青海波

written by Miyabi KAWAMURA
2008/0829





 肩に羽織っていた、パーカーの胸元を掻き合わせる。
風が冷たい。晩夏と初秋、どちらとも選び辛い中途半端な冷気を含んだ風が、雲雀の髪を揺らした。

――かぎなれた潮の匂い。ざわざわと響く、身体全部を包み込むような波の音。

普段なら、その波間に目を凝らしていることこそが雲雀の役目なのだがしかし、雲雀は自分でも無意識の内に、そこから目を逸らしていた。理由は単純で簡単だ。見ていたくないものが、波間に在るから、だった。

幾重にも折り重なる波、白い飛沫、水面に乱反射する光。そして遠目にも判る、金色の髪。……色どころか、指から滑り落ちるときの手触りや、匂いまでもを覚えさせられた髪だ。そんなもの、雲雀は知りたくはなかったというのに。他人の身体に触れて知り得る感触なんて、雲雀にとって、必要は無かった筈なのに。少なくとも、この夏が始まる前までは、“彼”と出逢うまでは、そんなもの。



 ひとつ息をつくと、雲雀は後ろ手に掌を突いて空を見上げた。
そこにはもう、夏の空の色は無い。明るく晴れてはいるけれど、降り注ぐ陽の光に、最早視界を灼き脅かすような鋭さは感じられなかった。……そう思った途端、腰を下ろしている防波堤から伝わるコンクリートの固さが妙に冷たく感じられて、黒い目が顰められる。――よく解らない、正体の知れない棘のようなちくりとした何かが、刹那胸に走った。

ほんの一、二週間前まで、太陽に晒され人の手に火傷を負わせる程だったコンクリートには、その名残りの熱すら持っていない。終わりかけた夏。終わろうとしている、ひとつの季節。日に日に数を減らしていく、海辺の人影。

「……っ……」

とくん、と心臓が波打って、さざなみのような何かが広がった。
それは、雲雀が今までに感じたことのない類の痛みだった。







「恭弥」

海へ向かって歩いていた雲雀と、陸へ戻ろうとしていた相手が相対したのは、ちょうど波打ち際だった。一瞬驚いたように見開かれた鳶色の目に、笑みが浮かぶ。

「オレのこと、迎えに来てくれたのか?」

珍しいなと苦笑する相手は、自らそう問い掛けているくせに、それが正解だとは最初から思っていないらしい。確かに、愛用のボードと共に海から戻った人間を出迎えるにしては、雲雀の様子はあまりにも相応しくなかった。なにせ、手にタオルの一枚すら持っていないのだ。

「行こうぜ。水、冷たいだろ」

ひと夏が過ぎても白いままの雲雀の脚が、崩れた波に打たれびしょ濡れになってしまっていることが気になったのか、そう促し砂浜へと向かいかけた相手が、ふと何かに気付いたように足を止めた。

「……恭弥?」

訝しげな声で呼ばれ、けれど雲雀は、応えなかった。
裸足の足の下で、波に崩された砂が流れ、浚われていく感触。そのまま海に引き込まれてしまいそうにすら思える錯覚。

ざん、と、ひときわ大きく、波の音が響く。

雲雀の見詰めている先で、相手の金色の髪から海の雫が滴った。
雲雀の見詰めている先で、海の雫に濡れたままの相手の腕が、動いた。

ゆっくりと、近付く掌。

七つの年齢差があるとはいえ、未だ華奢な部分の目立つ雲雀の身体とは全く違う、完成された大人の身体の手首までを覆っているウエットスーツから覗いた手――右手の甲には、左手のその場所に有る、青色の刺青は刻まれていない。片腕にボードを抱えたままでいるのだから仕方のない事とはいえ、自分に触れようとしている相手の腕が、黒馬の絵の有る左腕ではない、という些細なことが、何故か雲雀の心をひどくざわつかせた。

目の前の相手の、ディーノの、左半身を飾る刺青。
鮮やかな青、昏い黒、炎にも見える水、そして跳ねる黒馬。

ウエットスーツの下に隠されているそれを、鮮明に思い描いてしまえる自分に気付いて、雲雀は益々、解らなくなってしまった。――おかしい。さっきから、同じ事ばかり、ディーノのことばかりを考えている。ディーノの髪の色も、声も、全部なにもかも、少し考えるだけで息が苦しくなるのに、それなのに――。


「お前のそういう顔、初めて見た」


攪拌された海水で出来た白い泡が、結んでは消えていく。途切れることのないその繰り返しに似た雲雀の思考を遮ったのは、ディーノの声だった。
自分の左頬を包んだ、ディーノの濡れたままの右掌の感触。夏の終わりの海の冷たさをそのまま感じさせる冷えた指先で眦を辿られ、雲雀の心臓が、また、とくりと跳ねた。……なんだろう、本当に、痛い。痛くて、苦しくて、息が出来なくなる。これは、自分ひとりだけが感じていることなのだろうか。それとも、相手も感じていること、なのだろうか。
どうしてもそれを知らなければならないような気持ちになって、雲雀はディーノの目を見遣った。淡く透明な、明るい色味の双眸。……頬の稜線を辿ったディーノの指に頤を捕らわれ、軽く仰のかされて、けれど雲雀は、鳶色の目から視線を逸らさなかった。



繰り返される波の音が、雲雀の聴覚を押し包み奪っていく。
聞こえるものは波濤のざわめきと、自分の心臓の脈打つ音と、そして。


「好きだ、恭弥」


重なる間際の唇から零れた、ディーノの声。



「離さねぇよ、絶対に。……お前のこと、離したりなんかしない」



言葉と同時に唇を掠めた吐息に、雲雀の黒い目が揺らいだ。
波の音も、足を濡らす水の冷たさも、何もかもが掻き消されて、無くなっていく。――心臓が痛い。どうしようもなく痛い。ディーノの声を聞いていると、触れられると苦しくてたまらなくなるのに、けれど雲雀には、彼の声を聞きたがっている自分の耳をふさぐことが、どうしても出来なかった。







<終>

にゃうあー、なんか無駄にはずかしいはなしになってしまった…(笑)!

<ミヤビ的「サーファーディーノ×監視員雲雀」設定>
青年実業家(マフィアじゃないよ・笑)なディーノは、仕事で訪れた日本で、
並盛海岸(笑)の秩序と風紀を守る監視委員長(…。)雲雀恭弥に出会う。
惹かれる気持ちのままに、雲雀を強引に自分のものにしてしまうディーノ。
自分のされたことを許せないまま、けれどディーノに惹かれていってしまう雲雀。

「夏の終わりには日本を離れなければならない」
それを言い出せないままのディーノ。
「夏が終わっても離れたくない」
自分のその思いに、気付けないでいる雲雀。

甘酸っぱい夏の恋(笑)の結末は、果たして…。
</設定ここまで>

…と、こんな感じです。
多分このまま二人は遠恋に突入して、年に一度だけ、夏の間の二週間くらいだけ、ディーノが
雲雀に会いに日本を訪れる感じになるのではないかと。一年ごとに、どんどん
美人にかわいく育っていく雲雀たんを目の前にして、「…このまま攫ってやりてぇ」ってディーノは
悩んだりどきどきしたりすればいいと思います(笑)。

「サーファーディーノと監視員雲雀たん、書かせて頂きたいんですけど!」というミヤビめの
とんでもないワガママを聞いて下さいましたミキさん、本当にありがとうございましたvv


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