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葬送の花
written by Miyabi KAWAMURA
2006/0820


 現世界の宵闇の中に、ウルキオラは佇んでいた。

 空を見上げる人間の中に、僅かにでも霊力を持ったものがいたのであれば、中空に浮かぶ白い影に驚愕したであろうが、どうやらそれは杞憂に過ぎた様だった。……否、もし万一いたとしても、今のこの時、おそらく自分の視界に映った異形の姿なぞ、気のせい、という事にして、片付けてしまうに違いない。


空には、大輪の花が在った。


光り咲き誇る花弁。
しかし、ひととき光放つと、端からひとつ、またひとつと消え。


宵闇を真白く照らす光。……また、光。


花が咲き、散り落ちる度に眼下から湧く歓声を、一度だけふと見遣ると、ウルキオラは虚圏への道を開いた。





 「……ああ、綺麗だね」

 主の言の葉に乗せられた笑みが、ウルキオラの鼓膜を揺らした。
「帰りが遅いと思ったら、こんなものを見ていたのか」
「申し訳ございません」
「いや。虚圏にいたのでは、見たくとも見られないものだ」
閉じていた目を開くと、藍染は自らが座する玉座の隣に控えていたウルキオラの腕を掴み、緩く引き寄せた。

抗わない身体。

抱き寄せられるままに倒れ込んだウルキオラは、主の膝の間に片膝を付く形で自らの身体を支えた。……座っている藍染の事を、自然、ウルキオラが見下ろす形になる。常ならば有り得ない体勢だが、それも主自身が赦した事だ、不敬には当たるまい。ウルキオラは、沈黙のまま、藍染の次の言葉を待った。

 「あれは花火、といって、」

 言葉と共に伸びた藍染の右掌が、ウルキオラの顔を撫ぜた。
「人間が創り出した火薬の玩具だ。……いや、どちかかというと芸術品かな、きみが見てきたものは、ね」
「芸術……、」
「ああ。人間は、それに死神達にも言える事だが、彼らは総じて儚く美しいものを好むものなんだ」
藍染の指先が、ウルキオラの左眼窩……たった今、眼球を抉り取られ、空洞の内に肉の色を晒している部分を辿って行く。
無防備な傷跡を、労わる様に撫ぜる指はしかし、時折かり、と肉を掻いた。
「……っ……、」
反射的に身体を揺らしたウルキオラに、藍染は微笑いかける。
痛かったかい、と、問い掛けられて、ウルキオラはいいえ、と答えた。
「いい子だ」
藍染の指が、ウルキオラの髪を掬って梳いた。
左腕がウルキオラの腰に回され、更に引き寄せられる。

「藍染、さま……、」

主の膝上で、自分の身体を戒める様に抱き締められて、ウルキオラが身を捩った。
密着する体の熱と、肉の硬さ。
片方だけ残った右目の碧を至近距離で覗き込まれる。


「全ては皆等しく脆弱なんだよ、ウルキオラ」


藍染の言葉は、その意味よりも艶やかな声音と響きで、ウルキオラの動きを奪った。

「脆く壊れやすい己を知るからこそ、彼らはそれを補う力を得ようと限りなく貪欲に、したたかにもなれる。……だが原罪的な迄の脆さを抱えた魂では、自らが抱えようとする荷の重さに結局耐えられはしない」

だから、と区切り。
藍染は、微笑を形作った唇を、ウルキオラのそれにゆっくりと重ねた。

「……ァ……っ……、」

ちゅく、と唾液が鳴った。
重なった視線を外す事を赦されないまま、舌先の、敏感な粘膜を弄られる。

ウルキオラ、と。
ついこの瞬間まで、自分の唇に与えられていた主のそれが、自らの名を紡ぎ出す様を視界に収めた刹那、ウルキオラの身体の奥に、どろりとした熱く重い波が走った。

「後には何一つ残らない」

自分の腕の中に捕えた破面の身体が、びくり、と跳ねる感触を味わいながら、男は続けた。

「火薬の花は、幾ら咲き重ねてもただ消えて行く。……その花を美しいと、きみは感じたりはしなかったか、ウルキオラ?」

男は、ひっそりと微笑う。

「きみが左眼の中に閉じ込めた美しい花は、きみの中にはもう残っていない」


抉り取られてしまった、から。
主の為に、捧げられてしまったから。


空虚な身体。
得た物全て捧げ尽くしてしまった後の、ウツロな身体。


「解るだろう、ウルキオラ。今のきみは、他の如何な物よりも空虚で……脆弱、だ」


だからこそ。
他のどの破面よりも、愛しいのだ、と。

揶揄するように囁かれ、そして再び重なる唇の感触に、ウルキオラは目を閉じた。




宵闇の花、薄らと咲く脆い花。





それは名前も無い虚ろで白い、葬送の花。

>>fin.


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