「……手、大きくなっただろ」





 指も長くなった、と。
雲雀の手の甲に口付け、名残りを惜しむように中指の先を唇で食んでみせたディーノの声は、低く掠れていた。

「……自分じゃ、」

 分からない。――そう続けようと思ったものの、自分の声も相手のそれと似た様なものだと気付いた雲雀が言葉を途切れさせて眉を顰めると、何が面白かったのか、ディーノの表情に笑みが滲んだ。

「恭弥のそういうところは、変わんねーな」

 身体に回された両腕で甘やかに抱き寄せられ、汗ばみ、情交の熱を僅かに残したままの素肌が擦れる。

「昔のまま、だ」
「……っ……、ン!」

 雲雀の薄い身体の形に添うように滑らされた掌が下肢に辿り着き、節張った長い指が、雲雀の先端を弄るように動いた。

「ゃ、だ……、っ」
「……分かったって」

 指と唇とで繰り返し追い上げられ、固く尖らせた舌先と爪で先端の窪みを抉るように嬲り尽くされて、雲雀のそこはもう、限界を訴えていた。――幾度も強いられた吐精の最後には、己の切っ先から溢れていく体液の感触にすら、痛みを覚える位になっていたのだ。


 むずがるように身体を捩った雲雀の反応に苦笑すると、ディーノは目を閉じて、雲雀の髪に口元を埋めた。


「今日は、もうしねーよ」
「……ディ、」
「だから」


 このまま。


 雲雀のことを抱き寄せる腕に篭められていたのは、甘やかな我儘だった。












 触れ合った肌の温かさと、微かな振動すら伴って伝わってくる程に近い、心臓の音。
そのふたつに誘われて、雲雀は、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。



 髪を揺らす、柔らかな寝息。未だ眠ったままのディーノの腕は雲雀の身体に回されていて、どうやら彼が目覚めるまで、この緩い拘束から逃れる術は無いらしい。

 深く息をつくと、雲雀は再び目を閉じて、耳に届く音に意識を傾けた。……とくん、とくん、と、規則正しく聞こえてくる、微かな鼓動。こんなにも近くにいたら、ディーノの胸の中から響いてくるそれと、自分のそれとが、その内混ざり合ってしまうのではないだろうか。そんな錯覚すら、覚えてしまいそうだった。


「……、ィー、ノ」


 吐息にも満たない、唇を震わせるだけのような微かな声で。
殆ど無意識の内に、雲雀は自分を抱いている相手の名前を呼んだ。


(――ッ)


 その刹那、脈打った心臓が鈍く痛んで、雲雀の肩が震えた。

 ――思い出してしまった。
どうしよう、思い出してしまった。思い出さないようにしていたのに。


……想ってしまわないように、していたのに。



『恭弥』



 耳に蘇った声に、息苦しささえ覚えて、雲雀は僅かに身体を丸めた。
この世界に、十年後の世界と呼ばれる世界に残ると決めてから過ぎた、三年近くの時間。その間、敢えて思い出さないようにしていた面差しと、声。体温。肌の匂い、そして――、




「……恭弥……?」




 呼ばれた名前に、雲雀は弾かれたように顔を上げた。

「……どうした?」

 離れかけた身体を強いない強さで引き寄せられ、一瞬だけ黒い目を揺らすと、雲雀は暫しの沈黙の後、目を伏せた。


「別に……、」


 なんでもない、と続けて、髪を撫ぜるディーノの指の感触に集中する。


「……そうか」


 だったらいい、と。

 雲雀の言葉に納得をしたふりをして、けれど宥めるように髪を撫ぜることを止めないディーノが何を考えているのかは、雲雀には分からない。……けれど彼は、間違いなく気付いている筈だった。今、雲雀が――否、『今』だけではない、この世界に、『十年後の未来』と呼ばれる世界に雲雀が残ることを決めた三年前から、雲雀が『誰のことを』、想っているのか。そのことを、ディーノが理解していない訳がなかった。



「……ディーノ」



 殆ど吐息のような、かろうじて空気が揺れるような声音で雲雀が呼んでも、返る言葉は無かった。先刻雲雀が青い花弁にそうしていたように、ディーノは雲雀の髪に、ただ触れて撫ぜることだけを繰り返している。……彼は、いつもそうだ。雲雀を抱いても、決して最後まで、雲雀の全てを奪ってしまおうとは絶対にしない。雲雀に快楽だけを与えてくれる手の感触はとても優しくて、心地良くて、でもだからこそ、苦しい。抱き締められた身体も、互いを思う心も、そのどちら共がとても近くて、けれど同時に、ひどく遠くにあるようにも感じられた。けれど。



(……それでも……)



 あのときに自分がした選択を、雲雀は悔いるつもりにはなれなかった。……今、自分の傍にいるディーノのことも、間違いなく自分は想っている。だから。



(あと、七年)



 この世界のディーノが想っていた、想っている『雲雀恭弥』と自分が、『違うもの』ではあるけれど、『同じ』になるまで。
この世界のディーノが、彼の想う『二十五歳の雲雀恭弥』と、再び出逢える日が来る、そのときまで。




あと、七年。

約束の日。
七年後、五月五日。もう一度この世界に、二十五歳の雲雀恭弥が戻ってくる、その日まで。




「……僕は、」




 それ以上は言葉に出来ずに、雲雀は相手の肌に触れた指先に、力を篭めた。





そのときまで。





『僕』を待っているあなたのいる世界に。



あなたの傍に、僕は、残る。













<終>

 

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