仮。
written by Miyabi KAWAMURA
2006/1107
ただ、そこにいてくれればいいと。
自分の隣にいてくれればいい、と、そう何度も告げたのに、通じたと思っていた言葉は、限りなく正解に近く、そして限りなく過ちに近い形で成就された。
目の前の、鏡に似た形の薄い硝子の中で、「彼」は静かに目を閉じている。
「高次元結界だ。」
背から掛けられた声にも、グリムジョーは振り向きすらしなかった。
ただ、目の前の彼を見つめ続ける。・・・彼の、ウルキオラのこんな静かな表情は、今まで一度も見たことは無かった。常よりあまり感情を表に出さない彼ではあったが、滑らかな蝋を思わせるその肌は、いつも触れれば僅かに暖かく、そして柔らかであったのに。
「・・・、」
グリムジョーの意に反し、名を呼ぼうと動かした声帯は掠れた音すら立てない。
伏せた目蓋の上に落ちる静謐。
今のウルキオラの姿は、正に「鏡に映った影」、だった。
「それ以上、近づかない方が良い。」
「・・・な、」
鏡面に手を伸ばしかけたグリムジョーを、藍染の声が冷たく制した。
「この結界はまだ生きている。触れれば間違いなく、お前も喰われてしまうよ。」
「喰われる・・・?」
「ああ。」
頷くと、藍染はひっそりと微笑った。
「まさか尸魂界がそこまでするとは、ね。」
私も想像が出来なかった、と続けた声はしかし、少しも揺らぎを見せてはおらず、むしろこの状況を愉しんでいる様にすら聞こえた。主のそんな様子を目にし、グリムジョーの中に抑えきれない嫌悪感と焦燥が広がる。・・・そんな、訳の解らない話はどうでもいいのだ。
ただ、ウルキオラが。
ウルキオラに何が起きたのか、そして何が起ころうとしているのか、それだけを知りたいと思うのに。
「・・・っ!」
無意識の内に、ぎり、と握り締めた左の拳。
水浅葱の破面が纏う霊気が、凶暴に鋭さを増してゆく感触を存分に承知しながら尚、藍染の口調には微塵の乱れもない。
「グリムジョー、少し話をしようか。」
「!! んな事は・・・!!」
「どうでも良くはない、よ。ウルキオラの状態を理解したいなら、少しは物事を知る必要がある。」
焦る自分を揶揄するかの言われ様だが、破面は所詮、主には逆らえない。グリムジョーは黙ると、藍染を正面から見据えた。
自分に向けられる、水浅葱が放つ殺気にも似た霊圧を、微笑で受け流すと、藍染はゆっくりと口を開いた。
「結論、から言おうか。ウルキオラは・・・、」
「・・・っ、」
それ以上は聞きたくない。
ぞわり、と。
背を駆け上る言い様の無い感覚が、グリムジョーの喉を引き攣らせた。
言うな。
そんな事がある訳が無い。
約束をした。
これからは、ずっと隣で・・・、
「ウルキオラは、もう目を覚まさない。・・・死んだんだよ、彼は。」
冷たく響いた主の声は確かにグリムジョーの耳に届いた。
けれど、彼は、その意味を理解する事が、出来なかった。
* * *
「・・・最悪だ。」
コントローラーを握るグリムジョーの横で、並んでソファに座ってゲーム画面を眺めていたウルキオラは、彼にしては珍しく、心底不愉快、という声音で呟いた。
「さっきから『ウルキオラ』ばかり酷い目に遭ってないか?」
「・・・まあ、そういえばそうかもな。」
納得出来ない、と言って、ウルキオラは机の上に置かれていたゲームのケースを手に取る。
雨降りの日曜日、グリムジョーとウルキオラの二人は、ロイから借りたゲームをしていた。
これは、主人公の名前を任意で入力し、選択肢を選びながら進めていく、いわゆるアドベンチャーゲームだ。発売から既に数ヶ月経っているものの、シナリオの豊富さと、近年稀に見るエンディングの救いの無さが逆に良い、と、かなり人気が出たタイトルである。・・・確かに前評判の通り、ゲーム自体はかなり面白く、二人は(・・・とは言っても、実際にコントローラーを握っていたのはグリムジョーで、ウルキオラはその隣でストーリーを追っていただけである。)休日のほぼ半日を費やしてプレイを続けていた。
続けていたのだが、しかし。
・・・エンディングに近付くにつれ、問題になってきたのは最初に設定した『名前』だった。
『主人公>> グリムジョー 』
『主人公のライバル>> ウルキオラ 』
最初にグリムジョーが冗談で決めた名前。
ウルキオラも、本気で怒るのも馬鹿らしいと思って放置していたのだが、なのに。
それなのに、このゲームの中の『ウルキオラ』ときたら。
主人公と同じ勢力に属しながらも、ゲーム中盤まではライバルとして、そして後半に入ってようやく仲間となるこのキャラクターは、人気キャラであるにも関わらず、それはもう、ゲームの中で主人公以上に酷い目に遭いまくっていた。・・・ゲーム本体と一緒にロイから借りた攻略本によれば、数種類用意されたエンディングの中で、最終的に『ウルキオラ』が幸せになって終わるものは一種類しかなく、しかもそれはいわゆる「隠し」で、そう簡単に辿り着けるものではない。
最初の内こそ、グリムジョーの隣で菓子をつまみつつ、ゲームの進行をそれなりに楽しそうに見ていたウルキオラも、さすがに五度目、今まさに目の前で、自分と同じ名前の『ウルキオラ』が不慮の死を遂げてエンディングを迎えた時点で、複雑な気分になってきたらしかった。
「最初は敵と相打ち、二回は戦死。その次は病死で今回はお前を庇って死んだじゃないか。」
「・・・いや、俺じゃなくて主人公を庇って、だろ。」
「でも名前は『グリムジョー』だ。」
そう言って。
ぷい、と横を向いたウルキオラのいつになく幼い様子に、グリムジョーは苦笑した。コントローラーを放り投げ、そのままその手をウルキオラの髪に伸ばした。くしゃ、と小さな子供にする様に撫でてやっても、ウルキオラは抵抗しない。
・・・やはり、今のウルキオラはどことなく可愛い。
普段あまり「拗ねる」という事をしない恋人が、まさかこんな事で拗ねるとは。思いもかけない現象に驚かされたが、滅多に見れない表情を見れた事は、純粋にラッキーだと思う。
「怒るなよ。次はちゃんと助けてやるから。」
「・・・さっきもそう言った。」
「分かった。次は絶対、な?」
「・・・絶対、だぞ。」
グリムジョーの言葉と、髪を撫でる指の感触とのどちらに効果があったのかは不明だが、ようやく機嫌を直したらしいウルキオラが、コントローラーを拾ってグリムジョーに手渡した。
「だったらすぐに始めろ。」
「・・・両極端な奴だな。」
「うるさい。」
ソファーに深く座り直し、腕まで組んだウルキオラに監視されながら、スタートボタンを押す。
流れ始めるオープニング。
もう何度となく見たそれを、ボタンの連打でスキップさせながら、グリムジョーがふと口を開いた。
「つか、お前腹減らねぇ? ・・・もう15時だぜ。」
「・・・減った。」
「だろ。じゃ、先に飯・・・、」
「駄目だ。こっちが先だ。」
「・・・了解。」
どうやら今のウルキオラは、我儘スイッチが入っているらしい。
しかし、それなら、それで。
無関係な他人にそうされたのなら頭に来るだろうが、ウルキオラに拗ねられ、我儘を言われるのは、実はグリムジョーは嫌いでは無い。・・・なにせ恋人同士、なのだから。
そうこうしている内に、オープニングとプロローグが終了した。
新しく始まる物語。
「じゃ、始めるか。」
グリムジョーは、手首をニ、三度こきこきと動かして、コントローラーを持ち直した。
さあ、始めようか、新しい物語を。
今度こそ。
・・・『二人揃って』、幸せになる、為に。
>>fin.
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