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この空に果てはあるの

written by Miyabi KAWAMURA
2008/0503






 ここから見る景色が好きだった。


 朝の、高く抜けるような青い空の色も。天高く昇った太陽から注ぐ光の明るさも。月が浮かぶ深い藍色の空はまるでそのまま宇宙の色のように感じられたし、手を伸ばせば、星にすら触れるのではないかと思えた。



 改装工事がされたのか、新しい白色のフェンスは昔ここにあったものより幾分か高さが無い。こんなでは、寄りかかって少し身を乗り出せば、下に落ちてしまうだろうに。……ふと頭を過ぎった誰へともつかない危惧は、けれどすぐに消えた。ここへと、屋上へと続く扉は、今さっき自分によって壊されるまで、固く固く、閉ざされていた。もしかしたらここには、今は誰も、立ち入ることが出来なくなっているのかもしれない。それは少し淋しいことで、けれど、逆に喜ばしくも感じられた。


ここには、誰も来なくていい。来れなくていい。
自分と、そして、彼以外は、誰も。


骨の色みたいに白いフェンスに腕を手を掛け、空を見上げる。
青い。つくりものみたいに、ただひたすらに青い。この青が、時間につれて色を変えていく様を、自分はここで何度も見た。それは一人きりのときであったり、そして二人きりのときであったりもした。




「悪くない色だね」




声と共に、背に添えられた、掌の感触。


「飛べそうな色だ」


――鳥みたいに。


そう言いながら、オレの背の、翼の名残と呼ばれる骨の形を、確かめるように撫ぜる仕草。


「お前は?」


翼を持ついきものと、同じ名を付けられた相手なら、もしかしたら。
まるで御伽話みたいなことを思いながら返した問いに、しかし答えは戻らなかった。



風が吹く。けれど、視界を埋める一色の青は揺らがない。




「ねえ」




オレの背に、ひたりと当てられた掌。
頬が寄せられる気配にどうしようもなく振り返りたくなるけれど、それはもう二度と出来ないことなのだと、オレ達は互いに理解していた。

「一つだけ、あなたに教えてあげようか」

ああ、また、風が吹いた。
空気が揺れる音が邪魔だ。許さない。彼の声を邪魔するものは、何であっても許せなかった。


永遠にこの声が記憶の中に残ればいい。ここにある空気は、彼の声をオレに伝えるためだけに使われればいいと、そう思った。呼吸なんて出来なくてもいい。空を飛ぶ鳥の全てが地に落ちても、それでも構わない。少しのとりこぼしも無く、全部、彼の身体から生まれた声の全部を、オレのものに出来さえすれば、それで。



「あなたが、そうやって空を見るたびに」



彼が離れたのか、それともオレが離れたのか。
区別がつけられない程の微かな感覚を遺して、ふ、と消えていく、掌の感触。そして、体温。




「……僕はいつも、あなたのことを見てた」




二人の身体が離れる間際に、オレの耳を揺らした最後の声。




完全なる隔絶と別れを意味するそれはしかし、彼から貰った、初めての告白の言葉だった。






>>fin.


 
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