どれだけの罪を犯しても、
けれどこの腕は、何度でもあなたを抱く
written by Miyabi KAWAMURA
2008/0910
(2008/0630〜0913迄の拍手御礼文)
久方ぶりに訪れた日本は、日曜日だった。
ディーノは、雲雀の“日常”を知らない。
並盛中の応接室で、風紀委員長としての仕事をこなしている姿や、街に出て彼の言うところの草食動物を狩っている姿なら(それが雲雀の“日常”の殆どであると言えない事もないのだが)知っているが、雲雀が普段誰と暮らし、何処で眠っているのか、そういった基本的なことは、何一つ知らなかった。否、知らないでいるようにしていた。
……調べようと思えば、本当はいくらでも方法はある。が、ボンゴレの守護者候補を選定する際、雲雀恭弥という存在を推したアルコバレーノですら敢えて追求しようとしなかったそれを、ディーノが――キャバッローネの長が先んじて調べる、ということは。ボンゴレとキャバッローネ、二つのファミリーの間に保たれているバランスを量る上で、あまり褒められた行為ではない、ということもまた事実だった。
雲雀に会うためには、それが叶い易い場所に行くしかない。自然とディーノの脚は、並盛中へと向かっていた。
並盛の街と、そして何より学校を偏愛している雲雀のことだ。休日とか祝日とかそんなことは関係なく、応接室にいるのではないか。確信よりも期待の部分が幾分勝った予感の元にディーノは応接室の扉の前に立ち、けれど、その賭けは半分、外れた。……応接室の中、ではなく。雲雀は、一般の生徒が学校生活を過ごすための、いわゆる“普通の”教室の中にいたのだ。
「……恭弥?」
掛けた声に振り返った相手は、白い半袖の夏服のシャツの上に、黒いベストを着ていた。
ディーノと雲雀が初めて顔を合わせたときも、その後に続いた修行の旅の間も、雲雀はずっと長袖のシャツを着ていたから、その彼の姿は、ディーノの目にやけに新鮮に映った。
窓辺に立つ雲雀の背には、青空。
快晴の午後。教室の明かりを付けずとも室内は十分明るく、暑い。――当たり前だ。もう少しで、夏が来るのだ。生成り色のカーテンを揺らす風と、自分を包む空気の熱。そして陽光に晒された雲雀の腕。白いシャツの袖から覗く、淡い色味をした細い腕を照らす、眩しすぎるくらいの日差しをみとめた刹那、ディーノはそのことを強く意識した。
「何?」
黙ってしまった訪問者を訝しみ、雲雀が首を僅かに傾けた。
それに適当に答え、ディーノは笑った。――上手く説明を出来そうになかったし、するほどの事でもない、と思ったからだ。
「……珍しいな」
一歩進み、ディーノは口を開いた。
「お前が、教室にいるっていうのは」
窓際までの、雲雀までの距離は、あと数メール。けれど、それを一気に無くしてしまって良いものか。何故か躊躇われて、脚を止める。
「隣。行っていいか?」
自分が今感じている、不明瞭な躊躇い。
もしかしたら雲雀も同じように感じているかもしれない、と思ってディーノが投じた一石は、しかし逆に相手のことを悩ませてしまったらしい。その証拠に、ゆっくりと二度瞬きをした雲雀の眉は、顰められてしまった。
「……あなたこそ、何」
戸惑い混じりの雲雀恭弥の声、など。それこそ、並盛の誰も聞いたことはないだろう。
相対しているディーノの中にある躊躇いが、今度こそ本当に、雲雀にも伝染ってしまったようだった。一度何かを考えるように言葉を切った後、けれど雲雀は、ディーノに向かって、一歩を踏み出した。――基本的に、怖いもの知らずなのだ、彼は。
訝しんで、戸惑って、躊躇って。けれど気になることなら、知らずにはいられない。自分の手で触れて、確かめずにはいられない。それが危険を伴うことであろうと、怪我を負う結果になろうと、雲雀は、そんなこと怖れもしないし、意に介そうともしないのだ。……自らの教え子のそんなところを、ディーノはとても気に入っている。が、同時に、危惧を覚えてもいた。
「珍しいのは、あなたの方じゃないの?」
いつの間にか目の前まで来ていた雲雀は、黒い目を鳶色の目に据え、逸らそうともしない。
「……オレ?」
「そう」
休日の校舎に不法侵入してきた人間が、今更何を遠慮するのか、と。
言外に質され、ディーノは苦笑するしかなかった。
見下ろした小柄な身体は、夏服になってしまうと、華奢な造りばかりが目立つ。
黒い髪、眦の切れ上がった黒い目、首、薄い肩。この身体が、恐ろしい位の戦闘技術を備えていることを他の誰より知っているディーノから見ても疑いたくなるような、腕の細さ。
それは十五歳の、未だ子供の身体だった。
ディーノの鳶色の目に晒されているのは、それ以外の、何物でもなかった。
「悪い。……なんでもない」
沈黙の後、ふ、と苦笑にも似た吐息を零して、ディーノは雲雀の身体を抱き寄せた。
「恭弥」
「……、なに」
「会いたかった」
普段とはどこか違う様子を見せていたディーノが、ようやく普段と同じ言葉を囁いたことで警戒が解けたのか、雲雀は抵抗を見せず腕の中に納まってしまった。
温かな体温は、信じられない位の愛おしさに変わってディーノの中を満たす。
もっと、今すぐもっと強く抱き締めて、唇を重ねて、雲雀の吐息も、口腔の内側の柔らかな熱さも全て確かめたい。……いつもなら、ディーノはすぐにそうしていただろう。けれど、今はやはり出来なかった。何故ならば、そう「出来なくさせているもの」が、ディーノの中にあったせいだ。
「恭弥」
誰もいない教室。
明るい光、抱き締めた身体。無防備に晒された細い腕。
「キス、したい。……ここで。駄目か?」
言葉と共に腕に篭った力。決して痛くはないだろう程度のそれに、なのに痛みなど決して怖がらない筈の相手の身体が、ふるりと震えた。
「……どうして、いちいち聞くの」
ディーノの胸元に額を押し付けるようにして、雲雀が呟いた。咎める声。しかしそこに篭められていたものは、拒絶ではなく許容の意思に、他ならない。
少しだけ身体を離し、顎を持ち上げ仰のかせる。
互いの吐息が唇を掠め、その柔らかさに惹かれるように唇を重ねる。……鳶色の目をそっと開くと、雲雀の目は閉じられたままだった。――唇を触れ合せるだけの、浅いばかり接触ではキスは終わらないのだと、雲雀は知っているのだ。
ディーノは、舌先に力を篭め、雲雀の歯列を割った。
開かせた隙に忍ばせた舌を雲雀のそれに重ねて、混ざり合う唾液のぬるい感触を味わう。
「――ッ、ん、ぅ」
咽喉を上下させ注ぎ込まれた唾液を飲みこんだ拍子に、ディーノの舌を雲雀が食んだ。
しなやかにうごめく肉塊。他人のそれに自分の内側を嬲られている、という事実。……快感を隠すことが出来ず、鳴き声みたいな吐息を漏らした雲雀の口腔から、ディーノは己の舌をゆっくりと引き抜いた。
「……ッ……、ゃ」
指で掻き分けた黒髪の合間に覗いた耳朶を噛んでやると、その刺激に耐えるように、ディーノの背に回された雲雀の指先にぎゅっと力が篭った。細かに身体を震わせて、崩れそうになる膝を支えるように、何度も下肢を身じろがせている。――それは、快楽に不慣れな、稚い反応だった。
……本当は、もう全部知っているくせに。
上も、下も、胎内の粘膜の柔らかで弱い場所を愛撫され、感じ達することを知っているくせに。狭くきつい中を精液で満たされることの気持ちよさも、知っているくせに。――ディーノに教えられ、全てのことを覚えてしまったくせに、やはり雲雀は、まだ子供なのだ。
「……恭弥」
濡れたままの唇で相手の名を呼んだ瞬間、先刻から自分を縛っている躊躇いに似た感情の正体に、ディーノはようやく気付いた。
雲雀の名前を形作った自分の声に、どうしようもなく滲んでいる欲望。
愛しい。抱き締めたい。雲雀の中を、身体だけじゃなく心の中も全部自分だけで満たして、他の誰にも渡したくない。そんなこと、最初から出来ることではないと解ってはいるけれど、それでも堪えることが出来ない。抱きたかった。今すぐに、ここで。
明るい、誰もいない教室。
薄い夏服に包まれた、未成熟な身体。
自らの教え子であり、ボンゴレの守護者でもあり。……そして未だ稚なくもある相手を、今すぐに、ここで。
「……ディーノ?」
やはり、どこかいつもと違っている。
ディーノの言葉と、声と、口付けの裏側に透けて見える、もどかしいような何か。
そして自分の身体を包む腕に篭められた、息苦しいほどの力に胸の奥をざわつかされて、雲雀が口を開いた。
「ねえ。なに……、」
後に続く筈だった雲雀の言葉を、ディーノは顔を傾け、深く重ねた唇で封じた。
雲雀の踵が浮いてしまう位に、薄い背に回した腕を強く引き寄せる。一息に咽喉奥まで犯され、強張った細い肢体が半瞬遅れで見せた抗いをディーノは力づくで押さえ込み、傍らにあった机の上に、雲雀を組み伏せた。がたん、と耳ざわりで硬質な音が響く。
けれど幸いなことに――ディーノと、そして雲雀にとってもおそらく幸いなことに、それを聞き咎める人間は今、校舎の中には存在していない。
突然にされた行為に、ディーノを見上げる雲雀の黒い目には、驚きと、そして怒りの感情が浮かんでいた。咬み殺すと言わんばかりのそれを、しかしディーノは、緩く微笑し、受け流した。……説明しても、雲雀には多分、この思いは理解出来ない。
絶対に侵してはならない、聖域にも等しい、不可侵の領域。
汚すことなど赦さない、赦したくないものに、けれど自ら手を掛けようとする瞬間に胸を満たす、どうしようもなく甘く、どうしようもなく逆らい難い、矛盾に満ちた悦び。……そんなもの、雲雀は知らなくていい。今までもこれらかも、永遠に気付くことなく、いてくれればいい。
愛おしむだけでも、傷付けないように護るだけでも足りない。
――貪欲に飢えた、こんな恋心など。
<終>
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