Do you like …,
written by Miyabi KAWAMURA
2010/0227
「見てよ。ほら」
ねこー。
わざとらしく、てろんと伸びた語尾そのままに、前足の下に手を入れる形で臨也に持ち上げられている猫の身体は、ぐにゃりと伸びていた。
「今朝、俺のオフィスのベランダにいたんだ」
――どこから盗んできた。
瞬間的に静雄の胸に湧いた疑問など、お見通しなのだろう。猫のことを高い高いしてみせながら、臨也は言葉を続けた。
「最初は追い出そうと思ったんだけどね。ちょうどオフィスにいた秘書に、俺に似てるって言われたから、気になっちゃって……、っと」
不安定な体勢が気に入らなかったのか、身体をくねらせた猫をきちんと抱き直した。
「シズちゃんにも、見せてあげようと思って」
はい、と差し出された猫を、静雄は見遣った。
黒い毛並みと、金色の目。首には赤いリボン。――そんなものが付けられているのだから、飼い猫ではないのだろうか、誰かの。
「どこら辺が俺に似てるのか、解る?」
自分じゃ全然解んないんだよね、と、納得いかなさげに首を傾げている臨也だが、黒猫と臨也の両方を見比べている立場の静雄には、なんとなくそれが理解出来た。
仕草というか、雰囲気が、確かに似ている……ような気がしなくもない。ぴん、と立ち上がり、ひとの言葉に時折反応して見せる耳の動きや、静雄のことを真正面から見詰めてくるくせに、突然ふい、と、何の気も無くなったかのように視線をどこかに流してしまうタイミングだとかが、特に。
「シズちゃん、猫好きだったっけ?」
黙り込んで猫と見詰め合っている(ように見える)静雄に向かって、臨也は尋ねた。
「抱かせてあげようか?」
ほらほら、と、自分の目の前に猫を掲げた臨也の声は、完全に新しい玩具を見つけた子供のような声音に変わっていた。が、そこに篭められているのが、純粋な感情ばかりである筈がない。なにせ相手は、あの「折原臨也」なのだ。
「……いらねえよ」
「シズちゃん、冷たい」
「何がだ。さっさと飼い主に返してこい」
「あのさあ、ひとのこと、誘拐犯みたいに言わないでくれる?」
どうせ攫うなら人間を選ぶよ、その方が面白いし、と。
「人間を愛している」と自称する相手が、猫の身体をゆらゆらと揺らした。
「ほらシズちゃん。早く。猫、かわいそうじゃん」
「手前に言われたくねえよ」
艶々とした黒い毛並みの猫の尾が、臨也の腕の動きに合わせてゆらん、と揺れている。苦しくはないだろうが体勢的に落ち着かないのだろう。むずがるように身体をくねらせた猫が、にゃあ、と啼いた。
元々、動物が嫌いではない静雄だ。にゃあん、と心細げに聞こえなくもない声音で啼いている猫の身を思えば、このまま臨也に揺らされっぱなしにされているのを見過ごすのは気分的に良いものではない。……ので、仕方なく手を伸ばしかけた瞬間。
「……悪くない絵だよね」
ニヤリ、と形容するのが相応しいような声で囁かれた臨也の言葉が、静雄の動きを止めた。
「シズちゃんと猫。意外と似合うよ。可愛いし。……ネットに流しちゃおうかな」
ねえ? と、問われて、静雄のこめかみに青筋が浮いた。毎度ながらの、手の込んだ嫌がらせだ。新宿から静雄のいる池袋まで、猫一匹をわざわざ、である。
「……そんだけの為に猫連れて来たのか、手前は?」
「別に? 猫が可愛いから、シズちゃんにも見せてあげたいなーって思っただけだよ」
「んな事誰も頼んでねえ!」
「頼まれてはないけどさあ、でも、可愛いでしょ? だから、」
はい、と。
ぎちりと握り締めた拳を振り上げるより早く、目の前に突き出された猫。
「俺に似てるんだって。シズちゃんもそう思う?」
小さく首を傾げた臨也の黒い髪が、揺れた。
「なんか愛着湧いちゃうよね、そう言われるとさ」
臨也の赤い目が、すう、と細められた。愉しげに。
「だから、抱かせてあげるよ。……シズちゃんは、俺の特別だからね」
にゃあ、と、再び啼いた猫が、するりと臨也の腕から逃げ出した。
けれどその直後動いた臨也の腕が追ったのは、猫の身体ではなく。
「だから早く。……抱いてよ」
静雄の首にするりと巻き付いた腕、しなやかな身体。
まるで猫を思わせる臨也の声に、甘たるく響く猫の鳴き声が、被った。
>>終
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