絶対定義
written by Miyabi KAWAMURA
2006/0819
ウルキオラの腕を掴んでこの部屋に引き摺り込んだのは、一刻ほど前だ。
虚圏の深淵、破面の巣食う此処には、いくらでもこんな空間がある。
不愉快そうに眉を顰めるものの、さした抵抗を見せなかった相手を組み伏せ、襟元を閉ざした装束を、剥ぐ。
薄闇に浮かぶ白い肌色。探る様に撫でてやれば冷たい。
どういう状況なのか解らない訳はないだろうに(俺がウルキオラをこう扱うのも、今日が初めてな訳でもない、)揺らぎもしない双眸を向けてくる相手を見下ろし、俺は嘲笑にも似た形で牙を、むく。
自分の内で暴れる欲の正体を、俺は知っている。
引き裂いてやった下衣がかろうじて躯に纏わりついているウルキオラの腹に、掌を滑らせる。奴の皮膚の間と俺の皮膚の間で、体液がぬるついた。
散々弄り、吐き出させたその白濁は、同じ白色のウルキオラの肌の上で、半透明に鈍く光る。
俺が触れて……否、犯している間、ウルキオラが何を考えているのかは解らない。しかし、感じきり、堪えきれず漏らす嬌声、吐息、稀に零す俺の名前。……間違いなくウルキオラは、躯に与えられる快楽を享受している。
俺の内で暴れる欲
奴が内に銜え込む欲
その正体を、俺は知っている。
……俺は、お前を喰ってやりてぇ。
「……っぁ、ん……、」
きつく目を閉じたウルキオラの表情を見ながら、躯の形に沿わせて掌を動かしていく。
胸元、薄い腹、下腹、腰骨。
あまさず輪郭を辿り、下肢に触れると、腰骨の内側を、ぐ、と押してやった。
「っつ……!」
ここがイイんだろう。
直接触れられるのとは違う、しかし薄く弱い皮膚の張った、常なら外気に晒される事がない部分を刺激されると、その感覚はわざと触れないでいた快感の中枢に、鈍く響く。
もっと啼け。吐き出せ。
無意識に焦れて息を詰める眼下の肢体に、俺も煽られる。
このままウルキオラ自身を手で弄り、もう一度欲を吐き出させ、その瞬間の表情を見てやるのもイイ。……が、その欲求よりも、奴の肉に牙を立てたい衝動が、俺の身体を動かした。
「……っ、や、ぁっ、」
下肢に近付く吐息を感じたのか、ウルキオラの腰がびくりと跳ねて逃げをうつ。が、逃げられる訳が無い。逃がしてやる理由も無い。
奴の腰骨は、俺の左右の掌で押さえつける様に固定されてる。
逃げても無駄だ、と言ってやる時間こそ無駄だ。俺は、黙ったまま尖らせた舌先でウルキオラの下肢をなぞると、奴の意識がその感触に向いた瞬間、思い切り自身に噛み付いてやった。
「……っ!! は、っっ……!!!」
跳ねる躯。
既に立ち上がり、ぐちゃぐちゃに濡れていた肉塊を、喉奥まで咥え込み、唾液で包む。
ぐちゅ、と音を立てて舐め上げ、咀嚼する様に歯で扱くと、先端の窪みから新たな粘液が溢れ出した。
「ぁ、……っ、や……んんっ……!」
ウルキオラの口から零れる言葉は、もう何の意味も持ってはいない。
脈打つ自身の裏筋に舌を這わせ、先端を擽り吸い付いてやると、ウルキオラの両手が俺の頭を掴んだ。
強い力で髪を引かれる。
「グ……っ、リ……、」
白濁を、吐き出したくて堪らないだろう下肢から俺を引き剥がす為に動いただろう両手。
本当なら縛るなり……いっそ折るなりしてやった方が邪魔にならないそれを、俺はいつもわざと自由にさせている。
「……っ……!!」
充血し、敏感になった先端に、舌を捩じ込んでやった、刹那。
俺の口腔の中でウルキオラは弾け。
抵抗していた筈の手が、無意識に、俺の頭を引き寄せた。……この瞬間が、一番クる。
「ウルキオラ」
奴の吐き出した液体を全て飲み干し、身体を起こすと、見下ろした。
上気した頬、浅い息、潤む碧眼。
薄く開いた舌先の赤。
「んん……っ……!」
噛み付く様に口付けて、唾液と、そしてウルキオラ自身の白濁にまみれた舌を、擦り付ける様に奴のそれに絡ませる。
柔らかい肉。
これを、噛み千切って、やりたい。
溢れる血は、きっととてつもなく甘く美味いだろう。
なァ、ウルキオラ。
……俺はお前を、喰ってやりてぇ。
グリムジョーに腕を掴まれ、この部屋に引き摺り込まれたのは、一刻ほど前だ。
自分を組み伏せる破面。
水浅黄の髪を持つこの男は、自分の事を喰らいたいと思っているのだろう。
それなら、喰らえばいい。
ウルキオラは、躯を灼く快感にぞくんと身を震わせ、吐息をついた。
「……グ、リムジョー、」
掠れた呼び声に、自分を見下ろす双眸にゆらぐ欲の色が密度を増したのが解る。
それなら、血も肉も何もかも喰らえばいい。
「ウルキオラ……っ……」
「……っは、ぁ……っ!」
冷たい石床に押し付けられ、痺れた肩にグリムジョーの唇が寄せられて、くちづけられた、と感じた刹那、薄い肌に牙が立てられた。
散々に吐き出された精の匂いに、血のそれが混ざり込む。
……喰い殺す、と。
耳元で囁かれた低い声には、虚たる自分たちが原始に抱えた欲望が、滴る様に篭められていた。
裂けた肌にぎち、と再び牙が食い込んで、刻まれた傷に舌が這う。
その感触に跳ねたウルキオラの両腕が、グリムジョーの背に回って爪を立てた。
指先に触れる、相手の血。
それを意識した瞬間に、愉悦に滲んでいたウルキオラの眸が、ふと怜悧なそれに色を変えた事に、しかしグリムジョーは気付かない。
「グリムジョー……、」
好きなだけ喰らえ、と、ウルキオラは思う。
相手を喰らいたい。奪いたい。その執着の強さこそが、虚をより救い無き力を持った化け物に……破面に変える。
お前は俺を喰らいたいんだろう、グリムジョー。
喰えばいい。
「血も肉も何もかも余さず喰らい奪いたいのだ」と。
失った魂の代わりに虚を支配してやまない狂気の様な執着こそが、お前に、そして俺にも、等しく破面たりえる力を与え続けている。……しかし。
「……っ、グリムジョー……っ、」
……俺が破面として上位に在る理由を、グリムジョー、お前は知らないだろう。
愛撫に翻弄される躯。
だがその反面、切り離したかの様な冷静な思考をウルキオラは巡らせる。
奪いたい、喰らいたい。
それはお前だけが持つ執着じゃない。
喰らいたい喰らいたい喰らいたい。
この、たったひとつの狂気を唱え続けるだけならば、お前は永久に今のまま。
お前は永久に、俺を超える力を得られはしない。
……俺がお前より上位に在る理由に、いつかお前は気付くのだろうか?
俺は、お前を喰らいたい。
俺は、お前に喰らわれたい。
俺は、お前を、捉えたい。
俺を喰らいたいと吼えるグリムジョー、お前の抱える狂気は、そのたったひとつ。
それに比べて、お前を喰らいたい、お前に喰らわれたい、そしてお前を捉えたい、と荒れ狂う、俺の抱えた狂気は、みっつ。
破面に力を与える狂気の数で、グリムジョー、お前はもう俺に負けている。
俺を喰らいたいというお前に、俺は自分を奪わせ、喰らわせ、そして最後に捉えて喰らう。
狂気の連鎖。
破面同士の支配被支配を決定付ける、「絶対定義」。
「グリムジョー、」
……お前はいつか、気付くのだろうか。
俺たちに絡みつき、縛り上げ、全てを繋ぎ全てを犯す、その理(ことわり)に。
>>fin.
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