ケダモノノコイ。
written by Miyabi KAWAMURA
2008/0419
雲雀には、ひとつ問題がある。
天性の才なのだろう、戦っているときはどんな状況になっても即座に最適な反応をしてみせるし、敵の思惑を察するのも早い。その結果、殆ど負け無し、ボンゴレの次期守護者たちの中でも随一の実力を誇るまでの強さを、彼はディーノが家庭教師として訪れる前から既に有していた。
けれど、根本的なところで、やはり雲雀には、とても大きな問題があるとディーノは思っていた。――彼は、雲雀恭弥は、強情なのだ。とにかく。
確かに手合わせの回数を重ねていくたび、この教え子は進化している。
攻撃に集中し始めると、防御を省みない癖。
身体が限界を訴えていても、退くことよりも戦闘欲を優先させてしまう癖。
ディーノがそれとなく、時にはいささか強引な手段を使って指摘してやったそれらの弱点を、雲雀は確実に消化していっている。柔軟で、且つ冴えた才覚をしていなければ、この伸びはありえない。そのことは、他でもないディーノが一番理解している。――要するに、雲雀は無駄に頭が固いだとか、意固地であるとか、そういう訳ではないのだ。……ただ、ひたすらに、強情なだけで。
久しぶりに感じた、想い人の体温。
その心地良さを雲雀と共有したくてディーノが取った手段は、相手を抱き枕よろしく両腕の中に閉じ込めてベッドに寝転がる、という極めて単純なものだった。
「腕、邪魔なんだけど」
重い。
言い放たれた雲雀の言葉は素っ気無く、けれど身体に回されたディーノの腕を、彼は自分から剥がそうとはしない。
「いやだ。離さねえ」
今日は、逃がしてやらない。
相手の口から明確な拒絶の言葉が出るまでは逃がしてやらないと、ディーノは最初から決めていた。
こうして直接に雲雀と会えたのは、本当に久しぶりだった。
その原因は主にディーノが多忙を極めていた所為にあるのだが、二人のどちらに理由があるにせよ、互いが互いに会えずに過ごしていた時間の長さは等しく両者に存在している。よって、自分が相手に触れていたいと望むのと同じだけの気持ちを、雲雀も今感じてくれている筈だと、ディーノは思い込むことにした。というか、思い込んでいるふりをした。……雲雀は、他人の勝手を寛容に許す性格なぞ持ち合わせていないように見せて、しかし一度傍にいることを許可した相手には、存外甘いところがあるのだ。
「咬み殺すよ」
聞きなれた口癖に、ディーノは緩く笑った。
腕の中の相手を見下ろせば、不機嫌そうに顰められた眉と、黒い瞳。柔らかな稜線を描く頬と唇。その柔らかさがどれほどのものか、ディーノはとうに知っている。知っているからこそ、咬み殺す、という雲雀恭弥最高の威嚇の言葉を耳にしたところで、大人しく退いてやる気は少しも起きない。……殺す? 冗談もいいところだ。殺気も何も篭められていない威嚇など、むしろそんなもの、雲雀がディーノの行為を許容してることの証明にしかならない。
「本当に、素直じゃねえな、お前は」
「……言葉の意味が理解出来ないのかな、あなたは」
視線を険しくした相手の髪に、ディーノは咽喉の奥で笑って唇を落とした。そしてそのまま、雲雀の身体を、自分の下に引き寄せる。
十代の少年らしい幼さを残した顔を、真上から見下ろす。
黒い髪が、白に近いクリーム色のシーツに散っていた。
目を凝らすと、このシーツには、生地よりも少し濃い色で、意匠化されたホテルのロゴがプリントされていることが分かる。キャバッローネの長として、渡航先でホテルに泊まる機会も多いディーノだが、だからといって宿泊した部屋の細部までいちいち覚えている訳ではない。が、日本を訪れるたびに使っているこの部屋だけは別だった。
要するに、それだけ雲雀を抱いた、ということだ。
この部屋の、このベッドの上で。
「怒ってんのか?」
「分ってるならどきなよ」
ディーノを真っ直ぐに見据える目はとても強くて、彼の方こそ、今の状況の危うさを、分っているのか否か。
「いやだって、さっきも言ったろ。どかないし、逃がさねえ」
「ふざけるな」
撫でた髪に指を絡ませ、梳いてやりながら少しずつ顔を寄せていく。
金色と黒色の前髪が触れあい、吐息が互いの唇を擽った。二人の距離は、もう殆ど無い。組み敷いた相手の脚を、ディーノは膝で割った。雲雀の顔の左右に肘をつき、形の良い頭を腕と掌で抱き抱えるようにして、間近に見詰める。
密着した身体を包む衣服越しに、鼓動すらも感じることの出来る近さ。
そのとき、持ち上がった雲雀の左手が、ディーノの肩を掴んだ。
「……何だよ?」
ぐ、押され、無言のまま離れろと伝えてきた雲雀に、しかしディーノは敢えて言葉を促した。
「恭弥。何?」
聞きながら、唇を重ねた。
薄い皮膚が隙間なく触れ合う。しかし口腔の中までを許す気は無いのか、雲雀は頑なに唇を閉ざしている。
ディーノは、わざと下肢を揺らした。
自分の大腿が相手の弱い場所にぶつかるようにしてやると、雲雀の瞼がぴくりと震えた。……目を閉じてしまったら負けだとでも思っているのか、ディーノを睨む視線の強さだけは変わらない。
そんな雲雀を見詰めながら、少しだけ唇を離して、次の手段に進む。
雲雀の背とシーツの間に、ディーノは左腕を滑り込ませた。
そのまま、ぐ、と力を篭めて抱き寄せてやる。
「……っ……」
より密着した身体。雲雀の体温が上がり始めていることは、漏れた吐息と、そして背に回した腕でシャツ越しにでも感じることが出来た。
「……っ、ディーノ」
「ん?」
雲雀に掴まれたままの肩。引き寄せるでも押し返すでもなく、ただ細い指先に、力が篭められていく。
「言いたいことがあるなら言えよ。……言えねえ?」
「ぅ、るさい……っ」
「ったく、お前は」
抱き寄せていた雲雀の身体をシーツに戻すと、ディーノは右手で相手の左手首を掴んだ。そのまま自分の肩から引き剥がし、シーツの上に縫い止める。
「離……ッ!」
離せ、か。
雲雀の声を耳にして、ディーノは鳶色の目に苦く、そして甘くもある笑みを滲ませた。もし、「離せ」ではなく、雲雀が「嫌だ」と言ったなら、このまま逃がしてやっても良かったのに。
体重を掛けてやれば、逃れようと身を捩らせた細い肢体の抗いを、簡単に封じ込めることが出来る。残された右手で雲雀が続けた抵抗も、やはり反対の手と同じ方法で封じた。
「恭弥」
掴んだ両手首は、酷く細い。
上気した頬、薄らと赤く色付いた首筋、薄く開かれ、浅い息を漏らす唇。
「強情すぎるのは駄目だって、前にも、教えただろ?」
「……殺されたいの」
雲雀の手首の骨が自分の掌の骨に当たる感触を意識しながら、ディーノは組み伏せた相手を見下ろした。
「恭弥」
「――ッ……」
ひたりと視線を重ね合わせ、最後通牒だと知らせる声音で名前を呼ぶと、鋭さと強さを残したまま、けれど、雲雀の黒い目が僅かに揺れた。
……駄目だろう、そういうのは。
ディーノは、心の内でそう呟いた。
確かに、教えてはいない。
雲雀の、雲の守護者の家庭教師としても、そして許された分を越えた関係を持つようになってからも、彼に教えてはいない。――そんな顔は、相手を煽るだけだということなど。
無理に抱きたい訳ではない。
怖がらせたい訳でも、傷つけたい訳でもない。けれど、これでは。
「……躾け直し、だ」
酷い言葉を、酷く甘い声で。
これから自分が何をされるのか、相手が嫌でも理解せざるを得ないように深く唇を重ねていきながら、ディーノは掴んだ雲雀の手首を、強く握り締めた。
>>fin.
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