玉鬘
written by Miyabi KAWAMURA
2006/1011
頬に手が添えられ、名を呼ばれるままに、ウルキオラは伏せていた顔を上げた。
見上げる主の顔。
今まで、ウルキオラの方こそが藍染の下肢に舌を這わせ、その情欲に猛る肉塊を愛撫していたというのに、表面上、主の表情は普段と全く変わりない。しかし。
「ウルキオラ・・・、」
頬に触れる指先の体温が僅かに高い事や、自分を見下ろす双眸の奥に篭められた熱の存在、そして何よりも、決して否を許さない支配者の傲岸さを、滴る様に滲ませて己の名を呼ぶ声こそが、主が今、間違いなくウルキオラに対してその視線を向けている・・・有り体に言ってしまえば、欲を満たす相手として、ウルキオラを捉えている事を表していた。
藍染の指が、ウルキオラの口元をなぞる。
「・・・あ、」
行為を中断させられて、何事かと主の名を呼びかけたウルキオラの唇の端に、先刻口腔に吐き出された白濁の名残が滲んだ。
反射的に、それを舐め取ろうと動くウルキオラの舌先。
「!・・・っく、んんっ、」
その湿った紅の先端が、添えられていた藍染の指を偶然掠めた刹那、緩く微笑した主の指が、口腔に突き入れられた。
「先刻までと、同じ様にしてごらん。」
喉奥に隠れた舌を弄る三指に思わず咳き込んだウルキオラを見遣りながら、与えられる命令。
「・・・っ、」
奥を突く長い指の硬い感触に、反射的に眉を寄せたたウルキオラは、しかしそれでも、藍染を見上げると、こくり、と頷いた。
ぴちゃ、と、微かな水音が鳴り始める。
「んん・・・、っ、」
いつの間にか、藍染の左手がウルキオラの顎を捕らえていた。
逃げる事が赦されない体勢のまま舌を動かす。全体を舐めた後、指と指の間に舌を進め、隅々まで唾液を絡ませる。
「ぁ、・・・っふ、」
捕らえられたままの顎を僅かに引き、口腔を犯すその先端を唇で浅く挟むと、甘噛して、ちろ、と舐めた。そしてまた、深く咥え込む。
「上手、だ。」
「・・・っ、ん・・・、」
囁かれる声に混じる毒。
「・・・ぁ、」
不意に引き抜かれた指に、ぎゅっと閉じてしまっていた目を開けると、ウルキオラの滲んだ碧の視界には、離れていく藍染の指が映った。
余すところ無く纏わりつき、指をしとどに濡らしている唾液が、細く光る糸を引いている。
先刻まで、口腔に含まされていた情欲の肉塊を想起させるその淫らな様に、ウルキオラの身体は、本人の意識の及ばぬところで、ふるりと震えた。・・・これまで、幾度と無く抱かれ、付与されてきた快感の記憶は、身体の奥深くに刻まれている。・・・既に帯を解かれていた下衣が、僅かな身じろぎにつれて滑り落ち、膝の辺りでわだかまる。着衣の乱れの殆ど無い主に対し、未だ直接触れられてもいないのに湿り気を帯び、とろけ始めた下肢を晒している破面の様は、酷く淫靡に、薄闇の中で映えた。
「・・・辛そうだね?」
「・・・、・・・っ!」
己の状態を、触れる指で、そして見遣る視線で全て把握されている、という事実。
それを改めて意識させられて息が詰まる。・・・する、と、微かな衣擦れの音を残して、羽織っていた上衣が取り払われた。主の腕が自分の二の腕を掴み、身体が間近に抱き上げられていく様を、ウルキオラがどこか他人事の様に感じている間に、その身体は、外気に全てが晒されるよりも先に、主の腕の中に捕われていた。
破面に与えられたものとは布質の違う、藍染が着る白い装束のやや硬い感触が、ウルキオラの頬に当たる。
「は、・・・っ、」
薄い肉付きの背を撫ぜる藍染の手は、只でさえ持て余し始めていた快楽を刺激して、ウルキオラの神経を煽る。
吐息と、噛み殺した喘ぎに混ざる熱。
腕の中に抱いた相手が無意識に震え、自分の胸元に額を擦り付ける様に、藍染はふと既視感を覚えて手を止めた。・・・が、しかしすぐに何事かを得心したのか、口端に刻んだ笑みを深くする。
「玉鬘、という言葉があるが・・・、」
言葉を続けながら、藍染はウルキオラの両肩に手を掛けると、密着していた身体を僅かに引き離した。
そしてそのまま、両掌で破面の頬を包んで上向かせる。
「きみに触れると、それを思い出す。」
「・・・、」
唐突な主の言葉にどう応えたものか、黙す破面が感じているだろう困惑は無視して、ゆっくりと顔を近付ける。
玉鬘、掌中の珠。
腕の内に捕らえた珠を、そのまま触れ撫ぜて過ごすか、それとも砕き奪ってしまうか。
そう思い悩む内に、他の者に壊され奪われてしまったという、愚かな人間の物語。
・・・奪われた者も、奪った者も、どちらも不完全だ、と藍染は思う。
奪われては意味が無い。
完全に壊してしまっては、更に意味は無い。
吐息が触れる寸前に、口付けを受け入れさせる為にウルキオラの唇を僅かに開かせ、藍染は冷たく微笑った。
そう、自分ならば。
砕かないように。
修復不可能な程には、壊さないように。
その表を傷付けないように、内側から削り取り、最後までその姿を留めさせつつ・・・、しかし確実に、己の物としてみせるのに。
・・・そう、掌中の珠、なればこそ。
いっそ刻むべきだろう、手酷く甘く、そして限り無く深い、徴を。
>>fin.
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