夕。
written by Miyabi KAWAMURA
2006/1018
(2006/0822〜1016 WEB拍手御礼文)
グリムジョーが、左腕に怪我をした。
そのとき俺は、隣にいたのに。…否、俺が、隣にいたから。
「…避けろよ、馬鹿ヤロ、」
がつ、という、俺だけではない、周りにいた全員が振り向く様な固く鈍い音がして。
見開いた俺の目の前には、グリムジョーの左手が、あった。
「っ…、イテェな、流石に。」
何が起きたのか一瞬解らず、グリムジョー、と名を呼ぼうとした途端。
手の甲が酷く腫れ上がった、目の前に翳されていた左手が、だらん、と墜ちた。
* * * *
全治3週間。
グリムジョーの左手は、骨折さえ免れたものの、ひび割れていた。
放課後、練習していた野球部がグラウンドから飛ばしたライナーが、俺の顔面に当たる直前。
グリムジョーの左手に、偶然当たった…訳が無い。
自分で伸ばしたんだろう、左手を。
『…避けろよ、馬鹿ヤロ、』
お前こそ、避ければ良かっただろう馬鹿。
流石に痛い? 当たり前だ。
ただぶつかったんじゃ、無いだろう。
…硬球が、俺に確実に当たらない様にする為に、自分の左手で、弾き返したんだろう。
馬鹿だ。
「…お前は大馬鹿だ。」
飛んできた野球部員に背を押され、病院に連行されたグリムジョーの左手には、真白の包帯。
ずっと無言だった俺が、ようやく呟いたひとことに、
半歩前を歩いていたグリムジョーが立ち止まって振り向いた。
「そこで馬鹿言うか?」
「言う。」
言ってやるに決まってる。
「グリムジョー、お前は馬鹿だ。大馬鹿だ。」
そんな怪我して、全治3週間だろう。きっと色々な事に困る。
寝るときも食事するときも授業中も帰るときも、馬鹿なお前の事だ、家でダラダラするときだって困るに違いない。
右手だけでは。
もしかしたら俺より百倍は器用かもしれないくせに、それなのに馬鹿で不器用なお前が。
どうするんだ、右手だけで。
左手にグルグルと巻かれた真白い包帯。
いつの間にか夕焼け。オレンジ色の。
俺を見下ろす水浅葱と、それを染める夕焼け。
「ウルキオラ」
ひといきに言い募った俺に、かけられた声。
「…ったく、馬鹿はオマエ、だ。」
伸ばされる右手。
俺のそれより、一回り大きい掌、節だった指。
俺の左肩に掛けられる、いつもどおりの、てのひら。
「困りゃしねぇから、…気にすんな。」
引かれる左肩、ゆっくりと近付く言葉と、水浅葱。
…でも、やはり。
いつもの様に、俺の両肩を掴んで、引き寄せる事は出来ないだろう。
だから、俺は。
「…グリムジョー…、」
自分から。少しだけ、ほんの少しだけ踵を浮かせて、
水浅葱に、キスをした。
柔らかなひかり、オレンジ色の夕焼け。
…本当は、いちばん伝えなければいけない筈のひとこと。
どうしても。
それを言葉にして伝えられない、俺は。
自分から、水浅葱に、キスをした。
>>fin.
皆様から頂いた拍手、本当に本当に御礼申し上げますvv □Back□
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