stigmata
X'mas memorial SS 2008
written by Miyabi KAWAMURA
2008/12/25
完全に空調の管理された、部屋の中で。寒いと感じる必要がないはずの部屋の中で、けれどそれでも、触れ合っていた肌が離れると、その隙間に流れ込む空気は、どうしようもなく冷たく感じられた。
離れていく身体を、けれどそれを許さず、腕を掴み引き止める。
何、と、二度ゆっくりと瞬きをすることで問うてきた雲雀は、ディーノに腕を離す気がないらしいことに気付くと、ふ、と息をひとつ吐いた。
――そして再び戻る、人肌のあたたかさ。
大人しく腕の中に収まってくれた思い人は、身体を繋げたあと、眠りに落ちるまでの僅かな時間だけは、ディーノの見せる我儘に否を唱えることがない。……最初は、ふたりが共に夜を過ごすようになった最初の頃は、そんなことはなかったのに。この十年の間に、雲雀は変わっていた。いつのまにか、ほんの少しだけ。
「……なに?」
頬を掠めたディーノの唇から漏れる、笑みを含んだ吐息に気付いたのか、雲雀が口を開いた。それを塞ぐように顔を寄せ唇を重ねて、少し離して、また重ねる。子供の悪戯のようなその仕草を繰り返してから、ディーノは最後に、雲雀の髪に口付けた。
雲雀を腕枕している右腕に、心地良い重みが掛かっている。
「戦うこと」と、群れを「咬み殺すこと」。そして、「匣と指輪の謎を追いかけること」。
もしかしたら、これらの事項と同じくらいに、「眠ること」が好きなのかもしれない雲雀は(風紀委員長として並盛の町を統べていた頃の彼が、屋上の日向で昼寝をしている姿を、実は何度もディーノは見掛けていた)、当然のことながら寝具も、最高のものを選んでいる。――風紀財団の施設に設けられた雲雀の私室で彼を抱く度に、ディーノは普段使っているベッドとは違うその心地良さに感心させられることになるのだが、勿論、今感じている、蜜を水で溶き煮詰めたような、あたたかく甘ったるい充溢感は、それが原因な訳ではない。
僅かに身じろぐと、それでディーノの思うところを察したのか、少しだけ雲雀が身体を浮かせた。自由を取り戻した右腕と、黒馬の絵の有る左腕。その両方を使って雲雀を抱き締めたディーノは、己の下に細い肢体を組み敷いた。
真上から見詰めた、黒い双眸。
逸らされることなくディーノのことを見据えているそれは、鋭く冴えた、氷のような冷たいすべらかさを備えている。……けれど、ほんの数刻前、まだ互いの肌が互いの肌の熱と、そこに滲んだ汗の濡れた感触すら覚えているくらいの、ほんの少しだけ前まで、この目は、胎内の深くを抉られ、緩く掻き回されて愛される感覚に震えて赤らみ、潤んでいたのだ。
ディーノの鳶色の目が、甘く、そして苦く眇められた。
……抱きたい。
何度でも抱いて、啼かせてやりたい。
一度意識してしまえば目を瞑ることの難しい情動を、それを上回る愛しさが包んでいく。
「……、――っ」
ディーノが体重を預けていくと、それにつれて、雲雀の唇から深く長い吐息が零れた。肌と肌が重なり合い、二人の間で混ざった体温が緩やかに溶け、伝わっていく。……とく、とく、と。音ではなく、脈拍そのものが作り出す振動さえも共有出来るほどの、近さ。
雲雀の首筋には、昨夜ディーノが唇を使って刻み込んだ、痕が残っている。
明かりを落とした部屋の薄暗がりの中で、白い肌の上に有るそれの赤さを思い描きながら再び同じ場所に口付けを落とすと、まるでそれに応えるかのように、雲雀の手が、ディーノの背に添えられた。
――恭弥、と。
問う間もなく、まるでディーノの身体を自分の中に沈めてしまいたいとでもいうような、甘やかに掻き抱くような、そんな力が、雲雀の腕に篭められていく。
「……もう、朝?」
そのとき、殆ど吐息のような声が、ディーノの鼓膜を揺らした。
互いの顔は見えない。雲雀の表情を伺い知ることも出来ない。けれどディーノは、この突然の問い掛けにどう答えるべきなのか、僅かにも迷いはしなかった。雲雀の耳朶に唇で触れて、違う、と。未だ夜だと、周囲に満ちる硝子細工めいた静かさを壊さないように告げてやると、雲雀の指先が、震えた。
とくり、と、心臓が鳴る。
互いの吐息に、感じ合う身体のあたたかさに炙られた思いが、どうしようもなく溢れ出していく。
あと数時間もすれば、朝が来る。
神の子が生まれたと祝される朝。誰もが待つ、喜びの朝だ。けれど。
「……このまま……、」
言いかけて、けれど言葉では表し尽くしようのない思いに動かされて、ディーノは雲雀の唇に、自分のそれを重ねた。
――この夜が、終わらなければいいのに。
Merry
Christmas !
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