「目と、唇」

written by Miyabi KAWAMURA
2008/1116






 ディーノは、なにかにつけて、雲雀のことを触りたがる。
その場所は髪だったり、トンファーを握ることによって固くマメの出来てしまっている掌であったり、指であったり、華奢な印象の目立つ肩であったりしたが、そのどこに触れるときも、彼はまるで壊れ物のように、雲雀の身体を扱った。




 シャワーを浴び終え、寝室へ向かおうとしていた雲雀の腕を掴み抱き上げた相手は、ベッドに下ろした雲雀を組み敷いて、笑った。

――一体何が、楽しいのだろうか。
同性の、彼曰く「教え子」を寝室に連れ込んで、身体に触れる行為の、何が。

 雲雀にとって、「触れる」、とは、獲物を咬み殺す刹那の、獲物に牙を突き立てる刹那の、瞬間的な接触にすぎない。けれど、彼は。ディーノにとって、それは違う意味を持つものらしい。

「……お前が大人しいと、逆に怖いな」

笑みを含んだ声が、降り注ぐ。
恭弥、と、自分の名前が呼ばれているのがどこか遠くで聞こえて、雲雀は目を開いた。
――眩しくはないけれど、何故か目が、しっかりとは開かない。少し開いてもすぐに閉じようとする瞼は、雲雀の意思に全く従おうとはしなかった。否、むしろ雲雀は、本当は目など開きたくはなかったのだ。腕も脚も、まるで溶けてしまったかのように力が入らない。
とく、とく、とく、と、心臓が脈打ち、四肢の隅々にまで温かい血液を送っている。その自分の身体の中に響く、微かな感触がひどく気持ちよい。

「恭弥」

また呼ばれ、それに応えるよりも早く、雲雀の瞼を、何か温かいものが包み込んだ。






 目覚めることを拒むように眉を顰めた雲雀の瞼を、ディーノは掌で覆った。
ん、と、小さく声を上げて息を詰めた相手は、完全に睡魔に負けてしまっている。……無理も無いと、ディーノは思った。今日は、太陽が沈み互いの武器の軌跡が見えなくなるまで、並盛中の屋上で、自分たちは戦っていた。

 ディーノと雲雀では、基本的な体力が全く違う。
シャワーを使い、温まっていた身体を柔らかなベッドに横たえられ、繰り返し頬と髪とを撫ぜられている内に、眠くなってしまったのだろう。ディーノの手から逃れようともせず、逆に与えられる感触に心地よさそうな寝息を零し始めた雲雀の様子は、いたくディーノを満足させていた。……それが嬉しくて、つい口を開いてしまったのは、ディーノのミスだ。
敏感すぎる聴覚を持つ相手は、たったひとことの声で、目を覚ましかけてしまった。――その瞼を、掌で覆う。まだ目を覚まさないでいてほしいと、これ以上はない位に直接的な方法を使って、ディーノは雲雀にそう告げたのだ。

――もう少しだけ、このまま眠っていて欲しい。

雲雀には、自分の身体を、戦うために必要な武器の延長のように捕らえている節がある。確かにそれは、間違いではない。けれどひとの身体には、もっと別の使い方があるのだ。ディーノはそれを、雲雀に教えたかった。

「……ン、ん……っ」

薄らと開かれた雲雀の唇の合間から、赤い舌先が覗いた。
その柔らかさも、口腔の中の濡れた熱さも、ディーノは既に知っている。……以前雲雀を抱いたときに味わったその感触を思い出しながら、ディーノは身体を傾け、雲雀の唇に自分のそれを、重ねていった。……雲雀の眠りを妨げたくはない。けれど、触れたい、という気持ちが、どうしようもなく身体を動かした。

無防備に開かれた隙間に、舌先を忍ばせる。

己の掌で雲雀の目元を覆ったまま奪う口付けには、どこか説明のし難い、皮膚の表面の浅い部分をざわつかせるような淫らさがあった。



 深く差し込んだ舌を伝い落ちたディーノの唾液が、雲雀の口腔の中で、湿った音を立てる。重ね合わせる顔の角度を変え、少しずつ交わりを深くしていく内に、流石に息苦しさを感じたのか、雲雀が身じろいだ。意識が浮上してくるにつれ、目隠しされている不自由な状態も気になってきたのか、それまでシーツに投げ出されていた雲雀の腕が、ぴくりと動いた。

「――ッ……、ぅ」

ディーノの腕に、雲雀の指先が触れる。
ぎゅ、とシャツの袖を握りこまれて、その無意識の動作の思いがけない稚なさに、ディーノの鳶色の目に甘い笑みが滲んだ。

「……きょうや」

少しだけ唇を離して囁き、また重ねる。
ぐ、と舌に力を篭めて、雲雀の上顎の更に少し先を舐めてやると、組み敷いた細い身体が跳ねた。

「っ……、ッ、ん!」

口腔と咽喉奥とを嬲られた刺激で、まどろんでいた雲雀が、完全に目を覚ました。

「……ィ、……ッ!」

反射神経がおそろしく鋭い教え子に、反撃の機会を与えるほど、ディーノは甘くはない。
もしこの、唇を使った「接触」が、ボンゴレの守護者候補の家庭教師として行うことを求められた「授業」の一部であったなら、多少の容赦はしたかもしれないが、しかし、今はそうではないのだ。

――雲雀に、触れたい。
それは紛れも無い、ディーノの中にある、ディーノ自身の欲求だった。



 雲雀の目を覆っている手を相手に振り払われるより早く、ディーノが動いた。
雲雀の左右の肩を己の左右の手で掴み、体重を掛けてシーツに押し付ける。そしてそのまま、自分を睨みつけてくる黒い目を見据えたまま、唇を重ねた。

「――、ッ……!」

抗う舌を自分のそれで絡めとり、きつく吸い上げる。
柔らかで熱い肉を、歯列に一度挟んでしまえば、ディーノの勝ちだ。舌という、敏感極まりない肉塊を弄られることに、雲雀は弱い。それはディーノだけが知っている、雲雀の弱点だった。

雲雀の舌を自分の口腔に引きずり込み、歯列で噛んで、そして自分の舌と擦り合わせる。ざらりとした感触をわざと味あわせてやるように、殊更にゆっくりと動かしてやった後、ようやくディーノは、口付けを解いた。

「――は、……っ、」

大きく喘いだ雲雀が、吐息のかたまりを吐き出した。
互いの口腔を交わらせる行為は終わったが、けれどディーノには未だ、雲雀を自分の下から逃がしてやるつもりはないらしい。胸を上下させ、二人分の唾液で濡れそぼってしまった唇を震わせている雲雀の様から、鳶色の目が離れることはない。


 自分の方から目を逸らしたら負けだとでも思っているのか、浮いてしまった涙で眦を滲ませたまま自分を睨み、見上げてくる雲雀の身体の変化に気付いて、ディーノは雲雀の両脚の間に膝を入れた。
そのまま体格差に任せて組み敷いた相手の脚を割り、下肢の中心を重ね合わせる。

「! ――ッ、ゃ!」
「恭弥、そのまま、……、っ」
「ッ……、ぁ、う」

熱を孕み始めていた互いのそれを、腰を揺らして擦り合わせる。
不自由で不完全な快楽は、なまじ耐えられない、と思わせる程のものでないだけに、雲雀を追い詰めていく。湧き上がる微かな快感を我慢すればするほど身体に力が入り、自分に掛かるディーノの体重と伝わってくる体温、吐息、そしてぶつかり合う下肢の感触とを、意識せざるを得なくなるのだ。

「ッ、ゃ、め……っ!」

神経を炙られるような、もどかしい快感を嫌がって、雲雀が首を振った。
ぱさりと黒い髪が乱れ、上がってしまった体温のせいで色付き、薄っすらと汗の浮いた細い首筋がディーノの眼前に晒された。――そこに齧り付きたい、という欲望を、ディーノは無理やりねじ伏せ噛み殺すと、代わりに雲雀の髪に唇を寄せた。

「……ごめんな」

これ以上はしない、と、雲雀の耳元で告げて、揺るがしていた腰を止める。

「……っ……ん、ぅ」

耳に掛かる吐息にすら反応して、細い身体が震える。
――ディーノを押し留めたのは、雲雀が身に纏っている、白い色彩だった。

 シャワーを浴びたばかりの雲雀は、柔らかな生地で出来たバスローブ一枚しか、身に着けていない。……無防備なそれを剥いで、このまま雲雀を抱き尽くしてしまいたいとう思いは確かにあったが、けれど、自分との手合わせで疲れ、髪を撫ぜてやっている内に眠ってしまっていた相手に、無理を強いたくないという気持ちが、それに勝った。……まだ、子供だ。どれだけ強くても、雲雀は、まだ十五の子供なのだ。

 もうしない、と言われ、髪に口付けられてようやく落ち着いたのか、ふ、と小さく息を吐いて、雲雀が身体の力を抜いた。
伏せられてしまった瞼がまだ微かに震えていることに気付き、ディーノはそこに唇で触れた。……離れ、見詰めても、怒ってしまったのか、雲雀はディーノの方を見ようとはしない。けれど、それでも構わなかった。


雲雀の髪を撫ぜ、柔らかな稜線を描く頬を、掌で包む。


「……恭弥」


今こうして、触れているということ。
触れたいと、気が狂う程に想える相手に、出逢うことが出来た、ということ。
確実なものなど、約束された未来などありえないこの脆い世界の中で、それでも永遠を望みたくなる相手を、抱き締めることが出来ると、いうこと。


「恭弥」


雲雀に触れる指の、甘い仕草。名前を呼ぶ甘い声。
何度呼んでも足りない、足りることなどあって欲しくないと、矛盾したことすら考える。


ディーノは、苦笑した。
それはとても甘く、そして苦い、笑みだった。耳に届く自分の声の酷い甘さに耳を覆いたくなるが、けれどこの腕は、掌は、雲雀に触れ抱き締めることだけに、今は使いたかった。



雲雀を見下ろす鳶色の目にも、無意識の笑みが滲む



……それにすら、甘く凝る熱を湛えられていることに、ディーノは勿論、気付いていた。








<終>

本当はもっとこう、えろくかつ甘く! みたいな話になる筈だったんですが…!
でも、とにかく跳ね馬、人気キャラ投票7位+十年後が見たいキャラ2位おめでとうvv
ちなみにちょこっとだけ修正しました。糖度upです(笑)。


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