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まどろみの病
written by Miyabi KAWAMURA
2006/0825


 ゆるゆると目を開けると、寝台の横の椅子には、昨晩自分が脱ぎ捨てた白い装束が掛かっていた。

 肌触りの良いシーツに散らせていた黒い髪を、覚醒しきっていない所為か、常より僅かに感覚の鈍い指先でかきあげると、ウルキオラは中空に向かってぼんやりと腕を伸ばした。

右の二の腕に残る、鬱血のあと。

 ……よく見るとそれは手首の内側や、身体に巻きつけた布から覗く肩口にまで、うっすらと残っていた。
いつもなら、こんなモノを付けた相手に文句のひとつも言ってやろうという気分になるのだが、今は何故か、別に構わないと思えてしまい、ウルキオラは自ら不思議に思う。

もう、起きなければ、と。

惰眠を貪る事に興味は無い。
意思を篭めて四肢を動かし身体を起こすが、何となくベッドから出てしまうのは惜しい気がして、珍しく、ウルキオラにしては本当に珍しい事に、もう一度ベッドにうつ伏せた。


虚圏独特の昏さが満ちる、部屋。


その鬱とした空間は、本来破面を何よりも満たす筈なのに、身体に微かに残る倦怠感と、頭の奥をぼんやりと麻痺させるような感触の余韻が、ウルキオラを内側から緩く拘束する。

無意識に大きく息をひとつついたとき、シーツに残る微かな匂いに気が付いた。


……瞬間、ざわつくような感覚が走る。


一度意識してしまうと無視出来なくなってしまうそれは、昨夜自分を、ここで抱いた相手のことを、嫌でも思い起こさせた。

「……っ……」

碧の目をきつく閉じ、寝返りをうって気を紛らわそうとするが、どうやら無駄なことらしい。


擦れた肌から感じた快楽と、注ぎ込まれた熱と。
限界まで声を堪える自分の姿を見下ろす相手の視線まで、覚えている。
……その目が気に入らなくて、相手を受け入れた身体のまま、睨み返した。

 定かな記憶はそこで途切れて、残ったものは、身体に刻まれた痕。

指の先から甘噛みされて、時折感じた、鈍い痛み。
その記憶に引き摺られ、泡のように生まれはじめた感覚は、紛れも無く快感と呼ばれるもので。

……勝手に上がる体温に、戸惑うよりもむしろ、頭に来る。


共に過ごした夜、そして痺れにも似た目覚め。


こういうときに感じる、奇妙な息苦しさは、一体何だ……?


 ぼんやりと、本当にぼんやりとウルキオラがそこまで考えたとき、がちゃり、と音を立てて扉が開いた。

「……グリ、ムジョー、」

自分の声がひどく掠れて響く。

「いー加減起きろ。眠り過ぎだお前」
「……ひとのことが言えるのか」

普段ならば、自分より数倍寝起きの悪い水浅葱に言い返すと、ウルキオラはそのままグリムジョーの方に手を延ばした。
……引っ張って起こせ、といっているのと同じその仕草に、大仰に溜息をつきつつもグリムジョーが応じると、ウルキオラはそのまま下から相手の首に、腕を回した。

「……何だ?」
「うるさい」

訝しむ水浅葱の声を耳元に聞いて、ウルキオラは目を閉じた。

「おい。寝んなよ」

重ねて言ったグリムジョーだがしかし、こういうときのウルキオラには、何を言っても無駄だ、という事は理解していた。
……仕方無い。
グリムジョーは、一度起こしたウルキオラの身体を、その姿勢のまま、もう一度ベッドに横たえた。

「……起こしに来たんじゃなかったのか?」
「……のヤロ、やっぱ起きてんじゃねぇか」

組み敷く形で見下ろしたウルキオラが揶揄する様に言うのを聞いて、グリムジョーは眉を顰める。

しかし、その目が。
ウルキオラの肩で、ふと止まった。

うすく残る痕は、数時間前に、自分が刻んだものだった。

そのときの肌の感触を思い出して、なぞるように唇を走らせると、自分の下でウルキオラがぴくりと震えた。

「……っ」

その反応に無言のまま、グリムジョーが、押さえつけるように肩から二の腕、そして指先へと唇を滑らせていくにつれて、ウルキオラの肌が緩やかに湿り気を帯びて行く。

「止、せ……っ……」
「馬ァ鹿。大人しくするってんなら今してろ」

 意地の悪い笑みを浮かべてグリムジョーが言う言葉に、肩を押し返していたウルキオラの手が、ぱたん、とベッドに落ちた。
その意外なまでの素直さに、逆にグリムジョーが動きを止める。

「……お前ウルキオラ似の偽者か?」
「疑うなら止めろ」
「……解った。ホンモノだな」

互いの目を覗き込みながら交わす言葉。
たまにはいいだろう、と、やはり普段の彼らしからぬ言葉を吐いて、ウルキオラはグリムジョーの首に、改めて腕を回した。

目の前には、水浅葱の髪と、無防備に晒された頚動脈。

回した腕に力を篭めながらウルキオラはひっそり思った。


(付けてやろうか、こいつにも)


痕を。

自分の身体に散々に散らされたものより、もっと深い痕を。


ぐるぐると。


頭の中を巡るその衝動は、まどろみの病。

>>fin.


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