「……オレのこと好き?」
written by Miyabi KAWAMURA
2008/1028
「うあ」
ソファの方から聞こえてきた、なんともいえない呻き声を、雲雀は無視した。
右手に持つペンをくるんと回し、風紀委員から上がって来た活動報告書類にさらさらと何事かを書き付けていく。――これを終わらせたら、次は町の巡回に出なければ。秋が深くなる前のこの時期は、恵まれた気候に乗じた草食動物の群れが街に溢れて、風紀が乱れることこの上ないのだ。
そして見回りが済んだら、その後は……、
「――ッ、て、うわ!」
慌てた声と同時に、がちゃん、と耳障りな音が響いた。……うるさい。
「静かに出来ないなら、咬み殺すよ」
宣告と共に机上の書類から目を上げた雲雀の視界に入ってきたのは、金色の髪。
「や、だってな、ケーキが……、」
「ケーキ? 何が? ……どれが?」
……冷たい目のまま雲雀がそう聞き直したのは、半分嫌がらせに近い。
二ヶ月前に並盛中にやって来た、この金色の髪をした留学生は、何が気に入ったのか、放課後になると毎日応接室にやって来ては、並盛を統べる風紀委員長たる雲雀相手に臆しもせず、他愛無いことを喋って帰っていく。今日もそれは例外ではなく、けれどひとつだけ昨日と違っていたところは、彼が、「恭弥に差し入れ」と称してケーキの箱を持って来ていたことだった。が、しかし。
「……一応、コレが」
自分の方へ伸ばされた金色の髪の留学生の――ディーノの右手を見て、雲雀の表情が、不可解と不愉快を足して二で割ったようなものに変わった。
「どうして、箱から出して皿に載せるだけのことで、そうなるのかな」
「……そうだな。何でだろーな」
蜂蜜の色にも似た、甘い鳶色の目に苦笑を浮かべたディーノの右掌は、白いものに、生クリームにまみれてしまっている。
「やばい落ちるって思ったから、受け止めようとしたんだぜ」
……落ちる、ではなくて、落とす、だろう。
雲雀の心の中で、反射的に修正が入る。(口に出して指摘しなかったのは、ディーノに対する配慮ではなく、単に面倒だったからだ)
「で? そのまま、握り潰した訳?」
「……多分」
――多分も何も。
絶対にそうとしか、思えない状況である。
「とりあえず、その手、どうにかしたら」
「解った」
流石に反省したのか、神妙に頷いたディーノのこの素直さだけは、実は雲雀も悪くないと思っている。その他の点、何かと理由を付けては(否、理由が無くても、だ)雲雀の傍にやってきて纏わり付いて来たりだとか、無遠慮に、「恭弥」と名前を呼び捨てて憚らないあたりだとかは別として、基本的に雲雀は、潔くて賢い生き物は嫌いではないのだ。例えば、普段から構っている黄色い小鳥がその筆頭である。……もっとも、ディーノがこの雲雀の脳内ヒエラルキーを知って、喜ぶか否かは微妙なところかもしれないが。
「ほら。机と、ソファの上も。クリームが零れてる」
「ああ」
ごめんな、と、謝罪の言葉を口にして片付け始めたディーノが、そのときふと、動きを止めた。
「なぁ、恭弥」
ケーキの次は、皿を落として割るんじゃないだろうか。
その確信に近い予感から、風紀委員長としての仕事の手を止め、ディーノの動きを目で追うともなしに追ってしまっていた雲雀の黒い双眸と、ディーノの鳶色のそれとが重なった。
「片付け終わったら、一緒に買いに行こーぜ」
「何を?」
「だから、ケーキ」
「……殺されたいの?」
「何でだよ。どーせ外に見回りに行くんだろ?」
「いやだ」
一度自分で決めたことは、絶対に覆さない雲雀だ。
出逢ってまだ二ヶ月とはいえ、そのことはちゃんと理解しているのだろう。仕方ねーな、と零しながら、しかしディーノは何故か、楽しそうに笑っていた。
「……何が楽しいの?」
ディーノのすることは、本当に意味が解らない。
喋る暇があるのなら、手を動かせばいいのに。
「そんなに好きなの? ……ケーキが?」
無意識の内に首を傾げた雲雀の、最凶の風紀委員長らしからぬ、年相応の子供めいた仕草。
「……ああ」
すこしばかりの、沈黙の後。
そんな雲雀のことを、甘い色味の瞳で見つめたまま、ディーノが口を開いた。
「そうだな。……すげー、好きだ」
「……ふぅん」
「お前は?」
「……僕?」
「ああ」
部屋に漂う甘い香りが、ディーノの言葉の合間に出来た、どこか躊躇う様な空白を埋めて繋ぐ。
「……恭弥は……、」
雲雀は、黙ったまま、ディーノの言葉の続きを待った。
……これから自分が、今までに一度も、誰からも受け取ったことのない、ひどく柔らかでとても甘い、ひたすらに甘い問い掛けをされることも、知らずに。
<終>
…という訳で、雲雀たんと仔ディノさんでした。
多分このあと、ふたりはお付き合いし始めると思う! つか付き合え!
戻
|