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黒バス
紫赤
20120709

『片恋パラドックス』

>中学生の赤司が高校生の紫原と出逢ってしまうお話。
>タイムスリップとか何番煎じなのだよ!→王道ネタ大好きなんですすみません。
>赤司が何か違う…→中一の赤司ってこんな感じかなーって。
>紫原が何か
(ry→高三になったしむっくんも大人になったのでしょうたぶんおそらく。
>言葉遣いどーなってんの?→中一の赤司なので、一人称はオレ、対キセキは苗字呼びです。あと、口調もちょっと固い。
>高三の赤司を含めた人間関係は結局どのように?→察して下さい。切ない片思いっていいよね…!



 温かい、というよりも、熱いのに近い何かが、自分の身体を包んでいる。

 心地良くて、けれど少しだけ息苦しい。まるで、水の底から水面に引き上げられるかのような感覚。眠りの淵から急速に目が覚めていく中、ん、と緩く息を吐いた赤司は、次の瞬間、目を見開いた。
「――、ッ」
 目の前に、誰かがいる。
 否、「いる」どころの話ではない。背に回されている、腕の感触。自分が、正体の知れない誰かの腕の中に抱き込まれるような体勢で眠っていることに気付き起き上がろうとした赤司はしかし、身体の自由を取り戻すことは出来なかった。
 長い腕に、更に引き寄せられる。どんなに鍛え筋力を付けても、生来の華奢さを補うことが出来ない赤司の身体では、どうやらその力に抗うことは不可能らしい。殆ど抱き締めるようにされ、赤司の頬に、自分のものではない、知らない誰かの肌が触れる。
「離、せ……っ!」
 思い切り身じろぎ、それだけは自由になる唇から、拒絶と命令の意味を持った言葉を吐き出す。今自分が置かれている状況は全く読めないが、けれどこれ以上の勝手は許せる訳がなかった。――もしこれで相手の腕を振り解けないようなら、目の前の肌を噛み千切ってやる。赤司の頭の中に閃いた物騒なその報復手段はしかし、実現せずに終わることになった。
「……なに?」
 頭上から聞こえた声。
 それに合わせて、信じられない位にあっさりと、相手の腕から力が抜けたのだ。そして勿論、その隙を逃す赤司ではなく。
 背に回されている腕を力ずくで引き剥がして起き上がり、未だベッドに寝転がったままの不埒者のことを見下ろす。赤司は決して感情の沸点が低い方ではないが、突然の事態に少なからず混乱した思考は、物騒な方向へと転がっていく。……相手が誰だって関係ない。相応の報復をしてやる。そんな子供らしからぬ、中学一年生らしからぬ殺気が篭められた赤い目が、しかし相手の姿を認めた刹那、驚いたように見開かれた。

「どーしたの? ……なんで、暴れてんの」

 んん、と眠たそうに目を擦った相手から逆に問われてしまい、思わず言葉を詰まらせてしまった赤司は、けれどそれを不快だと思う間もなく、息を飲んだ。

 紫色の髪と、聞きなれた声。

「……紫原?」

 殆ど無意識の内に、唇から名前が零れる。――紫原敦。帝光中学校バスケ部に入部して半年、既に見慣れたチームメイトに良く似ている――似過ぎている相手が、目の前にはいた。
「うん。……てゆか、あれ? 赤ちん?」
 ギシ、とベッドを鳴らして上体を起こした男に問うように名前を呼ばれ、赤司は無言のまま、赤い双眸をゆっくりと瞬かせた。
 起き上がった相手の上背は、完全に赤司を上回っている。紫原に「見下ろされる」、それ自体は自分たちの身長差を考えれば当たり前の、馴れたことなのだが、しかし。

「赤ちんが、なんでここにいんの?」

 しかし、今目の前にいる紫原は、赤司が見慣れているいつもの彼とはどこか、違っていた






 『目が覚めたら、未来の世界に来ていました』

 そんな虚構めいた非科学的なことが、果たして現実に起きるものなのだろうか。



 目の前にいる紫原から――未来の世界の紫原から聞き出したところによると、どうやら「今」は、赤司が本来存在しているべき時代から数えて、五年後の世界であるらしい。そして「ここ」は、赤司が通っている帝光中学校の在る東京都ではなく、秋田県。細かに言うと、秋田県の陽泉高校の敷地内にある、男子寮の一室。更に付け加えるならば、紫原敦の使っている部屋のベッドの上、だ。

「それにしてもさー、帝光の制服とか、久しぶりだよね」

 目の前の紫原は、高校三年生の筈だ。なのに彼独特の緩いマイペースさは相変わらずなのか、突然現れた、彼からすれば昔の――中学一年生の赤司を目の当たりにしても、驚いた素振りは微塵も感じられない。
「そんな話をしている場合か?」
 状況にそぐわない、いい加減とも聞こえる紫原の発言に、赤司の声音が知らす冷たい冴えたものに変わる。が、それも効果は無いようだった。
「でもさー、赤ちんなら何でもアリなんじゃないかって思うんだよねー」
 だから、あんまり驚けないってゆーか。
 寝起きの身体を解すように腕を伸ばしたり手首を回したりしながら、暢気にそう漏らした相手のことを、赤司は改めて見詰めた。
 日本人離れした長い四肢と、今や二〇〇センチをゆうに越えているという、恵まれた体躯。この時代の紫原は、バスケットボールプレイヤーならば誰もが欲しがるだろうものを持っているように、赤司には思えた。
「他になんか、聞きたいことある?」
 マイペースではありつつも、どうやら紫原は紫原なりに、赤司の手助けをするつもりでいるらしい。問い掛けられて、しかし赤司は答える代わりに、紫原に向かって右手を伸ばした。

 白い指先が、紫原の胸元に触れる。

 本人曰く、「寝てたら暑かったから、脱いじゃった」らしい部屋着代わりのジャージを羽織った紫原の身体は、入学半年にして既にコーチ以上に厳しい、と部員から恐れられている赤司の目にも、申し分なく仕上がっているように見える。
「筋肉の状態は問題なさそうだ。今までに、怪我をしたことは?」
 胸筋から腹筋に降りた掌が、脇腹まで辿り着く。――自分が知っている紫原も、中学生としては恵まれ過ぎた体躯をしているが、今触れている身体とは比べ物にならない、と赤司は思った。
 大人の身体と、子どもの身体の差。元々ポテンシャルの高い紫原が、今のこの身体で、一体どんなプレイをするのか。純粋な興味が湧き上がるのと同時に、赤司はどうしてもひとつの疑問を、単純ではあるけれど、単純であるが故に理解の出来ない疑問を抱かざるを得なかった。

 ……この時代の、自分。
 高校三年生の「赤司征十郎」は京都にいるというけれど、何故自分は、「この」紫原を、己の傍に置こうとしなかったのだろう。

「くすぐったいよ」
 選手の身体の仕上がりを確かめるトレーナーの如く、ひたりと添えた掌で紫原の身体を撫ぜていると、やんわりと手首を掴まれた。
「うわ! 赤ちん、手首細!」
 本気で驚いたのだと分かる声で言われて、赤司の眉が顰められた。
「高三のお前と比べられても困る」
「比べてないよ。てゆか、今の赤ちんだってオレよか全っっっ然! 細いし」
 さらりと吐き出されたひとことも聞き捨てならないものだったが、しかし、この時代の自分への興味が勝って、赤司は紫原のことを見上げた。
「紫原は、今のオレと試合をしたことはあるのか?」
「ないよ」
「……無い?」
「あ、でも、峰ちんとミドチンとは去年やったかなー。関東にいる黒ちんたちはよく試合してるみたいだけど、秋田にいると、全国大会に出ないとみんなと当たらないんだよね」
「黒――、三軍の、黒子テツヤのことか」
「うん。よく分かったね」
 思いがけない答えに、赤司は相手の言葉を鸚鵡返しにして、口を噤んだ。――自分と紫原、そして青峰と緑間。その全員がバラバラの高校に進学していることにも驚いたが、まさか三軍にいる部員の名前が出てくるとは思わなかった。……そして、何よりも。自分たち二人が戦ったことがないということが、信じられなかったのだ。

 陽泉と、洛山。中学校に進んだばかりの自分でも知っている、どちらも全国区の強豪校だ。……なのに、高校三年間バスケをしていて、その二校に進んだ二人が、一度も対戦せずに終わるということが、果たしてあるのだろうか?

 紫原に掴まれた右手首をそのままにして、赤司はこの時代の自分の思考を読み解くことを試みた。何かが引っ掛かる。偶然以外の要素が、そこには関係しているのではないだろうか。そして赤司は己の性質上、「この時代の赤司征十郎」が、それに関与していない訳がないと、直感していた。……けれど。
(判断材料が、少なすぎるな)
「未来の自分」が過ごして来た五年分の思考を推測する、という行為。他人の棋譜を読むのとは全く種類の違う、掴み所すらない難しさに、赤司の表情が少しだけ険しいものに変わった。





「赤ちんでも、やっぱわかんない?」


 どれ位、そうしていたのだろうか。
 赤司の思考を途切れさせたのは、紫原の声だった。それに誘われるように見上げた赤司の視線と、見下ろす紫原の視線とが重なる。

「オレも、赤ちんの考えてることは全然わかんないけど。赤ちん本人でもそうなら、仕方ないよね」

 独り言のような、静かな声音。
 ……こんな表情で、こんな声で話す紫原を、赤司は知らない。掴まれたままの右手首に、どくん、と脈が集まっていくような錯覚。紫色の目から目を逸らすことが出来ないまま、赤司はゆっくりと唇を動かした。
「……紫原」
「うん?」
「お前、何を隠してるんだ?」
 それは、先刻から感じていた違和感だった。
 目の前にいる紫原は、自分の聞くことに何でも答えてくれはしたが、全てを話している訳ではない。そんな予感めいた確信が、赤司の中にはずっとあったのだ。なのに。
「べつに、そんなの無いよ」
 さらりと流した紫原が、ふう、と息を吐いた。
「そもそも赤ちんに隠し事とか、オレが出来る訳ないじゃん」
「信じられないな」
「どーして?」
「どうしても、だ」
 両目に篭める力を強くして、赤司は言葉を続けた。
 帝光中学に入学して半年、年齢的にはまだ子どもの部類に入る赤司だが、しかしこの一対の赤い目に見据えられて怯まずにいられるものは、そういない。けれど、目の前の紫原には――赤司の知らない、「大人の」表情をした紫原には、それも通用しないようだった。
「そんな怖いカオしなくても、大丈夫だよ」
 受け止めた赤司の視線の矛先を綿で巻くように言って、紫原が苦笑した。
「シンパイしなくても、赤ちんは今もすげー強いし頭もいいし。怒ると怖いところも変わってないし。……あ、でも」
 ふと言葉を切った紫原の右手が、ゆっくりと持ち上がった。

「変わったところも、少しあるかなー」

 大きな掌で左頬を包むようにされて、赤司は赤い目を瞬かせた。

「喋り方、とか。あと――、」

 温かく乾いた、掌の感触。触れた顔の造りを確かめるように、無造作ではあるけれど、何か大切なものを扱うかのように動く紫原の指に左目の眦を撫でられて、赤司は初めて、今自分に触れている未来の世界の紫原は、自分の知っている紫原とは「違う」人間であることを意識した。――確かに、同一人物には違いない。けれど、赤司がまだ迎えていない五年分の「時間」を、紫原は過ごしている。身体的な成長による変化だけではない、その「時間」は、確実に紫原の何かを、目には見えない何かを、変えているようだった。
(――っ)
 息が、詰まる。……紫原の左手に掴まれている右手首と、大きな掌に覆われた左頬。
 元々他人とあまり深く触れ合うことをしない赤司だ。今自分に触れているのは自分の「知らない」相手なのだと意識した刹那、どくりと鳴った心臓が忙しなく脈を打ち始めた。けれど、紫色の目に据えた視線を離すことだけは出来ない。――自分から目を逸らす、なんて。そんな敗者じみた真似をする自分なんて、絶対に赦せる訳がなかった。
「……紫原」
 手を離せ、と言う筈だった赤司の唇が音にしたのは、しかし相手の名前だった。
 自分の身体が起こしたまさかの反逆に、赤司の表情が険しくなる。――自分で自分の身体が、心が思い通りにならないなんて、信じられなかった。触れ合っている皮膚と皮膚の間に、焦げるような熱が溜まっていく。……離れたい。今すぐ目の前の相手から離れて熱を冷ましてしまいたいのに。

「――その呼び方」

 赤司の胸の内で起きている彼らしからぬ混乱に気付いているのかいないのか、短く言った紫原の両の手が、呆気ないほど簡単に、赤司の頬から離れた。
「今の赤ちんは、名前で呼ぶんだよ」
「名前?」
「そう」
 知らず張り詰めていた空気が緩んで、赤司は小さく息を零した。
「紫原、じゃなくて、名前で呼んでる。――まあ、オレのことだけじゃないけどね」
 独り言のように続けられた言葉に赤司が口を開くより早く、突然紫原がベッドに寝転がった。
「コレでオレの話は終わり。ほら赤ちん、ここ」
 自分が寝転んだ横をぱしぱしと叩いて、当たり前のように「おいでよ」という紫原を、赤司は眉を顰めて見下ろした。
「……いきなり何を言ってるんだ」
「だーかーら。赤ちん、五年前に帰りたいんでしょ? だったら、こっちに来たときと同じことしてみればいーじゃん」

 だから、早く。

 自分に向かって差し伸べられた長い腕と大きな手を、赤司は見詰めた。
 自分の知っている紫原のそれよりも更に長い、鍛えられた腕と、そして掌。――さっきまで自分の身体に触れていた乾いた肌の感触が蘇ってしまいそうで、わざと大きく息を吐くと、赤司は紫原の目を見遣った。
「……そんな単純にいくとでも?」
「んー。わかんないけど」
 やってみよー、と促されて、少し考えた赤司は、紫原の隣に横たわった。
「おれ、めずらしー。赤ちんが素直だ」
「あくまでも、一つの可能性を試してみるだけだ」
 同じベッドに寝転がり、決して遠くはない、むしろ至近距離と言ってもいいような近さで紫原と言葉を交わしているという状況に、赤司の中で、息苦しいのに似た、表現し難い感覚が滲んだ。

「これ」は、何だろう。
今まで感じたことがないもどかしさと、叫び出したくなるような焦燥感と、胸の奥の方で、ちりちりと焦げる熱。……直視したいけれど、したくない。そんな思いのままに目を閉じた赤司の様子をどう捉えたのか、オレまで本当に眠くなってきちゃったよ、と、軽く零した紫原も、ゆっくりと目を閉じた。












 静かな寝息をたてている赤司の顔を、紫原は見遣った。

「中学生の、赤ちん、か」

 呟いて、伸ばした手で赤い髪に触れる。
 もう一度一緒に寝れば、元の時代に帰れるかもしれない。先刻赤司に言った言葉は、半分本気で半分は嘘だった。……このまま、自分の傍にいてくれてもいいのに、と、紫原は思う。
 初めて会った頃の赤司は、今の自分の目にはものすごく幼く見えた。頬の辺りが柔らかに丸みを帯びて、身体も細くて、「紫原」と昔の呼び方をする声も、少しだけ高い。

『……敦』

 赤司に――今の時代の赤司に名前を呼ばれたような気がして、紫原は答える代わりに、目の前の赤司の身体を抱き寄せた。目を覚まさない少年の身体を両腕で囲い、赤い髪に唇で触れる。

 離したくない。
本当は、絶対に離したくない。離したくない離したくない離したくない。だけど、


「……バイバイ」


 だけど、帰りたいというのが、赤司の望みなら。



 抱き潰してやりたいくらいに愛しい体温を感じながら、紫原は、遠く離れた場所にいる、赤と黄色の目をした想い人のことを、思った。




 
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