こたえあわせ

written by Miyabi KAWAMURA
2008/0630
(2008/0422〜0630迄の拍手御礼文)







 腕を回し抱き寄せた身体の細さは、相変わらずだった。

雲雀の背に当てていた掌を彼の腰骨の辺りに沿わせると、ディーノは指を開き、そこを左右から掴んだ。
流石に、指が回ってしまう程の細さは無い。けれどただ痩せているだけ、虚弱なだけとは違う、無駄なものが削ぎ落とされた結果のしなやかな造りをしている雲雀の身体は、それもやはり相変わらず、おそろしい位に抱き心地が良かった。




 ディーノの肩に置かれている雲雀の指は、先刻から掴まり易いところを探るように動いている。
無理もない。唇を交わし始めてからずっと、雲雀の踵は空に浮いているのだ。……いくら彼がバランス感覚に優れているといっても、戦闘のときに発揮されるそれが今のようなときに役に立つかといえば、間違いなく別問題だろうと思えた。



 二人の身長差が結局いつまでたっても埋まらなかったことが気に入らないのか、雲雀は普段なかなか自分から口付けを仕掛けてはこない。その原因が、単純極まりないものであることは、ディーノも知っていた。――妙なところでプライドが高い雲雀は、ディーノと唇を触れ合せる為に、自分の方が「背伸びをしなければならない」という事実が、我慢ならないらしい。


……なのに、今夜は。
理由は分らないが、今夜の彼はとても機嫌が良いようだった。


ディーノが雲雀の身体に触れるより早く、相手の方から伸ばされた指。
名を呼ぶ間も、問い掛ける間もなく重ね合わされた唇の感触。口移しにされた甘やかな吐息と、柔らかな舌先でされる口腔への愛撫。……より深くそれを味わいたくて目を閉じたのは、もしかしたらディーノの方が、早かったかもしれない。






 絡み合わせた舌同士が、ぬるつく感触と共に音を立てた。


唾液の鳴る音は、他のどんな液体が立てる音よりも淫らに鼓膜を揺らす。
否、耳が捕らえるより先に、口蓋と頭蓋を震わせ響く音だから、そう思うのかもしれない。

自分の唇と口腔を雲雀の好きにさせたまま、ディーノは相手の腰を掴み直した。

僅かに隙が出来た唇の合間で、息を継いだ雲雀が掠れた吐息を漏らす。それに合わせ舌を甘噛みしてやると、気が済んだのか、雲雀がようやく身体を退いた。――口付けが、解ける。触れ合わせていた皮膚と濡れた温かさが離れきってしまう刹那、それまで雲雀の身体を支えていた両手を、ディーノはゆっくりと動かした。

左腕で薄い背を抱き寄せ、己の肩口に顔を埋めた相手の髪を、右掌で撫ぜる。
指で梳いた黒髪はさらさらとしていて、ずっとこうしていたい位だった。




「……ねえ」




緩く長く続いた口付けで乱れた息が整ったのか、けれど未だ艶を含んだ声音のまま、雲雀が言った。


「あなたの目が見たい。……見せて」
「目?」


訝しく思いこそすれ、ディーノに否は無い。
相手の肩を掴み互いの間に距離を作ってやると、それを待っていたのか、雲雀の右腕が持ち上がった。

ディーノの金色の髪を、雲雀の指が掬い取り、かき上げる。
長めに伸ばしていたそれを耳に掛けるようにされて、露わになった鳶色の双眸に、雲雀の黒い目がひたりと据えられた。


「……、……」


しばしの、沈黙の後。
何かを確認するかのように首を傾げた雲雀の手が自分から離れていくのを、ディーノは手首を掴み、引き止めた。


「……恭弥?」


視線を合わせたまま、捕まえた指先に唇を寄せる。
爪先から甲へと向かって細く長い指を辿っていこうとしたそのとき、ディーノはあるものに気付いて、動きを止めた。




雲雀の、中指の上に。

深い金色のひかりを放つ、石。




 「新しいリングだよ」


ディーノの視線の向かう先に気付いたのか、雲雀が言った。


「戦いにはまだ使ってない。力は強いけれど、不安定だからね。……でも」


楽しげな、声音。
いつまでも聞いていたいと思える程に愛おしい声が、ディーノの耳を打つ。



「――僕の、思った通りだ」



……ああ、今夜の雲雀は、本当に機嫌が良いらしい。

続けられたひとことにその理由を知らされて、ディーノの鳶色の目が――深い金色のひかりを湛えた目が、甘く眇められた。





「同じ色をしてる。……あなたの目と」









<fin.>

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