なつをやすむ
written by Miyabi KAWAMURA
2008/0729





 寒い、と感じる程ではなく、こころもち涼しいと思える程度に冷やされていた部屋は、身体を繋ぐ行為をするには不適だった。

 肩を抱き寄せられ、顎を仰のかされて唇を塞がれた瞬間に雲雀はそう気付いたのだが、それは要するに、たかが唇を重ねられたくらいで自分の体温が上がってしまった、ということで。……雲雀としては、ディーノにそれを気取られるのはおもしろいことではないので、黙っていた。理由は簡単だ。何かにつけて雲雀のことを子ども扱いしたがる相手に、格好の材料を与えてしまうことになるからだった。――本来子ども相手に、七歳も年下の、同性の元教え子相手にすべきでないようなことを仕掛けてくるくせに。鳶色の目を甘く眇めて、「お前はまだ、子どもだから」という言葉を使いたがるディーノの気持ちが、雲雀には良くわからない。否、本当は、少しだけならわかっている。「子どもだから」という一連の言葉の、というか、単語の流れというか。その言葉を「口に出すまでの流れ」を、ディーノは気に入ってるだけなのだ、多分。


ふたりきりの部屋の中で、互いの体温を感じながら。
肌を重ねて、吐息を飲みこみ合い、視線を合わせて、身体を交わらせながら。


その、僅かな隙間も無い位の濃密な空間を、もっと甘い、もっと凝(こご)るようなものに変えてしまいたいときに、ディーノは、「恭弥はまだ、子どもだから」という言葉を口にする。
――けれどそう言いながら、本当にそう思っているのなら絶対に出来ないような愛撫を雲雀の身体に注いでくるのだから、彼は狡い。




 ぐ、と奥を突かれ、雲雀は息を飲んだ。

「……、……っ」

ディーノの背に回した指先に、力が篭る。
散々蕩けさせられた自分の中が、ディーノにねだるように噛みついている。見て確かめることは出来ないが、下肢から湧き上がってくる感覚でそれを自覚させられ、雲雀は口元に当たるディーノの肩に歯を立てた。

「――恭弥」

呼ばれ、答える代わりに今しがた噛んだ場所に額を擦りつけると、それまで焦らすような、ゆっくりとした抜き差しを繰り返していた相手の動きが、快感を貪る種類のものに変わる。固く張り詰めた切っ先で襞を抉られるたびに響く水音と、耳元に当たる熱を孕んだ吐息。

「――、ん……っ、ぅ……っ」
「此処……、もっと?」
「ン……ッ……!」

よわいところを小刻みに突かれ身じろいだ雲雀の身体を押し潰すように、ディーノの体重が掛けられた。密着した胸と胸が擦れ、触れ合った互いの肌がひたりと吸い付くようにはりつく。全身に浮いた汗が作り出す、鈍い擦過感。シーツと雲雀の背の間に捻じ込まれたディーノの腕が、殆ど力づくで、雲雀の身体を抱き起こした。

「ッ……! ひ、ぁ……っ」

咥え込まされたままの肉塊に、一息に最奥までを犯される。ディーノの膝の上で、雲雀の薄い背が、弓なりに反った。






 黒い目に映る空は、陽が傾き、青いだけの色ではなくなってしまっていた。


頬、眦と順番に口付けられて、反射的に雲雀は目を閉じた。
手も脚も、動かしたくなかった。全身に満ちる気だるさと熱。一呼吸するたびに、乱れていた息が、ゆっくりと整っていく。――このまま眠ってしまいたいと思う気持ちと、そういう訳にはいかないと戒める理性が、頭の中で順番に浮かんでは消える。

「恭弥の、心臓の音が聞こえる」

ようやく満足したのか、最後にもう一度雲雀の唇を啄ばむようにしたディーノが、言った。

「いつもより、すげー早い」

雲雀の胸元に耳を寄せ、目を閉じ。
とくとくと脈打つ音を聞きながら楽しそうに笑うディーノの表情は、それこそ子どものように屈託が無い。……たった今まで、喰らうように雲雀の身体を穿っていた張本人だとはとてもじゃないが思えないような、それは甘い、ひどく甘い、表情だった。

「ねえ、重い」
「ん。でも、離れたくねぇ。もう少しだけ」

金色の髪を指で絡めとるようにして掴み、緩く引きながら雲雀が咎めても、ディーノに退くつもりはないらしい。組み敷いた細い肢体に体重を預け、我儘めいた否を唱えて、また笑っている。

「恭弥」

語尾の掠れた声は、穏やかに雲雀の耳に届く。身体に掛けられた重みと、人肌の熱。自分と相手との身体の境目が溶けて無くなってしまいそうな気さえして、無意識の吐息を雲雀が漏らした瞬間、汗と、白濁液とで濡れた互いの肌が、擦れた。

「……っ……、ん」

ぞく、と、全身の肌を粟立たせ身じろいだ雲雀に気付き、ディーノが顔を上げた。
シーツに肘をつき、上半身だけを起こす。――鳶色の目に間近から見下ろされた刹那、雲雀は自分の両脚の間にあるディーノの身体をひどく意識した。

「なぁ。恭弥、今」
「ッ……、ぁ」
「混ざった。――オレのと、お前の……、」

ディーノの唇が、雲雀のそれを塞ぐ。ぬ、と奥まで差し込まれた舌を、雲雀は受け止めた。ざらつく表面を擦り合わせ、咽喉の奥に滴った唾液を飲み込む。どちらからともなく揺らした下肢から伝わるぬるついた感触の正体は、唾液と同じ、二人共の体液だ。

「ん……っ、ぅ……」

互いの舌を互いの口腔に行き来させ合いながら、繰り返す息継ぎ。
雲雀の黒い目の表面で揺らいでいた涙が滑り落ち、それに目をとめたディーノが、きつく絡めていた舌を解いて雫を舐め取った。

「可愛い。恭弥、すげー可愛い」
「ふざ、け……っ……」
「ふざけてなんてねーよ。……本当に、咬み殺してやりたいくらい、可愛い」
「――ッ……!」

密着した下肢の狭間に捻じ込まれた手に自身を掴まれ、雲雀が目を見開いた。

「ゃ……っ、だ……!」

雲雀が後戯に弱いことを知っているくせに、否、知っているからだろうか、ディーノは容赦が無い。二、三度、右掌の中に握りこんだ二つの肉塊を馴染ませるように緩く扱くと、雲雀を見据えながら、手を動かし始めた。

「――ッ! ん……っ」
「……っ、逃げるなよ」

先端を捏ね合わせるようにされ、雲雀が身を捩った途端、液体に塗れた肉塊が滑ってディーノの掌から逃れかける。それを追うように、強く押し付けられた下肢。

「ぁ……ッ、ん、ぅ」

大腿の付け根に差し込まれた、濡れた熱いものの感触に、雲雀の咽喉が震える。敏感な器官にわざとぶつけるように腰を前後させた相手の鳶色の目を、黒い目が睨みつけた。

「止め――ッ……!」
「――大人しくしてろ」
「んん……っ!」

深く挿され、そのまま密着した身体全部を揺すり上げられた。無防備で柔らかな内股の皮膚を、次第に固くなっていく肉塊に幾度も擦られる、淫らな感覚。二人の身体の間で潰され、扱かれている雲雀自身から生まれる快感とそれは混ざりあって、雲雀の脳を赤く塗りつぶしていく。

「恭、弥……っ」
「ふ……っ、ぅ、あっ」

耳朶を食まれ、注ぎ込まれた声。
耐え切れず持ち上げた腕で、雲雀はディーノの背に縋りついた。――鳶色の目が、一瞬顰められる。先刻雲雀が遺した爪痕の上を新しい傷が走り、破れた皮膚が痛みを訴えたがしかし、ディーノは雲雀の手を拒まなかった。二人の身体に浮いた汗と、残滓。そして互いの肉塊から滲み始めた粘液が、絶え間無くぬかるんだ音を立てる。

「ディ……っ、ぃ、ぁ」
「――ッ、イイ?」
「……ィ、んぅ……っ」
「恭弥の中、に……、入れても、いい?」
「ん……ッ……っ」
「なぁ……、この、まま」

ディーノが言葉を紡ぐたび、それと同時に吐き出される息。高い頬骨を伝った汗が顎先に達し、雲雀の上に落ちる。……それは僅かばかりの時間だけ水滴の形を取った後、すぐに雲雀の汗と混じり、白い肌の上に広がった。

「――、……ッ」

きつく目を閉じると、雲雀は閉じていた脚を、ゆっくりと開いた。
そのまま膝を立て、自分を組み伏せている相手の身体を迎え入れる姿勢を取る。――ディーノの言葉は、問い掛けの形を模した“意思確認”に過ぎない。……下肢から湧き上がる、どうしようもなく淫らな熱。その冷まし方を、否、もっと気持ちよくなれるにはどうしたらいいのかを雲雀に教え込んだのは、他ならぬディーノだった。

「……っ、ィ、ノ……ッ」

爪先と下肢に力を篭め、雲雀はシーツから僅かに背を浮かせた。……こつ、と互いを弾く位に固く熟れた肉塊同士が、ぶつかる。その瞬間、雲雀の唇から溢れた高く甘い嬌声を、口移しにディーノが奪い取った。そのまま噛み付くように唇を重ねて捕まえた舌を吸い上げ、雲雀の膝裏を掴み、押し開いていく。

「……恭弥」
「っ……、ぁ」

下肢をディーノの膝上に引き上げられ、後ろの口に浅く咥えさせられた感触に、雲雀が震えた吐息を漏らした。


「恭弥」


熱を孕んだ、溶け落ちそうな声音。
壊れ物を手の中に包むように、そんな風に雲雀の名前を呼ぶ人間は、ひとりしかいない。


「……ぅ、……、ん、ぁ!」


胎内を抉られ暴かれていく、痛みと息苦しさ。それを補い打ち消して余りあるものが先にあるのだと知らされていなければ、こんなこと、赦せる訳が無い。


「ディー……ッ」


……そうだ、こんなこと、赦せる人間は、ひとりしかいない。


頭の中で固まりかけた思いが、どくどくと脈打つ心臓の音で片端から掻き消されていく。
表現し難い、焦りにも似た何かが胸に広がったそのとき、眦を指先で撫ぜるように辿られ、雲雀は薄く目を開いた。



「……、ぁ……」



潤み滲んだ景色に夏の夕暮れの明かりが差し、瞬いて更に乱す。
奥尽きを緩く突かれるたびに漏れる吐息、揺らぐ視界。――けれど雲雀の目には、自分を抱いている相手の金色の髪と、腰を掴む腕に在る青い色彩だけは、鮮明に映えて見えた。







>>終



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