を、一度溶けるくらいに可愛がってやりたいと、オレはいつも考えている。
恭弥がどれだけ甘い声で啼いても離さずに、シーツに沈み込ませた身体の隅々にまで唇を寄せ、掌を合わせ指を絡めて、逃げられないようにしたまま。
髪、額、瞼、唇、顎、首、鎖骨、胸元、薄い腹部、そして腰骨の上。
恭弥の身体がどういう形をしているのか、それをオレがどれだけ愛しいと思っているのか順々に口付けていきながら教えてやり、そして最後に、柔らかでしなやかな皮膚の張った大腿を掴み開かせてその内側に噛み付いたとしたら。多分恭弥は、指先の色が無くなるくらいに力を篭めてオレの髪を掴んで、けれど我慢しきれない声を漏らして、身体を震わせるに違いない。そのまま、蜜を零すところを舌先で掬い、オレの咽喉の奥まで迎え入れて。
立てた歯で噛み扱き、先端を擽り、滲み出すものを全部飲み下して、そして――、
「ん、ン……っ!」
そのとき、どん、と背を叩かれて、オレは塞いだままにしていた恭弥の唇を解放した。
きつく絡めていた舌を解き、恭弥のそれと自分のそれを擦り合わせるようにして引き抜くと、唾液にまみれた舌先から伝ったものが、恭弥の唇を濡らす。
組み敷いた肢体が自分の下で身じろぐ様を思いながらしたキスは、恭弥には辛いものだったらしい。苦笑して詫び見下ろした黒い目の眦には、息苦しさからか、透明なものが滲んでいた。
「……どいて」
「ああ」
掠れてしまっている自分の声が嫌なのか、最低限のことしか言おうとしない恭弥の態度は、オレにとっては慣れたものだ。プライドが高くて気が強い教え子は、家庭教師として傍で過ごした十日間の修行の間にも、疲労と怪我で足元が危うくなっていたときにも、これに似た態度をとっていた。――でもそれこそが逆効果なのだということを、オレはわざと、恭弥に教えてやらなかった。理由? それは簡単なことだ。ほら、こんな風に……。
「ッ……!」
伸ばした腕を、オレは起き上がろうとしていた恭弥の背と腰に回した。
そのまま引き寄せると、鍛えているだろうに尚も華奢な身体は、簡単にオレの傍に戻ってくる。つい先刻まで、内側の柔らかな粘膜を嬲られていた子供の身体に抗う力なぞ残っていないことは、オレだけでなく恭弥自身も自覚していることだろう。なのに恭弥は、素直に此処に――オレの腕の中に、戻ってこようとはしないのだ。
「ディー、……ッ」
ほら。……こんな風に。
毛を逆立てた猫みたいに声を尖らせ、オレを黒い目で睨んで怒るくせに。
その抵抗を全部封じて抱き締めてしまいさえすれえば。恭弥は、最初の内こそ身体を頑なに固くしているが、しばらくすれば、オレの体温に任せるように、強張った表情と四肢を柔らかなものに変えてくれるのだ。――肌と肌を触れ合わせたままで感じられるそのゆっくりとした変化を、オレは何度でも感じたい。簡単に溶け落ちてはくれない相手を何度でも腕の中に捕らえて、その温かさを感じたいのだ。
「……恭弥」
温かな身体。唇を寄せた黒い髪は柔らかい。
離したくない、ではなくて、離せないと思った。
「……ディーノ?」
不意に、恭弥がオレの名前を呼んだ。
恭弥の声は、オレの耳を心地良く愛撫する。他愛無い会話のときも、身体を重ねているときも。そしてこうして、名前を呼ばれるときも。
間近に見詰めた顔に、そっと唇を寄せた。
互いの吐息が交じり合う間際で、オレは少しだけ笑って、好きだ、と告げた。
甘い、とろける程に甘い、想いを伝える為の言葉。
なあ、恭弥。
オレの声は、お前の耳にどう届いてる?
オレの声が、お前にとってこの世界で一番の愛撫であればいいのに。
>>fin.
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